35話 進路
神様になって、神社で過ごす時間が多くなって。
たくさんの人が、1年参りを終わらせて、満足して帰っていった。
裃町一丁目の神林さんは、事故で亡くした愛犬を生き返らせることができた。
ワンちゃんを連れて、泣きながらお礼参りに来てくれた。相当嬉しかったらしい。
今度ははしゃぎすぎて道路に飛び出さないようにね、と生き返ったワンちゃんに言ってみたけれど、果たして伝わっているだろうか。犬だしなぁ。言葉が通じているといいのだけど。
上裃町二丁目の榎本さん夫婦は、小学生の頃に難病で亡くなった息子を生き返らせることができた。
生き返ったその子と一緒に、三人でお礼参りに来てくれた。
少し照れくさそうに、両親には見えていない神様の姿である僕に、心の中で『ありがとうございます』なんてお礼を言っていた。
若いのにしっかりしているなぁ、なんて呑気に思ったりした。
下裃町四丁目の小学生の手島ちゃんは、手島くん、と呼ばれる姿に変わることができた。
僕と同じような事情を抱えた、えっと、──早い話が、男の子になりたかった女の子が、願いを叶えたのだ。
どうやら、僕が男性から女性に変われた、ということを風のうわさで知り、じゃあ自分も、と1年参りを始めたのだとか。
兎にも角にも、手島くんは望む性になれたのだ。周囲の理解も得ながら小学校に通えているとお礼参りで言っていたし、願いを叶えてあげた僕としても、ちょっと嬉しい出来事だった。
もちろん、うまくいった人ばかりではなかった。
裃町三丁目の中学生の五十嵐くんは、超能力が欲しい、という漠然とした願いの元始めた1年参りを、1週間ほどでやめてしまった。
ミーハーな少年のようで、夕方のアニメの影響で超能力が欲しくなったが、アニメの戦いの中で好きなキャラが死んでしまったらしく、怖くなってやめることにしたのだとか。
──そういった報告を、謝罪参り(というのだろうか?)に来た、その少年の母親から聞いた。
そういう人──面倒臭くなったり、怖くなったりして1年参りを諦めた人は、何人かいた。
仕方のないことだとはわかっているけれど、ちょっと悲しかったり。
ただ、事情があって1年参りをやめた人も、数えるほどだが存在した。
例を一つ上げるのならば──下裃町一丁目の杉林さんは、『おばあさんのガンを治してほしい』という願いの元行った1年参りを途中でやめた。
決して諦めたわけではない。1年参りが間に合わず、おばあさんが亡くなってしまったらしい。
もちろん、そこから1年参りを続けて、おばあさんを生き返らせることだって、できただろう。
でも、そうはしなかった。
おばあさんが満足して亡くなったから、もう1年参りはしません、なんて言っていた。
不慮の事故ではなく、天寿を全うしたのだ。おばあさんの遺言書には『楽しい人生でした』と綴ってあったとのこと。
それらを報告して、杉林さんは1年参りを途中でやめた。
悔しそうな、しかしどこかホッとしているような。そんな感情を、願い叶わずのお礼参りで受け取った。
そういう人もいるのだ。
叶った、諦めた、報われた、報われなかった──様々な感情を日々享受しながら、僕は神として、日々をなんとなく過ごしていた。
そんなある日、神社に思いもよらぬ人物がやってきた。
その人物は、見えない状態であるはずの僕をしっかりと両目で捉え、気さくな挨拶から入った。
「久しぶり、巡」
ならば、と気さくに返そうじゃないか。
「久しぶり、努」
◆◆◆
神に至った日から、ちょうど1年が経った日。それが今日。
──だけど、特にそこには触れずに、努は口を開く。
「神様の生活は、どう?」
何かを聞き出そうとしている様子はない。
ただ単純に、友達として、心配してきてくれただけのようだ。
「楽しいよ」
だから僕は、そう答えた。
嘘ではない。でも正しくもない。今の感情を正確に表すのであれば──『まあまあ』。
でも、神になろうとした努を前に、まあまあだよ、なんて言うのは憚られる。
「そっか」
心を読まれた感覚はない。
僕の思いを尊重してか、あるいは神の心を読むのを躊躇ったからか。
どちらにせよ、僕の心を読もうという意思は、努の中には既になかった。
本題に入るね、と前置きをしてから、再び努は口を開く。
「巡は進路、どうするの?」
──全く予想だにしない質問が飛んできた。
◆
実留や瞳は、この町の外の大学に通いたいらしく、この夏にオープンキャンパスに行っていた。
月上君と香里も同様。
「君はどうするの、巡」
「僕は……」
言いかけたけれど、言葉はそこで止まった。
神の個人情報をペラペラと話していいのだろうか。──まあ、努だし、大丈夫か。
「就職しようかなって」
「それは、巡の意思で?」
痛いところを突かれた。
ちょっとした事情があるのだけど、これまた話していいものか。
考えあぐねていると、見かねて努が再び口を開いた。
「この町から出たいなら、俺が一時的に神様になるよ。……裃地区から、出られないんでしょ?」
──やっぱり鋭いな、努は。
「そうだね。……神だからかな、出られないんだ」
正確には、出られない、ではなく出てはいけない、だ。
決まりがあるわけじゃない。前の神様に言われたわけでもない。
この1年で分かったのだ。僕の為すべきことは、神として生きるということ。
「確かに、努に神の力を渡せば、僕はこの町の外に行くことはできるだろうさ。でも、そうはしない。……願いを叶えるのは、僕の役目だから」
神の力を(少しとはいえ)持っている努だから、できるのだろうけれど。
そんな自分勝手なことはしたくない。
そんな柔い思いで、神になったわけじゃないのだから。
「……わかった」
納得してくれた様子。
努のことだから、もっとごねると思っていたのだけれど、そんなことはなく。
「やけに素直だね」
「ごねたって、巡の考えが変わるわけじゃないだろうし。……さて、本題二つ目」
「二つ目?」
すぅっ、と大きく息を吸って、しかし次の言葉は静かに。
絶対に誰にも聞かれたくないのだろうか。まるで呟くように。だけど──僕だけには聞こえるように。
「君が好きだ。……俺と、付き合ってくれないか?」
頬を赤らめて、揺らがない視線で。
ついぞ話されなかった話題を、努は初めて言い切った。




