34話 神に至る
やけにすっきりした表情の実留と一緒にお出かけした翌日。
午前6時。まだ寝たがっている瞼をこすり、長い階段を上った先で、神様は立っていた。
「待っていたよ、高宮巡」
「お待たせしました、神様」
夏の終わりの熱気はどこへやら。
裃神社には、穏やかな空気だけが存在していた。
◆
「あの、神様」
「なんだい、高宮巡」
今日、一つだけ聞いておこうと思ったことがあるのだ。
わざわざスマホにメモをしたくらいには、大事なこと。
「なんで、今日、なのでしょうか」
「何か予定があったのかい?」
「いえ、そういうわけではなく」
誕生日とか、いずれ来る命日とか。
そういう『区切り』ではない、ただの夏休みの中の一日だったから。
「なんで、何のイベントもない今日になったのかが、気になって」
「なるほど、鋭いね」
お、これはもしや、何か重大な秘密が。
「特に理由はないよ」
なかった。
「どの世界でも、今日この日が神の座を受け渡す日だったから。僕もそうしただけさ」
「なるほど」
「だから君も、いずれ来たりしその日──神の座を受け渡す日は、今日と全く同じ日付だからね」
なるほど。
「次の世界の僕に受け渡す日のこと、ちゃんと覚えておきます」
「うん、まあ、……うん、覚えておくといい」
やけに歯切れが悪い返答。
──そういえば。
「あの、実留の願いって、結局何──」
「さあ、儀式を始めようか」
「え? うわっ!?」
神様の身体から、まばゆい光のような何かが出てきたかと思うと、次の瞬間には僕の身体に吸い込まれていた。
「えっと、神様?」
俯いたまま、何も語らない神様。
あ、あれ、どうしたんだろう。──って!
「か、神様! 身体が……!」
神様の身体が、足元からボロボロと崩れ始めた。
とっさに駆け寄り、倒れそうなその身体を支えたけれど。
「こ、これって……」
それはもう、重力にただ従うだけの──亡骸。
でも幸い、意識はあったみたいで。
「そうだった──うん、そうだった。力を失った神様は、前の世界でもこうなっていた。仕方のないことなんだ」
「そんな……!」
痛いのだろうか、辛そうに話す神様。
何億年もの間頑張った神様の最後が、こんな風になるなんて。
──自然と、目をつむっていた。
その光景が見たくなかったからではない。ただ、願っただけ。
「……っ、これは──そうか」
「え? あっ!」
神様の身体の崩壊が止まり、今度は光りながら、その身体が薄く、徐々に透明になっていった。
「これって、僕が願ったからですか?」
『神様の身体の崩壊を、防ぎたい』──僕はそう願った。
見ていられなかったから。こんなにも頑張った神様の最後がこんなのなんて、認めたくなかったから。
「ああ──君のおかげで、全身の痛みがなくなったよ」
「やっぱり痛かったんですね……早めに言っておいて下さいよ、そう願うように、って」
言ってくれていれば、素直に願ったのに。
「いや、前の世界では──僕はただ、崩れゆく神様を呆然と眺めているだけだったから」
「──え?」
どうやら、僕は前の世界と、違う行動をしたらしい。
「……やっぱり、ターニングポイントなのかもね」
「はい?」
ターニングポイント?
一体、何のことだろう。そんな言葉が神様から出てきたのは初めてだ。
「あの、神様」
「すまない、もう説明している時間はないみたいだ」
「……そう、みたいですね」
神様の身体は、ほとんど消えていた。
かろうじて見えるその顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
「高宮巡──この世界の神よ」
「はい、神様」
「世界を、頼んだよ」
「……はい!」
ふわっ、と。
抱えていた重みは、一瞬で消えた。
「神様、か」
最後はどんな感情で、消えたのだろう。
きっと、ポジティブな感情だっただろう。
そう、思うことにしよう。
◆
ちょっとだけ疲れたから、神社の隅のベンチに座り、一休憩。
「さて」
スマホで時間を確認。
時刻は午前7時。そろそろ1年参りをしに、神社に来る人がいるだろう。
邪魔にならないように、僕は家に帰ろう。
◆
裃神社から帰る途中で、1年参りをしに来たであろう人とすれ違った。
すれ違った瞬間に、その人の願い事が『交通事故で死んでしまった愛犬を生き返らせること』だと、自然とわかった。
(……ああ、本当に)
神様になったのだなぁ、と。
のんきなものだけれど、ようやく実感した。
◆◆◆
大変なことが待っているだろうけれど。
いくつもの別れがあるのだろうけれど。
徐々に、慣れていこう。
みんなの願いを叶えながら、ゆっくりと慣れていこう。
焦る必要はない。
何億年もあるのだ。のんびりと、慣れていこう。




