21話 道崎かなみの目的地
かなみちゃんは月上君と香里に任せて、僕は一度家に帰った。
で、道崎家のことについて、お母さんに訊いたら──ビンゴ。思っていた以上に有益な情報を手に入れることができた。
──最も重要な情報は、手に入らなかったのだけど。
◆◆◆
午後3時、再び月上家にて。
「ねえ、かなみちゃん」
「なあに、めぐるおねえちゃん」
リビングのソファにちょこんと座っているかなみちゃんの横に座り、なるべく優しく本題を切り出す。
「なんでおうちに帰りたくないか、教えてくれる?」
「え、……えっと」
言いたくなさそう、というより困ったように、俯くかなみちゃん。
『なぜ帰りたくないのか』ということに関しては、なんの情報も得られなかったのだ。
ならば、直接訊くしかない。強引な気もするが、少しは焦るべきなのだから。
「高宮、他人の家の事情に口出しするのは──」
「ううん、違うんだ、月上君」
そういうことを聞き出そうとしているのでは、ないのだ。
◆◆
かなみちゃんの家──道崎家についてお母さんに訊いたら、意外な答えが返ってきた。
『道崎家は、非常に仲が良かった』という、予想外の事実。
てっきり、『両親が喧嘩がちだから』みたいな理由で帰りたがっていないのだと思っていたのだから。
僕のお母さんはかなみちゃんのお母さんと知り合いだったらしく、家に行ったこともあるのだとか。だから、『道崎家は仲が良い』というのは本当だろう。
1年前の夏に、かなみちゃんが熱中症で命を落としたというのも教えてもらった。
事件ではなく、事故。かなみちゃんが一人でおでかけして、その道中で倒れてしまったのだとか。
しかしその後、夫婦仲が悪くなったかといえば、そういうわけでもないらしい。
1年参りを夫婦で行うくらいなのだから、当たり前といえば当たり前だが。
ここで、僕に新たな疑問が生じた。
◆◆
「ずっと不思議だったんだ」
「何が……」
最初に月上家の前にいるのを見つけてから、うっすらと頭の片隅に引っかかっていたこと。
「なんでかなみちゃんは、ランドセルを背負っていたのか」
「それは……かなみちゃんが亡くなった時に、背負ってたからじゃねぇの? それで、かなみちゃんの両親がランドセルを捨てちゃってたから、ランドセルも一緒に復活──みたいな」
「僕も最初はそう思ってたんだ、月上君。でもよく考えて。『1年参りで生き返らせようとしているのに』、ランドセルを捨ててしまうはずがない」
「まあ、確かに」
非科学的かつ不謹慎な話だけど、裃地区では不慮の事故などで人が亡くなった時、大抵の場合は1年参りで生き返らせるのが当たり前となっている。
かなみちゃんくらい小さい子供が亡くなった時なら、なおさら生き返らせようとするだろう。
「生き返るのに、小学校で6年間使う予定のランドセルを、捨てるわけがない。ねえ、かなみちゃん」
「……っ」
さっき問いかけた時より、もっと真剣に。
「今から言うことが、間違ってたら違うって言って。合ってたら、合ってるって言ってね」
「……」
まだ、俯いたまま。
でも、続けよう。
「かなみちゃんは、生き返った後、一回家に帰ってるね?」
◆
しばしの静寂。
たっぷり1分ほど経ったころ、かなみちゃんが口を開いた。
「……合ってる」
「そっか、やっぱりね」
すっ、と納得がいった。
僕の後ろで驚いた声を出している二人は一旦無視して、話を続ける。
「なんでわかったの? めぐるおねえちゃん」
「月上君がかなみちゃんを見つけた場所が、ヒントになったからわかったんだよ」
月上君がかなみちゃんを見かけたのは、月上君の家のすぐ近くだったらしい。
それでわかったのだけど──順を追って整理していこう。
かなみちゃんは自分で『神社で目が覚めた』と言っていた。
それならば、自分の家にまっすぐ帰ればいいはず。裃神社から続く階段を下りたあたりから小学校まではそう遠くない。
道に迷ったとしても、誰かに訊けばいいだけの話。
でも、かなみちゃんは誰に頼ることなく、まっすぐ家に帰ったのだ。
「おうちの鍵も持ってるのかな」
「うん」
「なるほどね」
両親がいないのを見計らって、家に入り、ランドセルだけ背負って出てきたのだろう。
で、裃神社の入り口を通り過ぎ、月上君の家の近くまで歩いてきた。
「ねえ、月上君」
「ん、ああ、なんだ高宮」
「この近くに、お寺ってあるじゃん?」
「へ? ……ああ、あるな」
僕も毎年お墓参りに行っている、お寺。
「かなみちゃん、お寺に行こうとしてたのかな」
「……うん」
やっぱり、か。
「どうして一人で行こうと思ったの?」
「もういっかい会いたかったの」
「『会いたかった』?」
かなみちゃんの家族が亡くなった、という話は僕のお母さんからは聞いていない。
ならばいったい、誰に。
「誰に会いたかったの?」
「……おねえちゃん」
「え?」
僕か香里のことを言ったのかと思った。
でも、そういう言い方ではなかった。
「おねえちゃんって……」
「かなみの、おねえちゃん」
呆気にとられた。
だって、仕方ないじゃないか。
かなみちゃんは、一人っ子のはずなのだから。




