17話 神様らしき存在
隠れていた僕を、まだ男の僕が見つける。
そんな記憶、僕は持っていない。『僕がこの姿の僕を見つけた』──そんな記憶は、持っていない。
ひょっとしなくても、この状況、マズいのでは?
「大丈夫よ、巡」
「で、でも、実留」
やけに冷静な実留に手を握られたが、それでも不安は尽きない。
これで未来に戻ったら、何か大変なことが起きていそうで。
例えば──僕がまた男に戻っていたりしたら。
「巡!」
「……っ!」
隣に座っていた実留に、抱きしめられた。
「大丈夫よ、巡。──心配することなんて、ないんだから」
「……ありがと、実留」
ぎゅってしてもらって、少し落ち着いた。
……なぜだろう、目の前の『元・僕』、とても優しい目で僕らを見つめている。
「そろそろいいかな?」
「よくないわ。誰だか知らないけど、帰って」
「み、実留?」
なぜだろう、男の僕に対して冷たすぎる気が。
「一応、『僕』だからさ、実留。少し冷静になって──」
「冷静よ、これまでの人生で一番落ち着いてるくらいには。あんたこそ落ち着きなさい」
……これでもだいぶ落ち着いたほうなのだけど。
「今起きているおかしなことに、目を向けてみなさい」
「おかしなこと……?」
──そうは言われても。
「何もおかしなことなんて……」
「この時間軸にいるのは、巡? それとも巡定?」
「へ? それは……」
僕と、もう一人の僕である目の前の──。
「ああ、なるほど」
そういうことか。なるほど、確かに『おかしなこと』が起きている。
僕や隣にいる実留からすると、今この瞬間は、昨日の今日ならぬ『明日の昨日』なのだ。
だから。
「あなたは──誰なんですか?」
この時間軸に、『男の僕』が存在するはず、ないのだ。
◆
「ようやく落ち着いたようだね、高宮巡」
「え、う、うん……」
落ち着けたのはいいのだけど、今度は大きな疑問が出てきてしまった。
目の前の人物が何者か。少し昔の僕の姿をした、僕ではない何者か。
「こうすればわかりやすいかな?」
「っ!」
目の前の人物はジャンプすると、ふわっ、とその場に留まった。
要するに、宙に浮いている。
「この場所で、こんな力を持っていて、君に化けることもできる。さあ、いったい誰でしょう?」
「実留、これって……」
「ええ、そうね。──神様、ってところかしら?」
『神様』──裃神社の、神様。
「正解! 今日は君たちに、伝えておきたいことがあったから姿を出したんだよ。それはね……」
「ちょ、ちょっと待ってよ! なんで神様があたしたちの前に姿を──」
「聞 い て な か っ た の か な」
「っ!」
立ち上がった実留の身体が、びくっ、とこわばる。
「そう怯えなくていいんだ、端境実留。『伝えたいことがある』──それだけだ」
「……わかったわ」
まだ納得しきれていなさそうだけど、引き下がった。
「それで、神様。僕たちに伝えたいことって」
「ああ、そうそう。あの二人に関する真相を、伝えておかなければいかないと思ってね」
「あの二人──って」
ひょっとして。
「そう! 小林光里と、九十九樹に関することだよ。……まず最初に、君たちには謝らないといけないね。ごめんね、彼らの問題に巻き込んでしまって」
小林さん、九十九君ときて、今度は神様にまで謝られた。
ひょっとしなくても、とんでもない体験をしているのでは。
「謝っていただかなくても大丈夫です。結果的に、小林さんと九十九君が安心して付き合えるようになったんですから」
「それはその通り、だね。君たちの行動と提案のおかげだ。誇るべきだよ、高宮巡、端境実留」
「ど、どうも……」
神様に褒められた。
やっぱり、とんでもない体験をしているよね、僕たち。
「それで、真相ってのは何なのかしら」
「そう急かすなよ、端境実留。今から話すから」
そう言って、地面に、たっ、と降りて話し始める。
◆
「彼らの願いについては、すでに知っているだろうから飛ばさせてもらうね」
「はい」
あの二人の本来の願いは、『異世界に行く』こと。
「端的に言うと、彼らの願いは成就したとも、しなかったとも言えるのさ」
「どういうことですか?」
「簡単な話さ。この世界には『異世界』なんてものは存在していない──それだけのこと」
──とてつもない事実を、けろっとした顔で話す神様。
そうか、異世界ってやっぱりフィクションなのか。
……ん? でもそれなら。
「それなら、願いは成就しなかった……ということになるのでは?」
「そう、半分は、ね。でもね、何かを『異世界』と言い張れば、彼らの願いを叶えられると思ってね」
「何かって、いったい何を」
「『あの世』だよ」
──は?
「『あの世』って、天国とか地獄とかの、あの世、ですか」
「そう。不思議なものだよね、異世界はないのに天国と地獄は存在しているんだよ。まったく、酷く残酷な世界だよね」
「ちょ、ちょっと!」
実留が立ち上がり、声を荒げる。
「他人事みたいに言ってるけど、あなたが二人を殺したってことじゃない……!」
「そうはならない。神である僕は、彼らの願いを叶えただけさ。願いを叶えるのが僕の使命だからね」
「そんな……」
神様の言葉を聞いてもなお、やりきれなさそうにしている。
そんな実留と違い、なぜか僕は納得しきっていた。
なぜか、神様の言葉がすっと入ってきたのだ。
「でも、君たちのおかげで彼らは願いを変えてくれた。君たちのおかげで彼らは助かったんだ」
──ここまでが神隠しの真相だよ、と。
そう言って、神様は再びふわっと宙に浮いた。
「さあ、そろそろ帰る時間だ。準備はいいかい?」
「あの、神様」
「なんだい、高宮巡?」
神様なら、あのことも知っているかも。
一応訊いてみる。
「小林さんと九十九君は、なんで持っていたカバンを遠くに投げたんでしょうか──って、あれ?」
数秒、眩暈がした後に、僕の身体が地面に触れているのを認識した。
同時に、眠気も。これは──。
「小林光里の言った通りなんじゃないかな? 異世界に行けるから、必要がなくなったと思ったんだろう、きっと」
「なん、で──」
なんで、こんなタイミングで元の時間に帰そうとしたのか。
これじゃあ、まるで──都合が悪いことを訊かれたかのようじゃないか。
そう言おうとしたけれど、僕の意識は容赦なく、途切れてしまった。