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巡る僕らの叶い頃  作者: イノタックス
4章 神様という存在に

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30話 至り、成る前に

弥勒沢家での一件から少し日が経ち、8月中旬。

夏真っ盛り。遠く──裃地区から聞こえてくるのは、お祭りの準備の忙しなさ。

明日は、裃地区でお祭りが開かれる。


そんな中。僕は、裃神社に来ていた。

理由は単純明快。神様に呼び出されたのだ。


『神様になってからの知識を教える』なんて言われたから、カバンにメモ帳とボールペン、水筒を入れて階段を上ってきたのだ。

──なのだけれど。


「その3、基本的に、1年参りの願い事を神様が勝手に変えることはできない。──こんなところかな。覚えたかい?」

「まあ、はい」


その1から始まり、その3までで終わった。

いくらなんでも少なすぎないか、この授業。


「こんな暑い中、外に長時間いるのは大変だろう?」

「まあ、そうですけど……」


僕のことを心配してくれているのだろうか。

しかし、こんなに少なくて大丈夫なのだろうか、知識。

目の前の神様──僕と全く同じ姿の──は、僕の不安げな感情を読んだようで。


「大丈夫だよ、高宮巡」


ふわっ、と宙に浮き、僕の目をまっすぐに見つめる。


「神様になってから、イレギュラーは何度だって起こる。それに対応していくことで、知識は勝手に増えていく。──君だけの神様になればいいのさ」

「僕だけの神様、ですか」


なんだかとってもポエトリー。

でもまあ、なんとなく理解はできる。僕だけの神様、かぁ。


「さ、この辺でお開きと行こうか」

「あ、あの!」

「なんだい、高宮巡」


相変わらずフルネーム呼びなのは、違和感があるけれど、今は考えずに。


「僕はいつごろ、神様になるんでしょうか」

「ああ、それを話していなかったね。じゃあ、その4」


やっつけ気味に、その4が追加された。


「端境実留の1年参りが終わったころに、神様を交代するつもりだよ」

「実留の1年参りが終わったら、ですか」

「ああ。……端境実留の願い事は、どうやら君には知られたくないらしいからね」


──知られたくない、と言っても、もうなんとなくわかっているのだけれど。


「男になる、というのが願いではないんですか?」

「少し前までは、そうだったんだけどね。願いを変えることができるのは、十分理解しているだろう?」

「はい、色々ありましたから」


過去に行った時のことと、努のことがあったから、理解はしている。


「神様として、忠告しておく。端境実留の願いが何かということは──」

「詮索はしませんよ。プライバシーに関わることですからね」

「それが得策だね。それじゃ、これでお開きで。またね、高宮巡」

「はい、神様」


ふわっと浮き上がり、神様は姿を消した。

さあ、僕も家に帰ろう。


◆◆◆


残っていた宿題をすべて終えて、ぼふん、とベッドに倒れこむ。


「神様、かぁ」


なんとなく呟いたその言葉で、ほんの少し、心がきゅっとなった。


1年後、僕は神様になる。

神様の話では、自分の年齢を変えることはできるらしいから、みんなと同じように年を取ることもできるらしい。

でも、死ぬことはない。それはつまり。


「人間じゃなくなる、ってことだよね」


後悔は、現状全くしていない。

神様は『絶望したことなどない』みたいに言っていたけれど、みんなと別れる時も絶望しなかったのだろうか。

その頃には、もうみんなとは疎遠になっていたりするのだろうか。


それは寂しいな、なんて思いつつ、スマホをいじっていると、画面に着信のマーク。

実留からだ。何の用だろう?


「もしもし、実留?」

『あ、巡! ねえ、明日って1日空いてる?」

「1日? うん、空いてるけど」


午後にお祭りがあるから、それに行こうとは思っていたけれど。

実留の用事があるのなら、そっちが優先だ。


『じゃあさ、お祭り、一緒に行かない?』

「うん、行く。……でも、お祭りって午後からだよね?」

『午前中に、お祭りに着ていく浴衣を一緒に選ぼうかな、って思って』


ああ、なるほど。

僕は女ものの浴衣を(当然)持っていないから、ちょうどいいかも。

でも。


「浴衣って、もう少し早めじゃないといいのがなくなったりしない?」

『まあね。だから、あたしが着ていた浴衣をあげようかな、って』

「実留の? ありがたいけど、身長が……」


僕は実留より少しだけ背が低いのだ。

そこが懸念点だったのだけど。


『あたしが昔着てた浴衣、あげようかなって思ったの』

「ああ、そういうことなら……お言葉に甘えさせてもらうよ」

『決まりね! じゃあ明日の9時ごろ、あたしの家に来てくれる?』

「うん、わかった。……うん、うん、それじゃあね」


電話を切り、もう一度ぼふん、とベッドに倒れこむ。

少しだけ、顔がにやけているのを自分でも実感した。


「明日、楽しみだなぁ」


神様になる云々は、お祭りへの期待で上書きされ、忘れていた。


女子になって、初めてのお祭り。

明日は精一杯、楽しもう。

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