第一黒機隊
エレベーターで目的地近くへと向かう。
書いている内容を見れば完全に規則を違反しているのだが…アイズは見ないことにした。
外に出る。言葉にするのは簡単だがそれをするのには相応のリスクが伴うのだ。
ヘイツはある意味独立した組織であるため戦死以外の方法で外に出るのは情報漏洩を防ぐため、不純異性交遊よりも厳しくルールが決められている。
ルールと言っても戦死したときに遺骨は外に持ち出して良いですよ。と、いったものなのだが普通にヘイツの闇を感じる。
ヘイツの外から出れない不自由なものなのだが作戦実行の時は拠点から離れるため外気を肌で感じることができるし、そもそもの問題で箱庭で教育を受けたものは自分から外に出ようとは殆んど思わない。これが英才教育なのか。多分違うが情報漏洩を年頃の女の子並みに気にしている組織なのだが上官が言ったことは絶対なのだ。
例え素足で壁を駆け上がれと言われれば全身全霊を込めてやるしかないし、戦場でノルマ十人と告げられたのなら根性で乗り越えないといけない。
なので実質ヘルツという組織よりも上官の方が遥かに怖いし普通に命の危険を感じてしまう。
「(アイズヴァフェに適正があるって希少価値があるのに容赦ねぇんだもん。アイツ)」
頭の中に出てきた忌まわしい男の顔を思いだし、気分が悪くなる。顔には出していないのだが足取りが少し軽くなった事から相当に縛られていたことがわかる。
アイズ達兵士の住む住居スペースからは絶対的に外に出られない構造になっており、等間隔に窓はあるがそこから出ようとした日には高圧電流で心臓をマッサージされてしまう。健常者の心臓マッサージ程怖いものはない。
五年のアドバンテージ、と言っていいのか疑問だが知識としてヘイツから外に出れる場所は知っていた。だが、それをいざ使うとは思っていなかったので苦戦しながら道を徘徊する。
倉庫の作業員用のエレベーターで最上階まで移動し、そこにある窓からロープを伝って外に出る。
…は?
「おいおい…機体の保管スペースが何階か知っての事かこれ…」
何と階数六階。
たかが六階と侮るなかれ。一番小型の機体でも二メートル。そして知識としては知っているが、一番巨大で強力な司令官専用機は十メートル弱。
まぁ、それは入る入らない以前の問題なのだが。そんなアイズヴァフェを保管するために作られた地下倉庫を除いて、凡そ一階の高さは四メートル弱。負荷に耐える為に設計されたヘイツ本拠地なのだがアイズの聞いた話では戦車の砲弾の一、二発程度なら余裕で耐える。
アイズヴァフェの為の作られた施設なのだがその保管の仕方から補強に補強を重ねた結果、ヘイツの本拠地がそこに移動したとまで噂が流れる場所なのだ。
高さは何とか根性でイケるものの、そんな要塞に反撃手段が無い筈がなく感電以上の手で攻撃してくるだろう。
カッコ良く出ようと考えていたのだが想像以上に要塞が要塞らしく難攻不落脱出不可等の異名が付けられている拠点を甘く見すぎていた。
普通に出ることにしたアイズは乗ってきたエレベーターで最下層まで移動し、兵士専用のゲートを通ることにした。
流石に時間の指定などは書いていなかったが人として、大人としてしっかりと守っていきたいとの考えがあるアイズなので重い荷物を抱え、小走りで顔見知りのおっさんの元へ走る。
「お、おっさん…はぁ、はぁ…。じょ、上官命令で買い出しに行かなきゃいけないから開けてくんねぇか…」
「…今日は何時にも増して荷物と息切れが多いな。まぁ、良いけど寄り道はするなよ? いざとなったらお前を切るからな」
息をするように嘘を吐く。
最初の頃は勿論そんな言葉を信用してなかったのだが次の日にボコボコにタコ殴りにされた顔を見せに行ったら次の日から二つ返事でゲートを開けてくれるようになったおっさんに内心謝りながら通り抜ける。
「(すまん…)」
後ろ髪を引かれる想いを走る速度を上げることによって無理矢理振りほどく。朝起きてから長く、濃い脱出劇だった。逃げてはないけどな。
ある程度ヘイツから離れ、近くの公園で休憩をしていた。だが、体の疲労とはまた違った意味で酷使していた。
アイズの手には軍から支給されている端末があった。
「あー…これ、ヘイツから出て書いてある住所に行けってあるんだが」
どんなに読んでも暗号が隠されている訳でもなく、電柱が地面にぶちこまれて数年経った影響で歩道には「ここに電柱あり」の文字と簡易的な番号しか書かれていない。その番号を見れば現在地も分かるのだが端末に送られてきた番号はいくら探しても無かった。
ああ、終わった。と、アイズは絶望の最中にいた。
これがもし、有能な上司であったのなら己の間違いを肯定し、外に出る禁忌を自分の非が原因だと認めるかもしれないが生憎アイズの上司は自己中心的なのだ。
まぁ、その原因の半分ほどが無理難題を吹っ掛けられても大抵何とかしてしまうアイズなのだがその無理難題をクリアしたことを上官は自分の技量と思い込んでいるのもまぁまぁ問題だ。
そんな上司からしてみれば己に非は一切無く、見つけれなかったお前が悪いだろ? と、トカゲの尻尾切りよろしく捨てられてしまうだろう。
そうなってしまっては幾ら待っても分隊の合流の報告がない現状を「逃走」と判断しかねない。そうなってしまっては軍のお迎えが来るのは時間の問題だと。
