29話 努と帰還+1
「……決断、早いね」
僕の発言からたっぷり10秒。
笑顔の神様の隣で、努は呆れつつ、そう言った。
まるで、僕の口から出る言葉を知っていたかのように。
「デメリットがあるけれど、ちゃんとメリットもあるからね」
デメリットは、永遠に近い時間を孤独に生きること。
メリットは──。
「この裃地区に住む人々のたくさんの願いを、叶えることができるんだ」
これからも絶えず願われるであろう、たくさんの願いを。
「この町の人々を、絶望から救うことができるんだ」
僕も、救われた側だからわかること。
願いが叶い、救われた人々を見てきたから、わかること。
「それなら、神様にならない手はないと思うんだ」
きっとまだ、知らないデメリットもあるだろう。
いつかはみんなと別れて、たった一人になるのだろう。
世界が終わるのを、たった一人で見るのだろう。
それでも。
「僕は、神様になるよ」
僕という存在が、そういう運命の中にあるのなら。
僕は、それを受け入れよう。
◆
「……わかったよ」
またしても、たっぷり10秒ほど経って、考え込んでいた努が口を開く。
その表情は、ほんの少しだけ明るくなっていた。
「巡自身がそう言うなら、俺は諦めるよ」
「うん。……ごめんね、努」
努、どこか悲しそう。
なんでなのか、と訊こうとしたら、今度は神様が口を開いた。
「努も実留と同じで、君のことが好きなんだ」
「えっ!?」
え、えぇ……?
なんか、めちゃくちゃ意外。努って、人のことを(性的に)好きにならなそうだし。
努はというと──少し顔を赤らめてはいるけれど、動揺はしていない様子。
それどころか。
「好きだから、巡の人生を『神様になる』という一つだけに縛らせたくなかったんだ」
堂々と『好き』だなんて言うもんだから、こっちが照れてしまいそう。
「さっきは攻撃して、ごめん」
「あ、うん、もう痛みは引いてるし、大丈夫だよ」
神様と違って、心は読めないけれど。
努が本心から謝っているのはわかったから、許すことにした。
◆
「それじゃ、元の世界に戻すね」
「うん。……え、努は?」
もちろん、努も一緒に──。
「俺はこの世界に残るよ」
「い──いやいや、なんでそんな」
「俺は巡を攻撃した。その時点で、巡と同じ世界に生きる資格はなくなったからね」
「そんな……もう過ぎたことだし、って、えっ!?」
僕の手が薄く、消えかかってきた。──努の姿は、そのまま。
まさか本当に、この1秒先の世界に留まるつもりなのか、努のやつ。
「瞳にはなんて言えばいいんだよ、努!」
「ごめん、とか適当に言っておいてよ。……じゃあね、巡」
「つと──」
意識が、途切れた。
◆◆◆
「巡、巡!」
「う、うん? あれ、ここは……」
実留の声で、いつの間にか閉じていた目を開け、横たわっていた身体を起こす。
ここは、さっきまでの世界で立っていた場所──弥勒沢家の廊下だ。
目の前には、実留と瞳、香里、月上君の4人が。
どうやら、本当に元の世界に戻ってこれたらしい。
「え、み、実留!?」
泣きそうになっていた実留に、抱き着かれた。
「よかった、目を覚ましてくれた、よかったよぉ……」
「え、あ、うん」
いつもの勝気な実留と違って、涙をこらえている実留。
僕がいなくなったのが、よほど不安だったのだろうか。
そうだとしたら嬉しいな、なんて少し不謹慎なことを思ってみたり。
「全く……どこ行ってたのよ、巡。いきなりいなくなったから心配してたのよ?」
「ごめん、ちょっと努と会ってて──」
「つ、努と会ったの!? ど、どこで……?」
今度は瞳がぐいっと顔を近づけてきた。
「なんて言ったらいいのかな……」
まさか正直に『1秒先の世界で、努と神様に会った』なんて言えないだろう。
そう思っていると。
「それをそのまま言えばいいと思うよ」
背後から、ついさっきまで聞いていた声。
「神様!? ……それに、努!」
