32話 来年の今頃は
「巡、そろそろ起きて」
「……んぅ」
ぼんやりとした意識で、実留の声に返事する。
ああそうか、実留の膝を借りて寝てたんだった。
「ごめん実留、ひざ、痛くない?」
「大丈夫よ。そっちこそ、体調良くなった?」
「うん、ありがとね──あっ」
屋台がたくさん出ている方角の空に、花火が上がった。
花火の時間だから起こしてくれたのか、気が利くなぁ。
「きれいだね」
「ほんとね。毎年見ても飽きないわ」
「確かにね」
赤、青、緑、黄。他にも、たくさんの色。
空に咲く花火は、確かに何度見ても飽きることはなさそうだ。
「来年も──」
「ん?」
小声で何かを呟いた実留。
花火の音もあり、聞き取れなかったから、聞き返す。
少しだけ恥ずかしそうに、もう一回だけね、と話す。
「来年も巡と花火を見たいな、って思って」
「いいね、来年も見に来ようか」
「……うん」
今度は恥ずかしそうに、空に上がる花火を見る実留。
やっぱり、実留の願いは──。
──いや、やっぱり訊かないでおこう。
プライバシーに関わることだし。
◆◆◆
花火が終わって、たっぷり2分ほどが経過した。
立ち上がり、浴衣が折れ曲がっていないか確かめていると、実留がまたもや呟いた。
「来年の今頃は、巡は神様になってるのね」
ほんの少し、悲しさが含まれたような言葉だったから。
ちょっと考えた後。
「神様になっても、実留たちと離れるわけじゃないし」
僕は、そう返した。
「巡……」
「大丈夫だよ、きっとみんなと──実留とずっと友達でいられるから」
「……うん、そうよね」
ぐーっと伸びをして、実留も立ち上がる
「帰ろっか、巡」
「うん、実留」
消えかかった祭りの喧騒を後に、僕たちは家路についた。
◆◆◆
時間が経つのは早いもので。
──そんな慣用句を使いたくもなるくらい、本当に早くて。
季節は夏から秋、冬へと移り変わって。
12月も半ばに差し掛かったころ、雪が降った。
「まだ、続けてるんだなぁ」
自分の部屋で、そんな独り言を呟く。
コンビニからの帰り道で、裃神社への階段に向かう実留を見つけたのだ。
「……話しかけるのは、なぁ」
なんとなく、してはいけない気がして。
結局スルーしてきたわけだけど。
正直、心配でしかない。
「雪が降った後の階段って、危ないからなぁ」
1年参りの途中、僕も一回だけ転びそうになったことがある。
それ以降は気をつけていたから、ケガをしたことはないけれど。
やっぱり、不安だ。
──なんてことを考えていたら、スマホが鳴り出した。
もしかして、と思いながら画面を見ると、『端境実留』の文字。
「え、え?」
一瞬狼狽えたけれど、そんなことをしている場合ではない気がして。
「もしもし、実留?」
なるべく平静を装って、電話に出る。
『あ、巡? ちょーっと悪いんだけど、裃神社の階段を下りたあたりまで来てくれない?』
「どうかしたの?」
『ちょっと階段で滑って、足を挫いちゃって……えへへ』
──嫌な予感、的中。
「わかった、すぐ行く」
『うん、お願い~』
通話を切って、1分ほどで支度して自室を飛び出す。
心配で、心配で、心配で。
家を出て、裃神社の階段前まで、転ばないように急いで向かう。
心配、心配、不安、不安、──恐怖。
大丈夫、足を挫いただけ。数日安静にしていれば、きっとよくなる。
だから、──大丈夫。
◆
「実留!」
「早っ! え、早くない?」
「あんな電話が来たら、誰だって急ぐに決まってるでしょ!」
「え、あ、うん……なんか、怒ってる?」
言われて初めて気付く。
僕、少しだけ怒っちゃってた。
「……正直、怒ってる。もっと僕の──僕たちのことを頼ってくれていいのに、こんな雪の降る日に一人だけで1年参りをしてた実留に、少し怒ってる」
──よくもまぁ、こんなにすらすら言葉が出てきたものだなぁ、と。
口調と裏腹に、冷静な頭でそんなことを考えていた。
「あはは……ごめん、巡」
「……うん、いいよ。今度からは、僕たちのこと、もっと頼ってね」
「うん、わかった、巡」
怒られているのに、どこか嬉しそうな実留。
どういう感情なのかわからないけれど、ひとまず重症ではなさそうだから、安心した。
「肩、貸すよ」
「うん、ありがと」
僕の肩に手をまわし、少し辛そうに歩く実留。
「でも、さ」
──と、実留が独り言かのように。
「あたし一人でやらなきゃいけないんだ。だって……あたしの1年参りなんだから」
「それは……」
こればっかりは、僕もほとんど助けを借りずに一人で1年参りをしたから、言い返せない。
だから、これだけは言っておこう。
「無理はしないでね、実留」
「うん、巡」
──やっぱりどこか嬉しそうな実留を支えながら、実留の家まで送っていった。
◆◆◆
雪が解けて、凍って余計に滑りやすくなった翌日でも、案の定、というか。
「実留!」
「げ、巡……?」
時刻は午前6時30分。
裃神社への階段を上り始めていた実留に、ギリギリ追いついた。
おそらく僕に気づかれないように、朝早くに来たのだろう。
階段を下りてこようとしている実留に、右手を開いて突き出して、止まって、の合図。
「もう、挫いた足は大丈夫なの?」
「う、うん、治ったかな」
──うん、信じよう。
「わかった。また怪我したりしたら、すぐに連絡して」
「あ、うん……」
状況が掴めていないらしい実留に、周りに人がいないから、少しだけ大きな声で。
「僕は実留の1年参りが成功するよう、祈ってるから。だから──」
もう少しだけ大きな声で。
「頑張って、実留!」
「……! うん、頑張る!」
気持ちは伝わった、と思おう。
「それじゃあね」
「うん」
僕が振り返ったのと同じタイミングで、階段を上っていく音が聞こえ始めた。
心配は、いつまでも消えない。
でも──だからこそ、応援しなければ。
あと半年。
あと半年で、実留の願いが叶って、そのあとには──。
僕は、神様になるんだから。
手助けしすぎるのも、無粋なのかもね。




