23話 生き返った私だから
巡がキッチンの扉を閉めたのを確認して、私は話し始める。
「かなみちゃん、これから私は変なことを訊くけど、自分に正直に答えてくれる?」
「……? うん!」
変な言い回しだったけど、かなみちゃんはそこには触れずにいてくれた。
──どう伝えるかは、もう決めてある。
「かなみちゃんのお姉ちゃんは、優しかった?」
「うん、すっごくやさしかった! かなみといっぱいおしゃべりしてくれて、ゆうれいのときもかなみのそばにいてくれたから」
「よかったね。かなみちゃん、またお姉ちゃんに会えると思う?」
残酷なことだけど、訊かなければ。
「え? ……うん、それは──」
「かなみちゃん、さっき『嘘』をついてたね」
「……っ」
この反応、当たりね。
「かなみちゃんは、お姉ちゃんを迎えに行ってはいない」
「……」
沈黙。肯定と捉えて、続きを話す。
「かなみちゃん、ひとつだけ教えておくね」
「……?」
一度死んだ私だから。
生き返った私だから、言えることがある。
「たとえもう一回死んでも、お姉ちゃんには会えないと思うよ」
命は尊いものなのだ。
私たちが生き返れたのは、ただの奇跡。
奇跡は、そう何度も起きないのだ。
◆
泣き出すかと思った。
こっちの言うことを聞かなくなるまで泣いて、疲れて寝ちゃうような子供かとも思っていた。
──けれど、そうではなかったようで。
「……なんで、しのうとしてるってわかったの?」
拗ねるような声色で、予想通りの反応。
心を読んだわけでも、何かを調べて知っていたわけでもない。
「かなみちゃんのお話を聞いたから、わかったんだよ」
あやすように、諭すように、優しい声で伝える。
「小学校に行くようになってから会えていなかったお姉ちゃんに、死んだら会えた。それなら、もう一度死ねば会えるかも、って思ってるのかなー、って」
生きているうちには会えず、死んだら会えた『人』。
それを生きている人と捉えるか、死んでいる人と捉えるか。
かなみちゃんは子供だけど、小学1年生が『幽霊』を理解していないわけがない。
保育園の時に会えていたのは──理由はわからないけど、きっと裃神社関連だろう。だから、そこは深く考えないようにしておく。超常現象を理解しようとしても無意味だ。
話を戻そう。
ここからは私のただの憶測になるのだけど。
かなみちゃんのお姉ちゃんは、おそらく『生まれる前に死んでしまった』のだろう。
しかし、裃神社で何かを願い、生き永らえた。……この表現が正しいかは別として、どちらにせよ、願いは叶った。
しかし、生き返ったわけではない。
私自身が身をもって体験したことだからわかるけど、裃神社の神様は、時に非情だ。
生まれる前に死んでしまっていたとしたら、私と同じような『三文銭』を持っているか怪しい。
持っていたとしても、願いの全ては叶わない。
私の場合は『言葉』を失い、生き返った。
かなみちゃんのお姉ちゃんは──『期限』を得て、生き永らえた。
それなら、かなみちゃんがさっき言っていたことの意味が分かる。
『私のお役目も終わり』。
きっと、かなみちゃんのお姉ちゃんは、もう──。
「かなみ、もうおねえちゃんに会えないの?」
「うん、そうだと思う」
「……かなみ、おねえちゃんに会いたい」
「うん、そうだね」
「かなみ、は」
つー、と。
かなみちゃんの頬を、涙が伝った。
「かなみは、まだおねえちゃんとおはなししたかった」
「うん」
「かなみ、もっとおねえちゃんといっしょにあそびたかった」
「うん」
濁流のように、涙が溢れだしていた。
「かなみ、まだおねえちゃんにおれい、いえてない……!」
本当に、お姉ちゃんのことが大好きだったのだろう。
ならば、こう伝えるのが正しいだろうか。
「ねえ、かなみちゃん。……生きてみようか」
「……え?」
「精一杯生きて、いーっぱい遊んで、ものすっごく色んなことを経験して、それで──最後まで生きて、さ」
二度目の人生をもらえたのだ。
だから、一度目よりも大切に。
「天国で、お姉ちゃんといーっぱい話そうか」
「……うん」
「そうすれば、今よりももっと、お話ししたいこと、増えるんじゃないかな?」
「……うん!」
相も変わらず、大粒の涙を流しながら。
それでも、頑張って笑顔を作って、応えてくれた。
「よし、それじゃ、かなみちゃんのおうちに帰ろうか」
「う、うん」
「……大丈夫だよ」
怒られるのが心配なのだろうか。
でも、きっと大丈夫。ぎゅっ、とかなみちゃんをだきしめる。
「ノボルや巡もいるし、何より──私がついてるから、安心して」
「……うん!」
──うん、なんとか説得できた。
かなみちゃんがいい子で、本当によかった。
◆◆◆
香里に呼ばれて、リビングへ。
そこには、ランドセルを背負った、目の下が赤いかなみちゃんが立っていた。
僕も月上君も、何も訊かなかった。──かなみちゃんが、笑顔だったから。
◆
月上家からかなみちゃんの家に着くまで、かなみちゃんはずっと香里と手をつないでいた。
どこか、通じるものがあったのだろう。
◆◆◆
かなみちゃんの家に着き、インターホンを押そうとした香里を制し、かなみちゃんがドアを開ける。
自信がないのか、それとも恥ずかしいのか──『ただいま』と小声で言って、数秒後。道崎家の奥から、かなみちゃんのお母さんとお父さんが出てきた。
「え、えっと」
──1年参りは、昨日で終わっている。
だから、怒られると思っていたのだろう。『ごめんなさ──』と謝罪をしかけていたが。
「……ふぇ!?」
かなみちゃんのお母さんが、かなみちゃんを抱きしめていた。
「おかえり、おかえり、かなみ!」
「……っ! ただいま、おかあさん!」
かなみちゃんのお母さんは、堰を切ったように泣き出していた。
それにつられてかなみちゃんも、泣いていた。
かなみちゃんのお父さんは、その二人を包み込むように、ぎゅっと抱きしめた。
──嗚呼、よかった。
一件落着だ。
◆◆◆
ひたすら泣いた後、かなみちゃんは眠ってしまった。
やはり疲れていたのだろう。当たり前か、知らない高校生3人と半日は一緒にいたのだから。
後日月上君の家にお礼をしに来るらしいので、僕と香里もその日にまた月上家へ行くことになった。
そんな約束をして、道崎家を出た僕たちを待っていたのは。
「やあ、巡」
「……努」
僕らのことを(結果的に、とはいえ)散々振り回していた、努だった。