「ごめんね。少しばかり、説得に手間取ってね」
神様の背後に、努が居心地悪そうに立っていた。
「かみさま、って……あの裃神社の、神様のこと!?」
「いや、でも、その姿って……高宮の昔の姿じゃ」
香里と月上君は戸惑っているけれど、瞳はそんなのお構いなしに、努に向かって走り出した。
まさかビンタでもするのでは、と思ったけれど、違った。
「努! 努! 努だ……! おかえり、努!」
もの凄く嬉しそうに、笑顔で努に抱き着く瞳。
安心しきった瞳の顔を見て、こわばっていた努の表情も崩れ、笑みが生まれた。
「ただいま、瞳」
ああ、やっと終わった。
ひと段落、ついたかな。
◆
結局、正直に『1秒先の世界で~』云々を説明することに。
やっと落ち着いてきた瞳や実留がまた動揺しないか不安だったけれど、案外大丈夫そうだった。
「えっと、じゃあ……あなたは本当に、裃神社の神様なんですね」
戸惑いつつも、そう質問する瞳。
「ああ、そうだよ。今はこの世界の昔の巡の姿だけど、こうすれば……」
ふわっ、と浮き上がり、その姿を変える神様。
「わっ、巡と同じ姿になった」
「君たちが混乱しないように、この世界の巡とは違う姿でいたんだけどね。……ま、もういいかな。やっぱりこっちの姿の方が楽だからね」
精神と肉体がどうこう、という難しい話を流すようにしているけれど、ほとんどわからない。
ま、そういうものなのだろう。永遠に近い時間を過ごすうちに、わかってくることなのだろう。
「ところで、努」
「なに、瞳?」
まだ少し申し訳なさそうにしている努に、瞳が訊く。
「なんで私と違う願いにしようって思ったの?」
「あ、その……ごめん」
「あ、いや、違くて! 責めてるわけじゃなくて、純粋に気になったの」
「それは──」
──言われてみれば。
僕を好きになったとしても、その先の運命は神様の力を得ないと知ることはできない。
ということは、僕の運命を変えるために神様の力を得た、というのは誤っている。
じゃあ、いったいどうして。
「あの頃──保育園の同じクラスにいた子で、しばらく休んでた男の子がいたの、覚えてる?」
「いた、ような気がする。十何年も昔のことだから、顔も名前も忘れちゃったけど」
僕も保育園のころのことを思い出そうとしたけれど、裃地区には少ないけれどいくつかの幼稚園や保育園がある。
努と瞳とは別の保育園に通っていたから、思い出すのは無意味だとわかり、やめた。
「その休んでいた子、難病にかかって裃病院に入院していたんだ」
「え……そうだったの? でも、治ったって言ってたような」
──ああ、なるほど。
話が見えてきた。
「その子と仲良かったから、病気を治してあげたいな、なんて思ってたんだ。でも当然、子供が病気を治せるわけがない。それこそ、神様の力でもないと、って思ってね」
「それで、努は1年参りの途中で願いを変えたのね」
「そういうこと」
そこから先は、知っての通り、といった感じか。
「ごめんね、今まで黙ってて」
「うん、もう気にしてないから大丈夫よ」
本当に気にしてなさそう。
切り替え早いな、瞳。
「で、次の神様に、巡がなる、と……」
「うん、そう決めたんだ。……実留?」
僕の言葉を聞き、実留は何かを少し考えた後に、口を開いた。
「あの、神様」
「なんだい、端境実留」
「私が1年参りをしている最中なのは、知ってますよね」
「ああ、もちろん」
あ、まだ続いてたんだ、実留の1年参り。
……っていうか、僕らも聞いていいのだろうか、ここからの話。
「私の1年参りが終わるまで、巡を神様にしないでおいてもらえませんか?」
「……え? まあ、いいけれど」
神様、少し戸惑っている様子。
その感情は、実留の願いに関係するのだろうか。
「ありがとうございます。……じゃあ、これで万事解決、ね。帰ろっか、巡」
「う、うん、帰ろう」
実留の鶴の一声で、解散となった。
──実留のやつ、いったい何を願うつもりなんだろう?




