11話 現場検証+1
翌日、7月中旬の火曜日。
朝早く登校する小学生の会話も聞こえない時間──午前5時に、僕は昨日調べた田園地帯の中心地点に来ていた。
現場検証のために。
「さて、と」
ここに来るために使用したスマホをカバンにしまって、辺りを見渡す。
……まあ、この時間だから、辺りに人影はない。何も警戒することはないだろう。
で、だ。調べるべきは二つある。
一つは、神隠し(仮)が起きたと思しき場所に、何か証拠が落ちていないか──ということ。
今まで立てた予想は、その名の通り『予想』でしかない。確信へと変えるために、何かしらの──例えば九十九君と小林さんの持ち物なんかが見つかると嬉しいのだ。
ただ──この一つ目は、正直なところ望み薄だと思っている。
何しろ神隠し(仮)から1日以上経っているのだから、持ち物が落ちていたとしても『落とし物』として警察に届けられてしまっているだろうから。
もう一つは、その場所に何か痕跡が残っていないか、ということ。
例えば──不自然なブレーキ痕だったり、かすかに残る血の跡だったり。
……例えば、の話だけれども。物騒だから見つからないことを祈りたい、けれど事情が事情なだけあって、『見つかる方がありがたい』と思っている。
それらは神隠しが起きたことを否定する証拠だけど、それでも見つからないよりはるかにマシだと思っているのだ。
僕のそもそもの目的は『神隠しが存在しなかった』という事実を見つけること。
信頼している神様が、そんなことをするとは到底思えないから。
だから僕は、僕の立てた予想が外れることを祈っているのだ。
◆
「……暑い」
時間が経って暑くなってきた
帽子はかぶっている。タオルも首に巻いている。
しかし暑い。来たときはそれほどじゃなかったのにな……とスマホを確認すると、液晶には『AM6:10』という文字を映し出していた。
「……ん?」
電話アプリに通知が2件。色々探していたから、気付かなかった。
着信履歴を確認すると──え、実留から?
着信の時間は午前6時とその2分後の2回。ついさっきだ。
「……繋がるかな」
一応電話してみる。
あ、繋がった。
「もしもし、実留? 何か用──」
「何か用、じゃないわよ!」
「ひぇ!?」
真後ろから実留の声がしたから、めちゃくちゃ驚いた。
「まったく、一人で何してるのよ」
……え、どういうこと?
「あの、なんで実留がここに……」
「昨日、瞳と香里から聞いたのよ。あんたが神隠しのことを訊いてきた、って。で、心配して来たってわけ。……正直に答えなさい、何時からここにいたの?」
「ご、5時からです」
盛大にため息を吐かれた。
「あのね、巡。不審者にでも出くわしてたらどうするつもりだったの!?」
「で、でも1年参りの時は朝5時には裃神社に行ってたし──」
「それとこれとはまったく違うでしょ! 裃神社の周りと違って、ここは住宅街も近いのよ!? 連れ去られたら、もう、もう……!」
え、ちょ、泣き出してしまった。
……うん、謝ろう。こいつは僕のことが好き(?)らしいし、本当に心配してたんだろう。
「ごめん、実留」
実留を抱きしめて、ちゃんと謝る。
「……もう、一人でこんなことしちゃだめよ……」
「うん、わかった」
実留が泣き止むまで、抱きしめ続けた。
◆
数分後。
泣き止んだのを確認してから、一つ気になっていたことを訊いた。
「なんでこの場所が分かったの?」
「え!? ……えっと、えーっと……」
……? 実留、静かになってしまった。
妙な反応。僕の予想だと、瞳か香里から聞き出した情報をもとに、この場所に来たのだと思ったのだけど。
つまり──言い淀むのは、何か変だ。
「さ、散歩中に巡の姿が見えたから」
「さっきと言ってることが違うんだけど」
「登校中に」
「まだ6時台だよ? それに、私服じゃん」
「う、うるさいわね! どんな理由でもいいでしょ!」
怒ってしまった。
なぜ……? 今の会話で、地雷を踏んでしまったとは思えないのだけど。
恥ずかしがっている様子はないし、一体どんな理由が……。
「なに」
「なんでもありません」
これ以上追及するのはやめておこう。訊かないでオーラが目に見えるようだし。
「……あんた、神隠しの証拠を探してたのよね」
「まあ、そんなところ」
本当に、バレバレなんだな。
「手伝うわ」
「実留を巻き込むわけには……」
「てーつーだーうーわ!」
「はい」
有無を言わせぬ物言い。実際何も言えなかったのだけれども。
そんなこんなで、実留と二人で神隠しの証拠探しをすることになった。
時刻は午前6時30分を回ったところ。『朝ごはんの時間までに帰れるかなぁ』と軽い文句を言いながら痕跡を探す実留の姿に、さっきと同じ違和感を覚えた。
なぜあそこまで、不安げに見えるのだろう。
実留は一体、何か知ってるのだろうか?
──考えても仕方ない。
痕跡を探す作業に戻……る……?
「あっ!」
「どうかしたの、巡?」
「あ、あれ、見て」
「何よ、そんなに焦っ……て……」
実留、絶句。
田んぼのあぜ道の真ん中に、通学用のカバンが落ちていたのだ。
カバンから飛び出したクリアファイルには、小さく『小林』と苗字も書いてある。
「すごいじゃない、巡! 本当に証拠が見つかるなんて!」
「う、うん! そうだね!」
実留に合わせて、同じテンションで喜ぶふりをする。
内心は、焦りと──恐怖に近い感情が、入り混じっていた。
だっておかしいじゃないか。
カバンが落ちているあの場所は、実留が来る前に、僕が探した場所なのに。