26話 双子の過去
「私がした勘違いは、『結婚したら、努と双子ではなくなってしまう』というもの」
……うん?
誰かと結婚することと、努と双子ではなくなることは──。
「関係なくない……?」
「そう、全く関係ないわ。でもまだ小学校に入る前の私には、それがわからなかったの」
ちょっとした勘違いから始まった、1年参りの話が始まった。
◆◆
『将来の夢』を保育園で聞かれたときに、『お嫁さん』って答えたの。
そうしたら保育園の先生が『いいわね、お嫁さんになるの』って言ってたから、『先生も結婚したの?』って聞いてみたの。
そうしたら、『結婚したよ、だから苗字が変わったんだよ』って言った後に、『苗字が変わるのって、少し不思議な感覚なんだよ』なんて言ってたの。
意味が分からなかった。
なんで結婚したら苗字が変わっちゃうのか、当時の私にはわからなかった。
もちろん、今はわかってるわ。結婚したら夫婦のどちらかの苗字にするのは、法律で決まっていることだもの。
でも、当時の私はそこで歪な勘違いをしちゃったの。
『弥勒沢でなくなったら、努と双子でなくなってしまう』なんて勘違い。
私と努の苗字が変わるということは、家族ではなくなる。つまり、双子ではなくなる──そう考えたのよ。
その夜、努に相談したの。『結婚しても、双子のままでいるにはどうすればいいかな』って。
そうしたら『いつでもお話しできれば、双子のままでいられるかも』って言ってたの。
いつでも話せるにはどうすればいいか、二人で一生懸命話し合った。でもそんなことは不可能。
だったら、同じ存在になればいい。──もちろん、それも不可能。
ならば、『同じ存在』になるくらい、二人の考えが筒抜けになればいいのでは、なんて考えた。
そして、それを実現するには、1年参りをしなくては、とも考えた。
今思えば変な考えに至ったな、なんて思うけど、当時の私たちにはこれが限界だった。
そこからの1年は、とにかく大変だった。
毎日、雨の降る日も雪の降る日も裃神社に行かなければ、1年参りとはならない。
危ないから親からは禁止されていたの。でも、まだ薄暗い朝にこっそり家を出て、裃神社にお参りして、日が昇る前に家に帰ってくる。
私から言い出したことだけど、努も頑張ってついてきてくれていたわ。
1年参りの最終日、努はいつもより一生懸命神様にお願いしていたわ。
それを見て、『努も私と同じ気持ちなんだ』って嬉しかった。
翌日には無事に、私と努の魂を入れ替えることができるようになってた。
親にはめちゃくちゃ怒られたけど、1年参りの達成感でなんとか乗り越えられたわ。
それから少しした頃に、『苗字が変わっても、双子であることに変わりはない』って事実を知ったけど、それに影響されて何か行動をしようとは思わなかったわ。
『あ、そうだったんだ』って思ったくらい。だって、すでに1年参りは終わってたんだから。
そういえば、入れ替わろうとしたのはいつも私からだった。
努の方から入れ替わろうとしたのは、数えるくらい……あれ?
◆◆
「どうかしたの?」
話していた瞳の様子が少しおかしかったから声をかけたのだけど、反応がない。
何かを考えこんでいる様子。
「努から入れ替わろうとしてきたのって、一回もないかも……」
また不安げな表情になった。
まあ、でも。
「双子とはいえ、女子の身体に入るのに抵抗があったんじゃない? ほら、思春期とかで」
「ま、まあ、そうよね。多分……そういうことだと思うわ」
あんまり納得いってなさそうな顔だけど、まあ、男子なんてそんなもんだろう。
僕は境遇が特殊だから、男子の思考はあんまりわかっていないけど。
何はともあれ。
「やっぱり、努には瞳と入れ替われる力以外、ないと思うんだよね」
言いながら、目線を窓の外に移す。
「だから、安心していいと思うよ」
向いたのは、不安げに立っていた瞳がいた場所。
『いた』場所。今は──。
「え? ……瞳!?」
ひ、瞳がいない!
まずい、数秒目を逸らしただけなのに、その数秒でいなくなってしまった。
まずいな、と。
スマホを取り出し、外を探しに行った3人、その中の実留に電話をかけようとして、気づく。
「圏外……?」
いったいどういうことだ、これは。
僕の目の前から瞳が消えた。これは事実──待てよ?
「もしかして、消えたのは僕の方……?」
努の次は、僕なのか。
──でも、よく考えるんだ。周りの風景は全く変わっていない。
スマホだって、何かの拍子に偶然圏外になってしまっただけだろう。
──と、思考を巡らせていると。
「ん?」
背後から、床がきしむ音がした。
なんだ、そっちにいたのか。移動した音は聞こえなかったけど、色々考えていてわからなかったのかな?
「瞳、いったいどこに行って……」
絶句。
そこにいたのは、瞳ではなく──。
「ようこそ、1秒先の世界へ。……巡」
「努……!」
消えてしまったはずの、努だった。
◆
「……1秒先の世界、って何のこと?」
「おや、その質問からか。やけに冷静だね、巡」
「答えて」
「いや、やっぱり怒ってるね。その感情が読み取れるよ」
間違いない。目の前にいるのは、努だ。
この話し方は、昨日会った努と同じだ。
「元の世界から1秒だけ進んだ世界。常に1秒進んでいるから、俺たち以外の人間はここには存在していないよ」
「そんな世界に、なんで努が──っ!」
僕に向かって右手を構えてきたから、とっさに身構えた、のだけど。
「ごめんね、巡」
「は? ……っ!?」
努の右手から発せられた、突風のようなものに直撃した僕の身体が、背後の壁に激突したらしい。
鈍い音とともに、背中に痛みが走る。
「……つと、む」
打ち所が悪かったのだろうか。
薄れていく意識の中で、努の言葉を聞いた気がした。
「これも君のためなんだよ、巡」




