20話 月上昇と一人の少女
十数分歩き、月上君の家の近くまで来た。
で、見つけた。
「あれ、だよね」
「多分……」
確かに、月上君の家の前で、月上君が一人のツインテールの女の子と話している。
うん、女の子には違いないんだけど……どう見ても小学生。ランドセル背負ってるし。
「あの女の子って、月上君の親戚とか?」
電柱の陰に隠れつつ、同じく隠れている香里に訊く。
「多分違う。ノボルの親戚って、年上しかいないらしいし」
「なるほど……」
となると、あの女の子は何者だろうか。
少なくとも、当初の懸念は間違いだろう。あの女の子が『もし仮に』『何かの間違いで』月上君の彼女──浮気相手だとしたら、自分の家に連れてくるなんてリスキーな真似はしないはず。だって親がいるのだから。
「直接訊いてみるね」
「うん、そうしよう」
香里と一緒に、僕も物陰から出て、月上君の元へ歩いていく。
◆
「おれっちは香里一筋だ、安心しろって」
「うん、……えへへ」
──僕や件の女の子がいるのに、もうラブラブモード。
仲がいいのはいいことだ。
結局、修羅場めいたことは起きず(起こるはずもなく)、月上君の話で誤解はすぐに解けた。
とはいえ、話の中でいくつか気になった点があるから、訊いておく。
「この子──かなみちゃんを助けたのって、昨日だって言ってたけど……」
◆
その女の子の名前は、道崎かなみというらしい。
道崎、という苗字はうっすらと聞き覚えがあった。1年くらい前だろうか、僕の両親が話していたような気がする。
月上君の話では、かなみちゃんが道をふらふらしながら歩いていたから、心配して話しかけたのだとか。
で、なぜかかなみちゃんは家に帰りたがらず、仕方なく月上家へ連れていったらしい。
警察にも連絡してほしくないらしいのだけど、家出ではないとかなみちゃんは言っていた。
じゃあ、なぜこんなに小さな子が一人で家からいなくなっているのに、親は気にしていないのだろうか。
そう訊くと、とても答えづらそうに俯いてしまった。
「おれっち、よくわからないけどさ」
しばらくの沈黙の後、月上君がしゃがんでかなみちゃんと目線を合わし、口を開いた。
「おれっちの両親も心配してるし、何があったのか教えてほしいな」
──香里や僕と話す時の元気な声とは違う、とても優しい声で。
んー、と少し考えた後、かなみちゃんは僕たちを順番に見て、最後に月上君に質問をした。
「おうちとけいさつにれんらくしない?」
「へ? ……もちろん、かなみちゃんが連絡してほしくなるまでは、しないよ」
月上君、うまく言ったものだなぁ、と感心した。
『絶対にしない』というよりも、信頼できる言葉だと思う。
「えっとね、かなみは──」
少しだけ言い淀み、悲しそうな表情をしてから顔を伏せた。
しかしもう一度顔を上げて、かなみちゃんは答える。
「いっかい死んだの」
◆
「え、っと」
さすがの月上君も、なんと言ったらいいのか迷っている様子。
僕も同じ。だって、小学生の女の子が、自分は死んだことがある、なんて言っているのだ。そりゃあ混乱するに決まってる。
僕たちは、言葉に詰まってしまった。
一人を除いて。
「ねえ、かなみちゃん」
「なあに、おねえちゃん」
月上君と同様に、しゃがんで目線を合わせて。
「私、三ノ上香里っていうの。かおりって呼んでくれていいよ」
「うん、かおりおねえちゃん」
そういえば自己紹介をやっていなかったな、なんてのんきな考えが一瞬よぎったけど、それどころではないのでは。
そう口にしようとしたのだけど、香里が『私に任せて』と小声で伝えてきたから、香里に任せることにする。
「私も死んだことがあるんだけどさ」
「えっ、かおりおねえちゃんも?」
なるほど、とようやく気付く。
香里、同じ視点から話そうとしているのだ。
「幽霊の時って、どんな感じだった?」
「えっとね、ふわふわ浮いてた! おそらはとべなかったけど、ふわー、って」
「そうね、私もそんな感じだったわ」
察するに、かなみちゃんが『一回死んだ』のは本当のことらしい。
でもここにいる。生き返ったということだ。
となると、ある場所が頭に浮かんでくる。
「かなみちゃんは、1年参りをしたの?」
「ううん、おかあさんとおとうさんがしてたんだって」
「そうなんだ。優しいんだね、かなみちゃんのお母さんとお父さんって」
「うん! やさしいよ!」
元気いっぱいに答える。
──が、少し違和感があった。
『してたんだって』という言い方。まるで、誰かから教えてもらったかのようで。
香里も同じことを思ったらしく、質問が続いた。
「かなみちゃんのお母さんたちが1年参りをしてたってこと、誰かから聞いたの?」
「うん、えっとね……じんじゃで目がさめたときに、そこにいた人からおしえてもらったの!」
「なるほどね。……うん、わかったわ。教えてくれてありがとね」
「うん!」
誰から教わったのかはわからなさそうだったからか、香里はそこで訊くのをやめた。
「ノボル、巡、二人は何か訊きたいことってある?」
「いや、おれっちはないよ」
「僕は──うん、僕もないよ」
自然を装い、答える。
本当はあった。でも、それを訊いていいものか、わからなかったのだ。
『なぜ家に帰りたくないのか』。
帰ったら問題があるのか、それとも別の理由からか。
家庭の問題をずけずけと訊けるほどの心は持ち合わせていない。
これは、僕だけで調べる必要がありそうだ。




