アイズ・メイル
アイズ・メイルとは当時最年少の十五歳で連邦国家が有する軍、ヘイツが作成した教育機関ーー通称箱庭の軍隊ーーに入隊し、二十歳という若さで戦場に駆り出された青年の事である
そもそも箱庭の軍隊とは高校を卒業し、戦闘技術、機械操作のレベルが非常に高い者だけが入隊試験を受ける権利が与えられる高みにある教育機関なのだ。
内容は教育、と簡単に表現できないものなのだがその光景は無惨の一言で終わってしまう。
入隊、と入学では無い時点でお察しなのだが国家から教育機関として名乗ることを公認されているのでやりたい放題なのだ。
そんな言ってしまえば難関大学よりも遥かに入隊が難関な箱庭の軍隊なのだがそこにアイズが入隊できたのは生まれもった病による影響が大きい。
魔石病。
体の一部分、または全体が魔石のように結晶のようになってしまう病だ。
六十年前のロジアンによる巨大国家が消滅した出来事は小学校から学び、高校卒業まで耳が腐るほど歴史として説明される。国家の研究機関によって魔石病とロジアン発生の要因は完全に別問題なのだと説明されたがそんな事は国民にとってどうでも良かった。
魔石病の判断は体に赤黒い結晶があるかで決まる。
血液など、粘膜などでは判断できないため完全な目視。見る作業でしか判断できないのだが自分とは異端だと判断するにはその見た目で十分だった。
日毎に魔石病になった人が自殺や殺される、といった
事案が耐えない。
症状とは個人差があるが日毎に赤黒い結晶が全身を多い、最後には埋め尽くして魔石になってしまうものだ。今の技術では完治できず、高価な薬を使って症状を押さえるしかないのだ。
だが、そんな病だからこそアイズが箱庭の軍隊に最年少で入隊することができた。
理由は単純である。魔石病は魔石で作られたアイズヴァフェと共鳴するのだ。魔石が持つエネルギーを最大限に活かすように作られた兵器は勿論魔石の肉体を持つ操縦者と相性が良かった。
生まれて間もないアイズは魔石病の影響が少なく、隠せば誰にも見られない隠し通せるものだった。
だが、隠そうとした母親と違い、父親はそうはいかなかった。
「そんな化け物とは一緒に住めるはずがない」
そう言ってアイズを魔石病専用の保護施設…と、言う名の隔離をされ、親の顔を知ることも出来ずに過ごし始めることになった。
比較的症状が軽かったアイズは知り合いが段々と魔石になっていくのを見ながら過ごしていたのだがある時、症状が遅い個体としてヘイツに十五歳の時に引き取られ、箱庭の軍隊に入隊することになった。
「えーっと、俺の目が腐ってなかったら所属する隊を移動って書いてあるんだけど」
気のせいかな? 気のせいだろう。
そんな単純な考えで世界は回ったら良いのに、と考えながら第三陸上機兵に所属している者に与えられている立派な部屋の豪快なほど大きなベットに倒れ込む。この際軍服にシワができようが関係ないのだ。だって所属する隊を移動するんだから。
第三陸上機兵に与えられる軍服は機兵の名に恥じない戦車を模範にしたデザインになっている。アイズヴァフェが登場してからは鈍足な移動式固定砲はあんまり見なくなったが造形の良さと扱いやすさの理由でまだ製造され続けている。
見なくなったのは配置される場所の関係でアイズヴァフェが与えられない個人には魔石で作成された銃が与えられるのだが生憎アイズは銃なんて箱庭にいたときにしか握ってない。
そして右腕の魔石化によって十分に握ることが出来ないのだ。肉体的な理由で銃が持てません、と言った時に箱庭の教官に「根性で持て! 丸腰ではただの的だぞ!」と怒鳴られたのはアイズの記憶に深く残っていた。
ベットでゴロゴロと転がり、大して仲良くなれなかった隊の人達の事を思い浮かべる。
「そんなに移動して変わることは無いか」
そう、考えいそいそと荷物の整理を始める。
上官が直々に伝えるとかはないのだ。その証拠に軍の支給品の携帯端末には次の所属場所が書かれている。
