18話 帰還
「……ここは」
ぼーっとした頭で、考える。
確か僕は、神様と会って、眠ってしまって──。
「って、あっつ!」
じりじりと照らしつける太陽の熱に負け、飛び起きる。
幸い、コンクリートの道路ではなく整備されていない土の道だったから、やけどはしていない。
そうだ、実留は?
「あれ、あたし……」
「ああ、よかった」
僕の隣で眠っていたらしく、起き上がりあたりを見回していた。
「おはよう、それとお疲れ、実留」
「おはよ……ってあれ、ここって」
実留も状況を理解したらしい。
「うん、僕たち──」
帰ってこれたみたいだ。
◆◆◆
スマホで日時を確認して、確かに今日が『今日』であることを確認してから、僕と実留は一度家に帰った。
今日も学校はあるけど、さすがに疲れた。1時間ほど仮眠をとることにする。
◆◆◆
朝礼前、隣のクラスをのぞいてみたら、仲良さそうに話している小林さんと九十九君がいた。
あの二人を助けたせいで別の事件が起きてしまった──みたいな、タイムパラドックスめいたことは起こっていないみたいだし、一安心。
こちらに気づいた小林さんと九十九君と軽く話して、僕はクラスに戻った。
◆◆◆
学校で午前の授業を終え、正午過ぎの昼休み。
「巡、ちょっと来て」
──と廊下で声をかけてきたのは、何やら考え込んだ様子の実留。
どうかしたのだろうか。言われるがまま、実留の後をついていく。
◆
学校の中庭の奥のほうで、くるっと振り返った実留は、やはり何かを考えている表情をしていた。
僕から話すのも何か違うかな、と思い、十数秒待っていると、意を決したように実留が口を開いた。
「実はあたし、神様と会ってたの」
「へ? ……そりゃあ、僕と一緒に会ったんだから──」
その通りなのでは。
そう言おうとしたけど、それを遮って実留は話を続ける。
「ううん、一緒に会った時のことじゃなくて。今朝、巡を探しに行ったとき、巡を見つける前にあたしの前に現れたのよ」
「……え」
それは──。
「いったいなんで」
「なんでかはわからないわ。先にあの二人の痕跡を探してた巡の前じゃなくて、あたしの前に現れた理由……神様だから、気まぐれだったのかも」
「気まぐれ、かぁ」
つかみどころのない神様だったし、本当に気まぐれだったのかも。
……ん?
「でも、なんで僕にその話をしてくれたの?」
「それは──なんていうか、違和感があったの。あたしが会って、巡の場所を教えてくれた神様と、あたしたちが一緒に会った神様、同じ姿だったんだけど、うーん……」
「明確な理由はないけど、違う存在だと思う、って感じ?」
「そんな感じ」
なるほど。……よくわからないけど、これ以上深掘りはしなくていいかな。
でも、違う存在、か。頭の片隅に留めておいてもいいかも。
「ありがと、教えてくれて。」
「ううん、一応伝えておきたかっただけだから。それじゃ、教室に戻ろっか、巡」
「うん」
実留の中のモヤモヤが、少しは無くなったならいいんだけれど。
そう思いつつ、僕らは校舎へと戻った。
◆◆◆
「──おや、もう学校は終わったのかな?」
「ええ、終わりましたよ」
目の前の存在は、今日も神社裏に座っていた。
暑いからと差し入れた、水筒に入った麦茶を、こく、と一口飲んでくれたのを確認し、こちらから口を開く。
「それより、カバンについて、本当のことを言わなくてよかったんですか? ──『神様』」
目の前に確かに存在する、巡定の姿の神様に、軽く問いかける。
あの件は、俺のミスのようなものだ。あの時間にあの二人──小林光里と九十九樹の神隠しの現場のそばに、気になって立ち寄ってしまった故に、起きてしまった問題なのだ。
「気にするほどのことじゃない。それに、その件に関しては既に、君自身の働きによって清算されているからね」
「あの程度のことでよかったんですか? ──実留に対し、巡のいる場所を知らせるだけで」
やけに簡単な任務だなぁ、とは思っていたのだけど。
「早起きしてくれたのもあるし、帳消しさ」
「なら、よかったです」
◆
小林光里と九十九樹が、カバンを投げ出していた理由。
酷く単純なことなのだが、『彼らが俺の姿を見つけてしまった』せいなのだ。
神隠しというものに興味があり、どのように起こるのか気になった俺は、昨日の朝、田園地帯を見て回っていた。
しかし、実際には神隠しは起こらず、起こったのは神様による『殺人』。むごいことをするなぁ、なんて軽く考えていたら、あの二人に見つかってしまい、助けを呼ぶ目的でカバンを投げてきた、といった感じなのだ。
──それにしても。
「俺を見つけた、という記憶を消せるなんて、さすが神様、ですね」
「でしょ? いろんな力をもらえるからね、神様になると」
「早く神様になりたいですよ」
冗談めかしてそう言うと、神様は少し不機嫌そうな顔をした。
褒めたつもりなんだけどなぁ、と考えてみる。この考えも読み取られているだろうし、本心からの言葉なんだ、と伝えたつもりなのだけど。
どうやら、伝わったうえで、それでも神様にはしてくれないらしい。
「君には君の生き方があるんだから、それを全うすべきだと思うんだけどね。……『努』」
「わかってますよ、神様」
いつまでこの関係が続くかわからないけど。
「それじゃ、瞳に怪しまれないうちに、帰りますね」
「ああ、それじゃ、またね」
『その時』が来るまでは、こうして度々、神様に会いにくることにしよう。