そう考えていると人気の無い公園に場違いな大型四駆が止まった。アイズの脳内上官乗車ベースには今見える車両は見たこと無いものなのだが上官の事だろう。新車を買ったんだ。と、一秒にも満たない早さで結論を出した。
いや、可能性は低いが一般市民が運転する車かもしれない。最近では自動車メーカーが軍用の車両を販売する時代なのだ。これこそ情報漏洩なんじゃないか? と思うが多分考えがあるのだろう。売り上げはクソみたいに良いと聞く。
蜘蛛の糸にすがるような気持ちで停車している車を視界に入れながら端末を弄くる。
「アイズ・メイルさんだよねー? 迎えに来ましたよ~」
メイルには蜘蛛一匹入れないみたいです。
ゆっくりと開いた助手席から二十代前半の女にモテそうな優男が手を振る。
あぁ、これって海外の車なのか。と、現実から目を背けながら小走りで近付く。
このまま体力が持つかぎり走って逃げたいのだが迎えにくるってことは上官に逃走、と報告されたはずだ。ここで逃げたら半殺しから半身殺しになってしまう。スパルタどうこうの話ではない。
「はっ! アイズ・メイル上等兵であります!」
声だけは誉めてやる。と言わしめた勢いを見ろ。と、言わんばかりに市街地…は地図的にはまだ先なのだがそこに聞こえる勢いで声を張る。勢いでやれるようなものじゃないが今抵抗できるのは声量だけなのだ。
と、考えていたのだがハンドルを握っていた大和撫子を体現したような女性が顔を向ける。
「いいから乗って。話は移動しながら」
「分かりました! お気遣いありがとうございます!」
キャリーバックを持ってきて車に乗り込む。車内で尋問も結構心に来るんだよな。
国内で作られていない、海外のバカデカイ車で苦労しながら荷物を詰め込み、いそいそとシートベルトを付ける。これがあるのとないのとでは暴力に対する回避率が大幅に変わるのだが交通ルールに罪はない。
肉体的苦痛よりルールを選んだ男の
光景だった。
キーホルダーみたいにある沢山あるバックミラーで乗ったことを確認した大和撫子はアクセルをゆっくりと踏んだ。
車が進み始めたと同時に、助手席に座っていた優男が自己紹介を始めた。
「多分勘違いしていると思うけど…僕の名前はクルシュ・ネイ。一応第一黒機隊の隊長をやらせてもらってます。まぁ、隊って言っても僕達しかいないんだけどね」
「いないとはどういう事…」
「はいそこっ! 僕達しかいないんだから上下関係は無し。それが僕達のルール。分かった?」
「…了解っす」
っす言語は敬語とは形容しがたいが多分気にしないだろう。考えながら遮られた続きを話す。
「いないってどういう事っすか? つか、ヘイツから結構離れていってる気がするんすけど」
「あー、それね。これはサヤちゃんの方から言った方が良いかな?」
「…サヤ・シュレイ。クルシュが言った通り敬語は良いけど一線はあるから」
「お、おう」
ハンドルを握りながら表情を変えること無く「良いかな? じゃなくてめんどくさいだけでしょ…」と、アイズに対しての声色より優し目でクルシュに呟く。
「大前提として…ん? そう言えばアイズ君って軍から渡された端末ってどうした?」
「え? ああ、持ってますけど…」
「そか。なら今すぐ窓から捨てて貰えるかな?」
にこやかに笑いながら近くの窓が静かに開いていく。
「は? いや、捨てるってそれポイ捨て…」
「いいから。隊長命令」
「…うっす」
この場所的に車も歩行者も全然いなく、存分に窓からポイ捨てができる。
多少の疑問があったが命令という絶対的なものには逆らえず、ポケットから端末を引っこ抜き窓から落とす。
「これで良いんだよな?」
「念のため」
「うん」
前に座った二人だけの空間に疎外感を感じながら急にUターンした衝撃で頭を打つ。
痛い、と口には出さなかったがその直後に何かが潰れる音がした。
「ヘイツって用心深いからさ。GPSとか端末にあるんだよねー。流石にそれ付けた状態で僕達の拠点に行きたくないからね」
「へ、へぇ…」
薄々気付いていたが前の席との間には何かガラスのようなものがあった。この感じから見ると防弾ガラスとかか?
ジロジロと見ているとそれに気付いたクルシュが笑いながら説明する。
「これね。強化ガラスなんだけど結構高かったんだよー? 少ないお金の中で頑張って取り付けたんだから」
ほぼ隔離された空間で、抵抗ができず、脱出しようにも出た瞬間に挽き肉にも満たない血肉とかしそうなこの状態。
「誘拐かよ…」
「身代金は請求しないけどね。借りパクってやつかな。借りる許可すら取ってないけど」
「は? え、じゃあ端末に送られてきたあの文章は?」
今まで運転に集中していたサヤが口を開く。
「軽くハッキングした」
「メイルガバガバ過ぎじゃねぇか…」
「まぁ、メイル本体の対策は狂ってるほど固いけど一人一人の端末はそうはいかなかったらしいけどね。サヤちゃん曰くだけど」
送られてきた文章は理解できたがそれだけじゃあ拉致された理由にはならない。どうしようか、と悩んでいるとクルシュがクルリとこちらを向き、優男成分の殆んどを削ぎ取ってしまっている眼帯を取った。
本来眼球が収まっている場所なのだがそこにあったのは…
「魔石…」
「うん、そう。君の右腕を侵している同じ魔石だよ」
赤黒く、奇妙に光を反射しているその物質は忘れるはずがない。何十年も見て、見飽きるほどまで見てきた魔石だった。
「ようこそ第一黒機隊へ。これからは存分に戦って貰うよ」