12話 夏の遭遇
7月中旬、火曜日。
天候は晴れ、絶好の捜索日和。
いつもの起床時間より30分ほど早く起きて、身支度を素早く済ませ、2階の自室から1階の台所へ。
既に起きていたお母さんに『巡の家に行ってくる』と伝え、信じきった顔で送り出してくれたお母さんに心の中で謝りつつ、午前6時、家を飛び出した。
本当は、巡の家には行かない。『探しに行く』のだ。
──昨日、あんなことを聞いてしまったのだから。
◆◆
昨日、月曜日の放課後の出来事。
◆◆
「実留さん!」
校門を出たところで、後ろから声をかけられた。
聞き覚えのある声で、『さん』付け。
面識があまりないとはいえ、あたしのことも呼び捨てでいいのになー、なんて思いながら振り返る。
声の通り、そこには香里が立っていた。
「香里、どうかしたの?」
「その、えっと……じ、実はですね!」
「声が大きいよ、香里ちゃん」
……指摘したのは、あたしじゃない。
香里の背後から、瞳が姿を現す。
「ご、ごめん、瞳」
「まったく……周りの人の視線を気にしたくないから、学校の外で声をかけたんでしょうに。……まあいいや。実留、今時間ある?」
「ある……けどどうかしたの?」
香里はちょっと焦ってるし、瞳はなんか不安げにしている。
一体何があったのやら。
「私から話すね」
先に口を開いたのは、瞳。
「実はうちのクラスの生徒2人が、今日学校を休んだのよ。あ、その2人はカップルなんだけど……」
「うん」
「神隠しに遭ったっぽいの」
「うん。……うん!?」
酷く物騒で、それでいてファンタジーな単語が聞こえたんだけど。
「それを目撃したのが香里ちゃんなんだけど、そのことを巡に訊かれたから教えたの」
「……う、うん」
ああ、なんか。
この時点で、話の展開が読めてしまった。
「あ、じゃあここからは私が。……ついさっきまで巡と話してたんだけど、巡、本格的に調べようとしてるみたいなの」
「神隠しについて?」
「うん」
ああ、やっぱり。
妙な好奇心があるからね、巡。
「危ないと思ったら何もしないっては言ってたけど、万が一神隠しじゃなくて事件だったら大変だから、瞳に相談したの」
「そんで、実留にも知らせておこうって話になってね」
「ありがたいけど、なんであたしに──」
「好きだったでしょ? 巡定のこと」
……黙秘権、発動。
「沈黙は金、雄弁は銀って言葉があるけど──あんたが今黙ったのは銅にも値しないよ」
「妙に語彙力あるね。ひょっとして今は努?」
「おおっと馬鹿にされてる? ほっぺたつねろうか?」
「すみません、無駄口でした」
素早く謝る。だって本当に怒ってるときって、本当に言葉を行動に移すんだもん、瞳って。
「あんたが好きだったかは、この際どっちでもいいとして……」
散々な言われようね、あたし。
「巡が今すぐに動くとは思えないわ、もうすぐ暗くなるし。だから神隠しについて何か行動を起こすとしたら──」
「明日の朝?」
「分かってるじゃない。で、実留には調べるのを止めさせるか、手伝ってもらうか……どっちかをしてもらおうと思ってて」
「あれ、選択権あるの?」
調べるのを止めさせて、って言われると思ってたのだけど。
「止めても聞かないでしょ、巡って。男の時からそうだったじゃない」
「……まあ、そうね」
「だから選択権は実留に託すわ」
……一つ、気になることが。
「瞳と香里は巡を止めないの?」
今の話の流れなら、香里はともかく、巡(巡定)と付き合いの長い瞳なら、止めると思ったのだ。
けれど、そうではないらしい。瞳が口を開く。
「私は止めないわ、巡に協力しようと考えてる」
「なんで?」
純粋な疑問──だと自分では思っていたのだけど、目の前の二人にとっては愚問だったようで。
今度は香里が口を開く。
