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巡る僕らの叶い頃  作者: イノタックス
4章 神様という存在に

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32話 来年の今頃は

「巡、そろそろ起きて」

「……んぅ」


ぼんやりとした意識で、実留の声に返事する。

ああそうか、実留の膝を借りて寝てたんだった。


「ごめん実留、ひざ、痛くない?」

「大丈夫よ。そっちこそ、体調良くなった?」

「うん、ありがとね──あっ」


屋台がたくさん出ている方角の空に、花火が上がった。

花火の時間だから起こしてくれたのか、気が利くなぁ。


「きれいだね」

「ほんとね。毎年見ても飽きないわ」

「確かにね」


赤、青、緑、黄。他にも、たくさんの色。

空に咲く花火は、確かに何度見ても飽きることはなさそうだ。


「来年も──」

「ん?」


小声で何かを呟いた実留。

花火の音もあり、聞き取れなかったから、聞き返す。

少しだけ恥ずかしそうに、もう一回だけね、と話す。


「来年も巡と花火を見たいな、って思って」

「いいね、来年も見に来ようか」

「……うん」


今度は恥ずかしそうに、空に上がる花火を見る実留。

やっぱり、実留の願いは──。


──いや、やっぱり訊かないでおこう。

プライバシーに関わることだし。


◆◆◆


花火が終わって、たっぷり2分ほどが経過した。

立ち上がり、浴衣が折れ曲がっていないか確かめていると、実留がまたもや呟いた。


「来年の今頃は、巡は神様になってるのね」


ほんの少し、悲しさが含まれたような言葉だったから。

ちょっと考えた後。


「神様になっても、実留たちと離れるわけじゃないし」


僕は、そう返した。


「巡……」

「大丈夫だよ、きっとみんなと──実留とずっと友達でいられるから」

「……うん、そうよね」


ぐーっと伸びをして、実留も立ち上がる


「帰ろっか、巡」

「うん、実留」


消えかかった祭りの喧騒を後に、僕たちは家路についた。


◆◆◆


時間が経つのは早いもので。

──そんな慣用句を使いたくもなるくらい、本当に早くて。


季節は夏から秋、冬へと移り変わって。

12月も半ばに差し掛かったころ、雪が降った。


「まだ、続けてるんだなぁ」


自分の部屋で、そんな独り言を呟く。

コンビニからの帰り道で、裃神社への階段に向かう実留を見つけたのだ。


「……話しかけるのは、なぁ」


なんとなく、してはいけない気がして。

結局スルーしてきたわけだけど。


正直、心配でしかない。


「雪が降った後の階段って、危ないからなぁ」


1年参りの途中、僕も一回だけ転びそうになったことがある。

それ以降は気をつけていたから、ケガをしたことはないけれど。


やっぱり、不安だ。

──なんてことを考えていたら、スマホが鳴り出した。

もしかして、と思いながら画面を見ると、『端境実留』の文字。


「え、え?」


一瞬狼狽えたけれど、そんなことをしている場合ではない気がして。


「もしもし、実留?」


なるべく平静を装って、電話に出る。


『あ、巡? ちょーっと悪いんだけど、裃神社の階段を下りたあたりまで来てくれない?』

「どうかしたの?」

『ちょっと階段で滑って、足を挫いちゃって……えへへ』


──嫌な予感、的中。


「わかった、すぐ行く」

『うん、お願い~』


通話を切って、1分ほどで支度して自室を飛び出す。

心配で、心配で、心配で。



家を出て、裃神社の階段前まで、転ばないように急いで向かう。

心配、心配、不安、不安、──恐怖。

大丈夫、足を挫いただけ。数日安静にしていれば、きっとよくなる。

だから、──大丈夫。



「実留!」

「早っ! え、早くない?」

「あんな電話が来たら、誰だって急ぐに決まってるでしょ!」

「え、あ、うん……なんか、怒ってる?」


言われて初めて気付く。

僕、少しだけ怒っちゃってた。


「……正直、怒ってる。もっと僕の──僕たちのことを頼ってくれていいのに、こんな雪の降る日に一人だけで1年参りをしてた実留に、少し怒ってる」


──よくもまぁ、こんなにすらすら言葉が出てきたものだなぁ、と。

口調と裏腹に、冷静な頭でそんなことを考えていた。


「あはは……ごめん、巡」

「……うん、いいよ。今度からは、僕たちのこと、もっと頼ってね」

「うん、わかった、巡」


怒られているのに、どこか嬉しそうな実留。

どういう感情なのかわからないけれど、ひとまず重症ではなさそうだから、安心した。


「肩、貸すよ」

「うん、ありがと」


僕の肩に手をまわし、少し辛そうに歩く実留。


「でも、さ」


──と、実留が独り言かのように。


「あたし一人でやらなきゃいけないんだ。だって……あたしの1年参りなんだから」

「それは……」


こればっかりは、僕もほとんど助けを借りずに一人で1年参りをしたから、言い返せない。

だから、これだけは言っておこう。


「無理はしないでね、実留」

「うん、巡」


──やっぱりどこか嬉しそうな実留を支えながら、実留の家まで送っていった。


◆◆◆


雪が解けて、凍って余計に滑りやすくなった翌日でも、案の定、というか。


「実留!」

「げ、巡……?」


時刻は午前6時30分。

裃神社への階段を上り始めていた実留に、ギリギリ追いついた。

おそらく僕に気づかれないように、朝早くに来たのだろう。


階段を下りてこようとしている実留に、右手を開いて突き出して、止まって、の合図。


「もう、挫いた足は大丈夫なの?」

「う、うん、治ったかな」


──うん、信じよう。


「わかった。また怪我したりしたら、すぐに連絡して」

「あ、うん……」


状況が掴めていないらしい実留に、周りに人がいないから、少しだけ大きな声で。


「僕は実留の1年参りが成功するよう、祈ってるから。だから──」


もう少しだけ大きな声で。



「頑張って、実留!」

「……! うん、頑張る!」



気持ちは伝わった、と思おう。


「それじゃあね」

「うん」


僕が振り返ったのと同じタイミングで、階段を上っていく音が聞こえ始めた。

心配は、いつまでも消えない。

でも──だからこそ、応援しなければ。


あと半年。

あと半年で、実留の願いが叶って、そのあとには──。


僕は、神様になるんだから。

手助けしすぎるのも、無粋なのかもね。

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