24話 そこにいた人物は
なんで、僕たちが道崎家に来ていたのを知っていたのか。
なんで、僕たちの行動が筒抜けだったのか。
なんで──。
「努、お前は一体……」
「俺のことはどうでもいいじゃないか、まずは」
月上君と香里のほうを向いて。
「ありがとね、月上昇、三ノ上香里。君たちのおかげで道崎かなみは助かった」
「え、あ、ああ……」
月上君も香里も、さすがに戸惑っている様子。
当たり前だ。こんな雰囲気の努、見たことがない。
まるで──僕らをおちょくっているような。
「君たちの介入なしでは、道崎かなみは今、二度目の死を経験していたかもしれない。本当に感謝しているよ、ありがとう」
「……ねえ、努」
「ん?」
不気味で、何かを隠しているようで。
耐えきれなかった。だから、直接訊く。
「なんで僕たちの行動が筒抜けだったの?」
「なんででしょう?」
「そういうのはいいから」
まるで、子供の質問に質問で返すような言い方で、はぐらかす努。
怒りは沸かない。その代わり、疑問がどんどん湧いてくる。
「まったく、せっかちなんだから」
そう言って、話し始める。
本当に、いつもの努じゃないみたい。
「順を追って話してあげるよ。まずは──道崎かなみの姉の話から」
「……! まさか『お役目』のこと!?」
「そうだよ、三ノ上香里。道崎かなみの姉が生まれる前に死んだ、というのは正解だ。そこからの話だ」
想像通り、生まれる前に亡くなっていたのか。
「彼女が死んだときに、神様は数年先の未来──道崎かなみが熱中症で死んでしまうことを道崎かなみの姉に教えた。神様は、二つの行く末を彼女に提案した。一つは、彼女自身が新たな命を受け取り、生まれ変わること。もう一つは、生まれ変われない代わりに期限を得て幽霊の姿で数年過ごし、『お役目』を全うすること。お役目の内容については、三ノ上香里は既に理解しているようだね」
「死んでしまったかなみちゃんと、1年間一緒にいてあげる、ってこと……?」
「その通りだ、さすが、一度死んだだけはある」
──新たな疑問が生まれた。
努は、ここまで他人の神経を逆なでするような奴だっただろうか。
違う。絶対に違う。
「お前は本当に、努なの?」
「妙なことを訊くね、巡。どこからどう見ても俺じゃあないか」
「……わかった、一旦信じる」
納得はできてないけれど。
「話を戻そう。道崎かなみの姉は、『お役目』を全うする方を選んだ。まだ面識もない、生まれてすらいない妹のために、生まれ変われるチャンスを手放したんだ。素晴らしい愛だとは思わないかい、巡?」
「……」
「沈黙は肯定と捉えさせてもらうよ。さて、お役目を全うした彼女は、お察しの通り成仏した」
「あの……天国に行けたのかな、かなみちゃんのお姉ちゃんって」
香里が、妙な質問をした。
もしかして、かなみちゃんと話していた時に、何かあったのかな。
「安心してくれ、彼女は天国へと行けたよ。生まれ変われるチャンスを逃して、妹を助けたんだ。その行いを神様はちゃんと評価しているよ」
「そう、よかった……」
……訊いてもいいのか分からないけど、訊かなければいけないだろう質問が、さっきから頭の中に浮かび続けている。
「巡、何か質問があるようだね」
「うん、あるよ」
心を読まれていた? ──まあ、そこは気にせずに。
「さっきから『神様』って言ってるけど……神様と会ったことでもあるの?」
「ああ、会ったことはあるよ。巡も知っているだろう? 裃神社の裏に出没する『あの』神様だよ」
「え、高宮お前、神様と会ったことがあるのか?」
「うん、月上君。ちょっとだけ、だったけどね」
過去に行ったときに──というのは、言わなくていいだろう。ややこしくなるだけだ。
さて、もう一つ質問があるのだけれど、訊いてもいいのだろうか。
「まだ疑問があるようだね。訊いてくれて構わないよ」
「お言葉に甘えて、訊かせてもらうよ。なんで──なんで僕のことだけ、名前呼びなの?」
「……!」
驚いている?
散々心の中を読むような芸当をやっておきながら、こんな簡単な質問で狼狽えている?
──チャンスだ。
努が何を考えてこんな言動をしているのか、教えてもらおう。
「ああ、無意識だったよ。……さすが、巡だね。それじゃ!」
「は!?」
消えた。その場から文字通りに、ぱっ、と消えた。
まるで、最初からその場所に人なんていなかったかのように。
「な、何が起こってるんだ、一体……」
神様のことを知っていて、一瞬で消えることができる。
こんなの──それこそ、神様みたいじゃないか。
「なあ高宮、何がどうなってんだ?」
「……わからない」
「ノボル、私たちは帰ろう?」
「わ、わかった。何かあったらすぐに連絡してくれよ、高宮」
香里が助け舟に入ってくれて、月上君もすぐに引き下がってくれた。
今日はもう、帰ろう。
ひどく疲れた。
今は努と会話したい気分じゃないから、明日にでも電話しよう。
◆◆◆
翌日。
時刻は午前6時。やけに早く起きてしまった。
昨日あんなことがあったから、あまり寝れていない気分。
掛け布団を掛けなおし、もう少しだけ寝ようとしたところで、スマホの着信音が鳴った。
「っ! ……え?」
驚きは、その名字から。
疑問は、それに続く名前から。
『弥勒沢瞳』から、電話が来た。
嫌な予感がするけれど、出ることにする。
「もしもし」
「あ、もしもし、巡?」
「う、うん、どうかしたの?」
電話先の瞳の声、妙に震えている。
「そ、その……努がいなくて」
「努が?」
……うーん。
「朝の散歩にでも行ったんじゃないの?」
そんな習慣が努にあるのか、知らないけど。
疲れていたから、適当にあしらおうかと思って言ったのだけど、どうやらそういう次元のはなしではないみたいで。
「私と努って、魂を入れ替えることができるじゃない? だから、お互いの魂の場所もわかるはず、なんだけど……」
「……え、まさか」
「うん、努の魂を、どこにも感じないの」
──厄介なことになってきた。