「神隠しではなかったとしても、原因不明の失踪でクラスメイトを二人も失うのは、辛いの。だから、私の問題を解決してくれた巡を信じてみようと思ってて」
「結局のところ、巡に協力してくれ、ってこと?」
「……うん。勝手にお願いしちゃって、ごめんね」
「ううん、大丈夫だよ香里。……分かった、明日の朝、巡を探してみる。それじゃ!」
「あ……」
香里が何か言いかけていたような気がするけど、多分お礼だろう。
お礼を言われるほどのことは、まだしていない。これから──具体的には明日の朝、するのだ。
◆◆
翌日──現在。
◆◆
「さーて、と」
玄関を出て、道路に出たところで至極自然な問題にぶつかる。
どこを探したものか。巡は何処。
全く見当がつかない。ああ、こんなことなら香里から聞いておくんだった。
「……あ、もしかして」
香里が言いかけてたのって、『場所』なのかも。
ああ……ミスったなぁ。香里と連絡先を交換してなかったのが仇となった。
別に嫌いとかではなくて、単に忘れていただけだから、余計に後悔している。
「うーん……」
家を出てすぐに巡に電話してみたけど、繋がらなかった。
数分したら、もう一度電話してみよう。それでも出なかったら、結局神隠しについては調べずに寝ていた、とかかな。そうであることを願いたい。
「……よし」
行く場所を、ひとまず決めた。
巡の家から裃神社への道を、探してみよう。
◆
「いない……」
神社へのお参りを終えたっぽい人、それも片手で数えられるほどの人とすれ違っただけで、神社へ向かう上り階段の手前まで来てしまった。
来る途中で巡のスマホにもう一度連絡してみたけど、やっぱり出なかった。
多分、まだ寝てるのだろう。うん、きっとそうだ。そうに違いない。
「はたしてそうかな?」
「──!?」
階段をコツコツと下りてくる音。
間違いない、今の声の主は、その男のもの。
その声を、あたしは知っている。
「やぁ、端境実留。おはよう」
「は……?」
絶句してしまった。
姿を見て──ううん、正確には声を聞いた時から、困惑していた。
だって、目の前の男は。
「どうしたんだい? この姿がそんなに珍しいかい? いや、懐かしいのかな。……高宮『巡定』の、この姿が」
あたしのよく知る、『男の時の』巡の姿だったのだから。
◆
「君には二つの選択肢がある」
はっ、と意識を目の前の何者かに戻す。
巡定の姿をした、何者か。信用すべきなの……?
「一つは、俺のこの姿について、この場で問いただすこと」
「そうするに決まってるじゃない、あんたは一体──」
「も う 一 つ は」
「っ!」
焦るな、とでも言いたげに、言葉を強めて私に告げる。
「高宮巡が今どこにいるのか、俺から聞き出すこと」
「……どっちかだけ、って感じよね」
「察しが良くて助かるよ。で、どっちにするんだい?」
……数秒悩んで、答えを出す。
「二つ目の方」
「答えるの、早かったね」
「当たり前じゃない、今のあんたの正体より、巡の身の安全の方が大事だもの」
「うん、実に──君らしい答えだ」
……妙に気分が悪い。
巡定の姿をしているが、こいつは間違いなく──『巡定じゃない』。
もちろん、巡でもない。全くの別人だ。
そんな、確信に近いものを感じている。
「巡は今、この近くにある田園地帯の真ん中で、神隠しの証拠を探しているよ」
「……嘘、じゃないわよね」
「君に嘘を吐いたところで、面白いことにはならないだろうからね。安心しな、本当のことだよ」
「……ありがとう」
嫌々ながらお礼を言って、私は走り出した。
この近くの田園地帯なら、香里の家に近いあの場所だろう。
この後、全速力で田園地帯まで走り切り、巡の後姿を見つけた。
あの人物が何者だったのかは分からないけれど、今はまだ、気にするべき時じゃない。
それよりも大事なのは、巡を叱ること。背後からそーっと近寄っていく。
さあ、堪忍なさい、巡!