これでも戦果は椅子に座って事務作業をしているだけの奴とは比べ物になら無いんだけどな。
自身に付けられた無敗の二つ名。所属して五年になるが未だに慣れない恥ずかしさに苛まれながら作業のスピードをあげる。これだと所属先の隊の人へのあいさつが遅れてしまう。
「今年で二十五だし年上は同僚で殆んどいないから多少遅れても…。あー、人としてダメだよな」
五年の兵役で一度も自身の機体が大破され、緊急脱出したことがない無敗のアイズの名を持つ男としては何ともしまらない言葉なのだが生憎この広いだけが取り柄の部屋には一人しかいない。独り言も多くなってしまうのだろう。
粗方荷物をキャリーバックに詰め込み、いきなりの移動の不満をベットメイキングにくる補給部隊にぶつけ、グシャグシャになったベットに目を引かれる部屋を後にする。鍵はない。見られたくないことをするくらいならヘイツにくるな、と言わんばかりに部屋の四隅には監視カメラもある。
ヘイツに来て一番最初に思うのが部屋に案内されたときのプライベートが監視されていることに対しての不満なのだ。殆んどが箱庭で教育されているためそんな事を思う人がそもそも少ないのだが。
部屋を出て地下にあるアイズヴァフェが収納されているヘイツの本拠地に進む。
地下にあるためその階に一つしかない階段を降りてくのだがその階段は以上に段数があるのだ。室内でも戦闘を可能にするため、との理由で廊下や部屋が広い代わりに代償として階段も広くなってしまっているのだ。
その弊害は、縦に全六階ある建物の上階に部屋がある新兵で大抵は本部に呼び出せた瞬間、本部につく前に廊下で体力の大半を消耗してしまうのだ。その反面、最上階から見る景色は最高なのだ。
五年と、短いようで長い兵役のアイズなのだがその分体力はある。魔石病を患っている右手が動かしにくいが施設に居たときと同じ、進行しない状態は続いているが念のためと薬を取り続けている。
その効力を出すように重いキャリーバック二つを抱え、階段を下っていく。担いだ荷物の影響で階段を視認して降りれていないが五年という歳月は飾りじゃない。トントントンと、軽快とはいえないが安定した運びで進んでいく。
数分と時間を掛けて階段を降りきる。
ふぅ、と深い息を吐きながら荷物を下ろし肩をまわす。ポキポキと骨が鳴る音聞こえる。
そして降りた先にある受付でアイズヴァフェを操縦するために必要なサブキーを渡す。
「分隊が移動になったんで返しに来ました」
その言葉に対し、女性の声で喋るAIは差し出されたサブキーを受け取り数秒の空白の後に返答する。
「確認とれました。アイズ・メイルさんのサブキーは預からせてもらいます」
数秒の空間は無数のデータから本人情報を探し出すための時間なのだ、とアイズ自身何度も見ているため理解はしているつもりだったのだが何度やってもAIだと認識はできなかった。もし、何も伝えられたなかったらナンパでもしてやろうか、と考えていたのは何年前の出来事だったか。
そんなAIに見えないAIの喋りから出された生身の人間のような返信。
ジョークは言うと噂に聞いた…まぁ、話していたのを聞いていただけなのだがそんなジョークにしてはあんまり笑えない寒い事を言われる。
「あー、分隊を移動って言ってもここの建物じゃないから会えないと思うが…」
何時からこんなに好感度が高かったんだ? と、疑問に思いながら言葉を返す。これ以上は時間が無いと判断し、関係者以外立ち入り禁止の札を押し退けてエレベーターで目的地近くの階まで移動する。
住居スペースにもエレベータを設置してほしいのだが生憎二、三台では圧倒的に数が足りないほど人がいる。多分無理だろう。
突然のAIに驚かされながら、時代は進歩したんだなと考え頭からすっぽり抜けてしまう。問題はそれよりも次の所属先の分隊、第一黒機隊の事なのだ。軽い説明が載っていたのだが
【敵対戦力を第一とした分隊】
第三陸上機兵も同じような内容なのだが…何が違うんだ?