2話 変化後、初登校
1年参りを達成できる人は、はっきり言ってかなり少ない。
雨でも雪でも台風でも続けなくてはいけない、という点では相当難しいだろう。
だからこそ、祈りが届き、願いを叶えてもらった人のことは、すぐに広まるわけで。
「巡定ちゃん、聞いたわよ! 頑張ったんだってねぇ」
「あはは……あ、僕は巡と名乗ることにしまして」
「分かったわ、知り合いにも伝えておくわね!」
別に閉ざされた社会ではないけれど、なにせ町単位の話。やっぱり広まっていた。
「巡、人気者じゃない」
「あはは……」
乾いた笑いしか出ない。
自宅を出てから5分ほどで、実留の家に着く。
そこまではよかった。そこから──つまり実留の家を出発してから、まだ10分ほど。
なのに、既に3人ものおばちゃんに話しかけられた。
「あら、高宮さん家の?」
「そうなんですよ、こいつがあの巡定で……」
「まぁ、そうなのね」
4人目に突入。
さすがに疲れた。学校まであと5分くらいなのに……。
そんな風に思っているのを見抜いたのか、おばちゃんとは実留が話をしてくれた。
ほんとに、後で何かお礼をしなくては。
◆
学校に着いて、まず職員室へ。
今朝お母さんが連絡してくれたから、割とすんなり──生徒手帳を見せたくらいで本人確認は取れた。
先生たちも、この地域の噂を知っているのだ。
ただ数人、他の地域から転勤してきた先生たちはポカンとしていた。
あくまで噂だから、伝えていないのだろう。
町役場への手続きも先生たちがやってくれるとのことだったので、安心してクラスへ入る。
──途端、変な目で見られた。「転校生……?」と呟くクラスメイトも。
「さ、自己紹介しちゃいなさい」
「えっ、この場で?」
「もっと後にするつもり?」
いえ、この場で行いますとも。……説明は早い方がいい。
簡単に、なるべく簡潔に。
「高宮巡定改め、高宮巡です。今まで通りよろしく──」
──で、言い終わったのではない。
人が、クラスメイトの波が押し寄せてきたのだ。
(ああ、またか……)
クラスメイトの質問をよそに、天を仰ぐ。
……白い天井が見えただけだったので、クラスメイトに向き直り、一つ一つ質問に答えていく。
◆
「おっ、君、もしかして……」
クラスメイトの質問攻めが終わり、午前中の授業と昼食を終えて、昼休み。
図書室にでも行こうかと思っていたら、後ろから声をかけられた。
聞きなじみのある声。この声は──
「瞳」
軽いウェーブがかかった黒髪ロングの、弥勒沢瞳だった。
「やっほ、巡定……じゃなかった、巡、だったっけ」
「うん、そう名乗ることにしたよ。……もう別のクラスにまで広まっているんだね」
「そうみたいよ。少なくとも私のところまでは、ね」
一体誰が伝えたのだろう──なんて考える必要はないだろう。情報は、友達から友達へと伝わっていく。
情報屋のような面白い存在は、残念ながらこの高校にはいない。
ところで。
「努は?」
「まだクラスにいるんじゃないかしら」
……そっか、瞳と努は『同じクラスにはならない』んだった。
特に、この裃高校のような、複数のクラスがある学校では。
簡単な話なのだけど、彼ら姉弟は『双子』なのだ。
少し待っていると、努もやってきた。
「ごめん瞳、ホームルームが長引いた」
「そっちの担任、話長いんだっけ」
「ああ。ところで、巡定……か?」
恐る恐る訊いてくる。……ちょっといたずらしたくなった。
「いえ、私は巡です」
「なるほど、巡定が巡と名乗るようになったって話、本当だったみたいだな」
やっぱり努のクラスにまで広まっていた。どうしよ、僕って有名人になっちゃったの?
というか、知ってたんじゃないか、僕が僕だってこと。
「その制服は?」
「実留から借りた」
「ああ……実留から、ねぇ」
複雑な表情で話す瞳。
……一応、言っておく。
「実留が僕のことを好きだったって話なら、実留自身から聞いたから知ってるよ」
「なんだ、それならいいんだけど。……え、まって、実留から言ってきたってこと? あの奥手な実留が?」
散々な言われようだな、実留。
「今朝言われたんだよ。告白とかじゃなくて、そうだった、って事実をね」
「なるほどねぇ。……難儀なものだね、実留も」
努の言葉に『ホントだよね』と言おうとして、違和感を覚えた。
実留『も』と言っていた。つまり──
「僕は難儀だとかは思ってないけど」
「ああいや、そういう意味で言ったんじゃないさ。巡定……じゃなかった、巡は望んでその身体になったんだから、巡の心配はそれほどしていないさ」
それほど、というところに努の優しさを感じた。
……じゃあ、どういう意味で言ったのだろう、さっきの『も』は。
「最近──およそ1か月前に1年参りを終えた人がいるんだ。この学校の女子生徒なんだけど……」
「前に言ってた子?」
「うん、瞳には言ってたね。そう、あの子」
この双子同士の会話は、主語が『アレ』とか『あの子』とか、あこそど言葉になりがちだ。
……当たり前だけど、どの女子生徒のことか分からない。
「その女子生徒の名前は三ノ上香里と言って、まあ平たく言えば俺のクラスメイトだ。友達ってほど親しくはなかったから、ちゃんと三ノ上さんの現状を知ったのはつい最近のことだ」
「その子が何か悩んでるの?」
裃神社への1年参りを終え、大願を叶えたというのに、一体何を悩んでいるというのだろう。
1年参りで大願が叶ったからって、もう二度と別の大願を叶えることができなくなるわけではない。また1年参りをすれば、その悩みも解決するかもしれないのに。
「悩んでいるのはその子自身じゃないのよ」
「瞳、どういうこと?」
「なあ巡、首を突っ込む覚悟はあるのかい? この件に、関わろうとする意志があるのかい?」
しつこいくらい──努にしては珍しく、重ねて確認してきた。
だけど、答えは決まっている。
「あるよ、覚悟もしてる。1年参りに関する悩みなら、もしかしたら力になれるかもしれない」
尤も、僕が力になれるのなら、目の前の彼ら──弥勒沢姉弟も力になれるだろうけど。
彼らもまた、『1年参りをし終えた人たち』なのだから。
「うん、いいだろう」
「上から目線ね、努」
「機密事項みたいなものじゃないか。……うん、まずは重要なことを一つ、伝えておこう」
……重要なこと?
『悩み』に関することだろうか。
「三ノ上香里に関することさ。彼女は一度──死んでいる」
──え?