14話 『遡り』
「……んう?」
目を開けると、夏の日差し。
それが、真正面に。
「……眩しい」
あれ、どうして僕、こんな道路の真ん中で寝てたんだ?
起き上がり、寝ぼけ眼で周りを見渡す。
……気付いた。そうだ、僕は──僕たちは。
「実留! 起きて実留!」
「……え、なんであたしの部屋に巡がいるの……?」
意識混濁──ではなく、ただ寝ぼけているだけのようだ。
ひとまず安心、とは言っていられない。
寝ている間、僕たちは神様に何かされた──と思う。
そう思うのだけれども、しかし現実は何ごともなかったかのような状況。
ケガをしている? ──していない。記憶に異変は? ──多分ない。
「え……?」
「実留? ……どうかしたの? どこかケガしてたり──」
「こ、これ!」
何ごとかに焦りつつ、電源をつけたスマホを見せてくる。
そこには、7月中旬の日曜日の日付が、映し出されている。
──え、日曜? あれ、一昨日の日付じゃん、これ。
「……え、まさか」
僕まで軽く焦りつつ、スマホの電源ボタンをつけて、日付を確認。
「嘘でしょ……?」
「や、やっぱり巡のも?」
「う、うん……」
一昨日の日付。曜日は、しっかり日曜日。
神様に何かされたというのは当たっていたようだけど、まさかこんな不可思議な現象だとは。
どうやら僕らは、2日前にタイムスリップ(?)をしてしまったようだ。
◆
もしかしたら、電波障害か何かでスマホの日付表示だけがおかしくなってしまった──とか考えてみたのだけど。
ニュースアプリは日曜のニュースを知らせてくるし、通話履歴も日曜日で止まったまま。
「ど、どうする、巡?」
「どうするって……どうしようか」
現時点で、どうしようもない状況になった、ということはない。
とはいえ、この問題を解消する方法は一つだけ、だろう。
「学校に行って、瞳や努に状況を伝えるってのはどうかな」
「あ、それいいかも! あたしたちも学校に行ってる時間だから、あたしたち自身にも協力してもらえるかも! ……あれ?」
「ん?」
実留の発した『あれ?』という言葉は、何かを見て出た疑問のモノではなさそうだ。
言葉をまとめているのだろうか、少し考えてから実留が口を開く。
「過去のあたしたちって、あたしたち──未来から来たあたしたちに会ってないよね。会いに行って大丈夫かな」
「あ、そっか……」
タイムパラドックスが起きてしまわないか、ということを考えていたようだ。
会った後に、元の時間に戻って何か不都合が起きないか、と考えると──会いに行かない方がいいのかも。
──というか、そもそも。
「今、学校やってなくない?」
「あ、そっか! 今は日曜日だったわね……」
あれ、唯一の救いの手、消えちゃった?
い、いや、まだ何か手はあるはず。
……とは言っても、案は出てこない。
仕方ない、タイムパラドックスが起きるのを承知の上で、今僕たちがいる場所──それぞれの自宅に行ってみるか。
でも、家族まで巻き込むのは……うーん、仕方ない。
「あのさ、実留」
「なに?」
あまり(現状では)使いたくない手段なのだけど。
実留の不安そうな顔を見ていたら、こう提案せざるを得なかった。
「神社、行ってみる?」
◆
裃神社への階段の途中で、実留がはたと足を止め、『あっ』と口にした。
「どうかした?」
知り合いでもいたのかと思い、周囲を見回すが、人気はない。
時刻は正午を過ぎたくらい。お昼ご飯の時間だ。参拝客は僕たち以外にはいない、と思う。
「あのさ、気付いたんだけど」
「何を?」
「今日って、例の神隠しが起きる日じゃないの?」
……。
「あ!」
「そ、そうよね? 合ってるよね?」
実留に言われて初めて気付いた。
そうだった。昨日──現時点での明日にあたる月曜日に神隠しの話を聞いたのだから、その前日に当たる日曜日、つまり今日の夜に神隠しが発生するんだ。
どうやら僕よりも、実留の方が冷静だったようだ。
「ってことは、さ」
実留が続ける。
「神隠し、止められるんじゃない?」
「……確かに」
いや、でも、相手は神様だしなぁ。
「僕たちをタイムスリップさせるほどの力がある神様に、対抗できるのかな」
「そうよね……そこよね、問題は」
比べるまでもなく、神様には敵わないだろう。
僕たちは、何の力も持っていないのだから。
◆
「あれ?」
階段を上り切った先には、裃神社と──女性が一人。
服装から考えるに、同年代くらいだろう。そんな人がこんな時間にお参りとは。
──あれ、あの髪型って。
もしかしてと思い、たっ、と駆け寄り、声をかけてみる。
「あのー」
「ひゃい!?」
……すんごく驚かれた。
僕と実留の足音に気付かなかったくらい、熱心にお参りしていたようだ。
「ど、どちら様でしょうか……?」
まるで威嚇でもしているかのように、僕らを睨みつけながら訊いてくる。
警戒を解くためにも、一応答えておこう。
「高宮巡です、はじめまして。こっちは……」
「端境実留です。……間違いないわね、巡」
「だね、実留」
僕たちの会話に何かを感じ取ったのか、余計に警戒してくる女性。
なんとかして警戒を解きたいのだけど……。
「何に警戒してるのか分からないけど、敵じゃないから安心して。……小林光里さん」
さらっと相手の名前を言い放つ実留。
目の前の(名前を呼ばれて驚いている)女性は──小林光里さん。
倒れていた小林さんの顔を、実留も憶えていたようだ。
「あの、あなたたちは一体……?」
警戒を解いてくれたらしく、少しほっとした表情で訊いてくる小林さん。
ここは正直に、今までのことを(タイムスリップの件も含めて)答えておこう。
「僕たちは──」