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巡る僕らの叶い頃  作者: イノタックス
4章 神様という存在に

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37話 別れ

──あれから、何年が経過した?

そんな問いかけに、果たして僕は正しく答えられるだろうか。


実留は大学卒業後、この町に戻り、一人暮らしを始めた。

月上君と香里も大学卒業後に裃地区に戻り、結婚し、子供二人と幸せに暮らしている。

瞳は大学在学中に付き合い始めた人と結婚し、僕やみんなに別れを告げ、この町を出ていった。

努は高校卒業後も弥勒沢家に残り、生涯独身を貫いた。

僕も就職し、一人暮らしを始めた。


──時系列がバラバラなのは、僕の記憶があやふやになってきているせい。

神となり、永い時間を過ごすために、脳内がそんな風に変わっていったようだ。


いやまあ、そんなことはどうでもいい。

今すべきことは──直面している課題と、どう向き合うか、だろう。


「……あーあ」


ため息のように、優しく息を吐く、(よわい)90の女性。


「結局、告白させること、できなかったなぁ」


悲し気に、しかし後悔はしていなさそうに。

病室のベッドの上で、寝転びながら、実留は静かに呟いた。



裃病院のとある一室で、実留は日々を過ごしていた。

僕らが高校生だったころのあの元気さはまるでなく、静かに、最期の時をただ待っていた。


足腰が弱くなったらしく、ほとんど寝たきり。

ごく稀に、看護師さんに車椅子で屋上に連れて行ってもらい、裃地区を眺める。そんな日々。


一度、訊いたこと──というか、提案したことがある。

弱くなった足腰を、元気な状態に戻してあげようか、と。

しかし、今の今まで、頑としてその提案を受け入れてはくれなかった。


「あたしはね、巡」


また、実留が口を開く。

もう、『最期の時』が刻一刻と迫っているのに。


「巡に甘えたくなかったの」


目をつぶって、楽しかった日々を思い出すように。

僕と実留の、最後の会話が始まる。


『最期の時』まで、あと30分を切っていた。



神にしか知りえない、残された時間。

それなのに、実留は自分のその時間を、心の中で理解している。


努もそうだった。瞳も、月上君も香里も、最期の時を分かりきったうえで、その時まで生を満喫していた。

神となり、寿命が人間のソレとは変わってしまったからだろうか。

僕には、どうも理解できなかった。

あと数時間しか生きられないと分かっているのに、なぜ笑顔でいられたのか。


そんな疑問が脳内を駆け巡っている僕のことはお構いなしに、実留は話を続ける。


「巡に甘えずに、逆に甘えられるくらいになってやらなきゃ、って思っていたのよ。……でも、ダメだったみたいだけど、ね」


あの頃と変わらない姿の僕のほうを向いて、にかっ、とまぶしい笑顔。

その笑顔があまりにもあの頃の実留と変わっていなかったから。


「ねえ、実留」

「なあに?」


つい、訊いてしまった。


「実留は、幸せだった?」

「馬鹿なこと訊くのね」


呆れられた。

でも、今訊かなければいけないことなのだ。


「幸せだったわ。大変だったこともあったけれど、それ以上の幸せな時間をみんなと過ごせたんだもの。……それに」


苦しくなってきたのだろうか、呼吸のタイミングが不規則になってきている。

看護師を呼ぶボタンを押そうとする僕を制し、話し続ける。


「巡、あなたと同じ世界で生きられたのだから。これ以上の幸せがあるのかしら」

「……」


心の底から、自らの人生に満足しているのだな、と。

実留の言葉で、ようやく理解できた。


ならば、僕がすべきことは一つだけ。


「ねえ、実留」

「なあ、に?」


益々不規則になる呼吸。

苦しみながら、それでも僕と話せるのが嬉しいようで。

笑顔で僕を見て、僕の言葉を聴こうとしてくれている。


「ずっと前から──」


随分待たせてしまったけれど。

今なら言える。実留は、僕の一番大事な──。


「大好きだよ」



「……あは、は」


正面を──横になっているから、天井を見上げながら、穏やかに笑う実留。

その感情を読もうとしたけれど、続く言葉を聞き、思いとどまった。


「嬉しいなぁ、嬉しいなぁ。巡が、告白してくれたぁ」


今の今まで待たせて、死の間際に告白するなんて、卑怯な気もするけれど。

本当に嬉しそうな笑顔を見せてくる実留を前に、そんなごちゃごちゃした感情は吹き飛んだ。


「あたしも」

「うん」

「巡のこと、大好きよ」

「……うん!」


自然と、返答の声量が大きくなってしまった。

視界もぼやけ、喉の奥が枯れたような感覚。

これは──。


「泣かないで、巡」


言われて初めて気付いた。

僕は、泣いていた。


なぜだろう。

実留とお別れしたくないからだろうか。

あの頃の──高校生の頃を思い出したからだろうか。

実留の苦し気な表情を、見たくないからだろうか。

実留が、──死んでしまうからだろうか。


ああ、きっと。

全部だ。

全部合わさって、涙が止まらないのだ。


「大丈夫よ、きっと大丈夫」

「え……?」

「次の世界も、きっと楽しいわ、巡」


何の話をしているのだろうか。

なぜ、僕の心配をしているのだろうか。


「だから、ね。少しの間、だけ」


酷く不規則だった呼吸は、すでに落ち着いて。

かすれた声で、実留は──。


「さよならね、巡」


最後の言葉を言い切って。


「……うん。さよなら、実留」


静かに、息を吐き終えた。


◆◆◆


看護師さんを呼ぶボタンを押して、僕はその場から姿を消すことにした。

今頃実留は、天国でみんなと再会しているだろうか。


そうだったら、嬉しいな。


◆◆◆


さて。

僕はというと、まだまだやるべきことがたくさんある。

1年参りを終えた人の願いを叶えなければいけないけれど、その前に。


「……よし!」


僕が一人暮らしをしている家に、老いた僕の姿の死体を作り出し、布団の上に寝かせておいた。

近所付き合いはそれなりにしていた方だし、役場の人も定期的に来るから、そのうち誰かが気付くだろう。


『高宮巡』は死んだ。


後悔はない。

友達はみんな、天国へと旅立ってしまったのだから。



神社の縁側に腰かけて。

次の願い事を待つ。



そうして僕は、人を捨て、神となった。

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