28話 裃神社の神様は
「神様の力、って」
そんな、まさか。
驚きもあるけどひとまず反論したい。──したいのだけど、思い当たる節が多すぎて。
「巡にはもう見せただろう? 一瞬で消えたり、1秒先の世界へ移動できたり。これらが『神様の力を得る』という願い事をした、という証明になるはずだぜ」
「……なんで、そんな願いを」
「まあ、どうでもいいじゃないか」
再び右手を僕に構えてきた。
発せられる突風。また直撃してしまい、背後の壁に激突──しなかった。
「神様!?」
僕の後ろで、昔の姿の僕──神様が僕の身体を支えてくれていた。
「あ、ありがとうございます」
「例には及ばない。これも、僕のした『ミス』なんだからね」
「は、はぁ……」
戸惑いつつ、支えてくれていた神様から離れる。
「……まだ、巡を神様にするつもりなんですか」
「うん、その予定だよ」
「また、繰り返すつもりですか!」
「……うん、そのつもりさ」
──え、ちょっと待って。
僕を神様に、ってどういうこと?
「あの、それっていったい、──っ!」
3度目の突風は、僕の目の前に瞬間移動した神様によって防がれた。
「……っ! どいてください!」
「いい加減諦めるんだな、努」
怒鳴る努に、神様が優しく、なだめるように語り掛ける。
──それにしても。
「『その』巡が消えて俺が次の神様になれば、誰も悲しい思いをしなくて済むんですよ!?」
「そこに君の意思はあるのかい、努」
「ありますよ! 俺は、神様になろうと──」
「言い方が悪かったね。『希望』しているのかと訊いているんだよ、僕は」
全く話の全貌が見えてこない。
努が神様に? ──なれるものなのかな、そんな簡単に。
「簡単にはなれないよ、神様なんて存在には、ね」
「あ、はい」
また、心を読まれていたようだ。
訊く前に先回りして答えてくれた。
「……努。『希望』してならなければ、その後に『希望』は生まれない」
「でも、今のままでは絶望しか──」
「僕がいつ、絶望したと言った?」
さっきよりも強い口調で、今度は叱るように。
「僕はこの数十億年の人生の中で、一度だって絶望したことはない。この僕──『高宮巡』は、一度たりとも絶望なんてしていない!」
胸を張って、大きな声で。
自信満々に、神様はそう口にした。
──って、ん?
……え!?
「ちょ、ちょっと待ってください、神様。神様が、僕……?」
一体全体、どういうことなんだ。
神様の正体が、僕……?
いや、でも。
「僕は僕として、ここに存在していると思うのですが……」
「神様は、一巡前の世界の巡だよ」
「え、……え?」
努が、またよくわからないことを言っている。
混乱している僕を優しく見つめて、努の方へ向かいなおして、神様が問いかける。
「努、もういいじゃないか。真実を、この世界の僕に伝えよう」
「……っ、巡が絶望しても、知らないですよ」
神様を睨みつけながらも、努はその申し出に了承した。
「いいか、高宮巡。君の運命について話すから、しっかりと聞くんだ。くれぐれも、冷静にね」
「は、はい」
僕の方を向いて、僕の目を見つめて、話し始める。
◆
「前提として。この世界は、何度も繰り返されているんだ。この世界が終わるたびに、神様という存在によって、作り直されている」
「ループしている、ってことですか?」
「いや、ループではない。あくまで『作り直されて』いるだけだから、作った世界によって違う出来事、例外ってやつが起きたりする。──努の存在が、まさにそうだ」
努の存在が、例外……?
「僕が元いた世界、つまり『一巡前の世界』では、努は瞳と同じ力、双子それぞれと入れ替われる力しか持っていなかった。だけどこの世界では、1年参りの途中で『別の願いに変更する』という例外的な行為を行ったから、今こうして努は神様の力を得ているのさ」
……なるほど?
正直よく理解できていないけれど、一々質問しても仕方ないから、何も言わないでおく。
「一応言っておくと、努に与えた力は神様の力の全てではない。『神様である』という力は僕固有のもので与えられないから、正確には神様の『大半の』力を与えたんだけどね。その力で、過去を見てしまったのさ」
「過去、ですか?」
「ああ。一巡前の世界のことも見てしまった。これが僕のミス、『過去を見る力も与えてしまった』。──それで結果的に、努は神様になろうとし始めたんだ。」
「え、なんでそんなことに……」
──もしかして。一つの考えが、僕の中に生まれた。
目の前の神様が、一巡前の世界の僕なのであれば。
「どの世界でも『高宮巡』だけが神様になっていたから、僕を救おうとして、とかですか?」
「……本当に、この世界の僕の推理力には目を見張るものがあるね。努、この質問には君が答えるべきではないかな?」
「ええ。……そうだよ、巡。人間としての生を全うさせてあげたくて、俺が次の神様になろうとしたんだ。……まあ、俺を神様にする気はないみたいみたいだけどね」
そう言って残念そうに、というか自嘲気味に笑う。
「裃神社の神様は、代々、高宮巡のみが受け継いできたものなんだ。だから、僕はこの世界でも君を神様にするつもりだ」
「──孤独な時間を長く過ごすことになるんだよ、巡」
「口を挟まないでくれ、努。いやまあ、その通りなんだけどね。神様になれば、様々な力が手に入る代わりに、永遠に近い時間を過ごさなければならなくなる」
「それでも神様になろうと思うのか、巡」
「口を──まあいいや。どうする? 神様になるかい、『高宮巡』?」
うーん。
少しだけ考えて、でも迷わずに。
「なります」
僕は、そう答えた。




