3話 三ノ上香里の現状
『詳しいことは放課後にね』と言われたので、午後も大人しく授業を受け、待った。
実留と少しだけ会話して、現在時刻、午後5時丁度。念願の放課後だ。
「お待たせ、巡」
「努。……瞳は?」
「席を外して──というか、帰ってもらった。行きたい場所があるらしいからね」
らしい、とは随分他人行儀じゃないか。
彼ら双子は、お互いの考えが分かるというのに。
「……で、努? 例の話って、他の人がいるところでしてもいい話なの?」
ここは僕のクラス。僕らの他にも人がいる。……今日は珍しく、黒縁メガネの男子生徒一人だけだけど。
──と思っていたら、その男子生徒、努に向かって歩いてきた。
「おい弥勒沢、おれっちの話、他の人にするってのは聞いてたけど……」
「巡なら問題ないだろう? こいつは昨日1年参りを終えて、大願を叶えた奴なんだから」
「……まあ、それは知ってるけどよ。……ええい分かった、話してもいい。許可する」
そうだ、この男子生徒のこと、僕はあまり関わらないけど、自分のことを『おれっち』と呼ぶからなんとなく憶えていた。
それと、憶えていた理由はもう一つ。僕が1年参りを終えたと聞いて、クラスで一番驚いていたから。
声は出さずに、目を見開いて驚いていたんだ。
「おれっちは月上昇。あんまり──いや、ほとんどお前とは関わったことがないから知らないだろうが、えっと……」
何か言いよどんでいる。
「俺が説明するよ。三ノ上香里のことは少しだけ話しただろう?」
「う、うん」
本当に、少しだけ、だけど。
「月上は、三ノ上の彼氏だったんだ」
なるほど、『だった』と言ったか。
──と、ここで訂正が入った。
「今でも彼氏だと思ってるよ。……あ、勘違いしないでほしいんだが、ストーカーじみた想いじゃないぜ? 諦めきれないって点じゃ、ストーカーみたいかもしれないけどよ」
……どうやら、話が少し飛んだようだ。
よく分からない点がいくつもあるけど、努が口を開いたから黙っておこう。
「三ノ上が一度亡くなったって話はしただろう?」
「うん」
それなら──というかそれだけを、昼休みに教えてもらった。
でも『一度死んだ』ということはつまり、『今は生き返っている』ということ。
それなら別に問題はないと思うのだけど。
「本来なら、問題はないと思われていた」
……違うってことね。
「結果としては、問題はあった。1年参りを、おそらく死んだ後の姿──幽霊で終えて生き返った時、彼女にはある異変が起きていた。彼女が彼女たる要素の一つ──記憶が消えていたんだ」
それっていわゆる……。
「記憶喪失ってこと?」
「ああ。ここからは俺と月上の推測だけど、彼女は生き返るために、代償として記憶を消されたのでは、と考えた」
「代償?」
妙な言葉が出てきた。一体何を言っているんだ。
「僕は別に、代償なんて払ってないよ?」
「そうだろう。普通の人は代償を払う必要なんてないんだ。なにせお参りのたびに毎回、あるものを払っているからね」
そこまで言われて、ようやく気付いた。
「お賽銭!」
「ああ。彼女は幽霊だった。だからお賽銭なんて、払い様がなかったんだろう。よって、記憶を持ってかれた。……これが俺と月上が考えた、三ノ上の記憶喪失の実態だ」
……なるほど。
「自分のことも、周りの人のことも思い出せないの? 三ノ上さんは」
「ああ。……いや、香里は……」
月上君が、なぜかそこでまた言いよどんだ。
「一つだけ、自分の名前だけは憶えているようなんだ」
……ん?
それなら、そこまで重度の記憶喪失ではないのでは……。
「ただそれが、自分自身の名前だとは分かっていない。『カオリ』という一つの単語としてしか憶えていないんだ。なんでその言葉一つだけ残ったのかは分からないが……」
「話すことは?」
「できない。ずっと面会できないとかじゃないぜ? 『カオリ』以外の言葉を失っているようなんだ。おれっちが何を話しかけても、何も反応しないんだ。……まあ、それくらい大変な状態だから、面会自体あまりできていないし、確実にそうだ──と言えるわけじゃないんだけどな」
ひどく暗く重い口調で、月上君が話した。
「……僕、三ノ上さんが入院している病院にお見舞いに行きたいんだけど……」
「高宮、話聞いてたか? あまり面会を勧められるような状態じゃないし、たまに面会謝絶になることもある。だから──」
「今日は面会できるみたいよ」
──女口調。瞳や実留がクラスに入ってきたわけじゃない。
相変わらず、クラスには僕たち3人しかいない。
直前の言葉は、『努』が発したもの。
尤も、その中身は。
「おい弥勒沢、お前どうかしたのか?」
「弥勒沢は弥勒沢だけど、私は努じゃなくて瞳よ。初めまして、月上君」
「はぁ?」
月上君、理解できていない様子。
瞳は困ってはいないだろうけど、助け船を出そう。
「弥勒沢姉弟──努と瞳も、1年参りを終えているんだよ」
やっぱり努のやつ、伝えていなかったんだな。
僕の今の言葉だけで、なんとなくだけど理解してくれたらしい。
「1年参りを終えた奴って、結構いるんだな……」
また目を見開いて、驚いていた。