19話 三ノ上香里からの相談
7月下旬、土曜日。の、午前10時。
「なつやすみ、だー」
特にやりたいことはない、けれどなぜか嬉しい。
今日から始まる夏休み。
「なつやすみ、だー」
自室のベッドに寝転んで、天井をぼんやり眺めながら、何度か呟く。
することがない。──課題はあるからすることがない、というのは嘘になる。
正確には、『やりたいこと』がない。
「うーん……」
旅行に行く──とかは面倒だしなぁ。遠出はない。
じゃあ近場なら? ……これまた面倒。
なぜか。
「……あつい」
僕の行動と思考を邪魔するのは、全てこの気温のせいだ。
……いやまあ、エアコンはつけているから、外気温ほど室温が高いわけではない。
だけど、女子になった影響だろうか。今まで通りにエアコンをつけていると、どうも身体が冷えてしまって仕方がないのだ。
「ん?」
僕の部屋のドアをノックする音。
勢いをつけて起き上がり、ベッドから出て立ち上がり、ドアを開ける。
そこにいたのは、お母さん。
「お友達が来てるわよ、巡」
「友達?」
ベッドの上に置いてあるスマホを見たけど、特に着信履歴やメールは入っていない。
「なんて人?」
「三ノ上香里さん」
「ああ、香里が……」
……なんで、僕の家に?
不思議がっている僕を見て、お母さんは何やら勘違いしたようで。
「都合があるって言って、帰ってもらう?」
「ううん、大丈夫だよ。今行くから」
「わかったわ」
ドアが閉められて、再び自室に一人。
もう一度スマホで確認したけど、香里から連絡は来ていない。
何か急な用事でもあるのかな。
◆
玄関で少し話し、何やら相談があるとのことなので家に上がってもらう。
台所にいたお母さんに事情を話して、許可が下りたので2階の自室に連れていく。
ベッドに座らせるのも変かな、と思い、床にクッションを置いて座ってもらう。
ついでに、壁に立てかけておいたミニテーブルも足を組み立て、クッションの前に置く。
「今飲み物持ってくるから」
「あ、おかまいなく、です」
「はーい」
再び1階の台所に行き、コップを2つ出し、麦茶を入れてお盆に乗せて、自室に戻る。
これだけでちょっと汗かいた。やっぱり暑いなぁ、今日。
「お待たせ、香里」
「あ、わざわざありがとね」
ミニテーブルにコップを二つ置く。
一つを差し出すと、香里は小さく「いただきます」と言って、こくっ、と麦茶を一口飲んだ。
「いきなり来ちゃってごめんね、巡。予定とか、大丈夫だった?」
「うん、なんの予定もないから安心して。……で、どうかしたの?」
今日の香里、いつもより元気がない。
察するに、月上君に会えないから──なんて単純な理由ではない、だろう。
学校が休みの日に、会ってないことだって今までに何回もあっただろうし。
「あの、えっとね」
「うん」
意を決したかのように、ぐっ、と拳を握りしめて、僕の目を見て話し始める。
「ノボルのことなんだけど──」
あれ、やっぱり『会えてないからさみしい』なんて惚気話を聞かされるのかな。
そう危惧したのも束の間。続く言葉で、ちょっとした事件なのだと知ることとなった。
「浮気、してるかもしれないの」
◆◆◆
「浮気、ですか」
「だと思います」
思わず、お互い敬語になる。
「でも一体、なんでそんな考えに」
「ノボルが女の子と歩いていた、って教えてもらったの」
「はぁ」
少しばかり、違和感を覚えた。
人づてに聞いただけなのに、なぜ自分の彼氏を疑うまでに至ったのか。
──『教えてもらった』という言い回しが、ヒントだろうか。
もしかして。
「瞳から聞いた、とか?」
情報通に近い知識量を持つ瞳であれば、そんな情報も仕入れることができたりするかも。
そう思い、訊いたのだけど。
「あ、惜しい! 努君から聞いたの」
「努から……?」
同じ弥勒沢でも、弟の方だった。
でも妙だな、努は確かに香里と面識はあるけど、そこまで仲良くはなかったと思うのだけど。
……一応、訊いてみよう。
「なんで努が?」
「わからない。偶然見かけた──って言ってたから、善意からじゃないかな」
「なるほど」
おそらく違う。
努はそんな──『不確かな情報を流す』なんて真似はしない。
でも、今ここでそれを言っても仕方がない。どうしたものか、と考えていると。
「……ん?」
ベッドの上に置いていた、僕のスマホが振動し始めた。
立ち上がり、スマホを手に取る。誰からだろう……って、え?
「どうかしたの、巡?」
「……あ、いや、なんでもない」
動揺して、思わず眉をひそめてしまったのを、香里の言葉で気づく。
気にするな、ただの偶然だ。そう思い、電話に出る。
「……もしもし」
『ああ、やっとつながった。急にごめんね、三ノ上さんの電話番号、知らなくて』
……まるで、僕と香里が一緒にいることを知っているかのようで。
冷静に、冷静に。そう心に念じて、言葉を繋げる。
「何の用かな、──努」
『三ノ上さんに話したのは、本当のことだよ。月上が女の子と歩いていたってのは、僕がこの目で見た、間違いないことだ。調べに行ってみたら? それじゃ、またあとでね』
「え、ちょっと! ……切られた」
なんて言うか──言いたいことだけ言って電話を切られた感じがする。
──努、僕と香里が話していたことの内容まで知っていたみたいだけど、いったいなんで。
「……ねえ、香里」
「う、うん」
いったい、何が起きているんだ。
何か大きなものが動いている気がするけど。
「調べに、行ってみよっか」
ひとまず、月上君と件の女の子とやらについて、調べに行ってみよう。




