告白
CHAPTER 08(告白)
少女が花壇に水をやっていた。
毎日、毎日、ひとりぼっちで。
花壇には大きく咲いた赤い花で溢れていた。
よく見ると少女は泣いていた。いや、花壇に注がれた水が、少女の涙だった。
「摩耶…… 」
俺はいたたまれなくなってその少女、加茂川摩耶に声をかけた。
「!」
振り返った加茂川は醜い悪魔の形相をしていた。
『タスケテ…… 』
悪魔は泣きながら俺に訴えた。
しかし、俺はその悪魔の顔を見て、体が硬直したように動かなくなった。
どうすることもできなかった。
摩耶の顔と悪魔の顔が交互に現れていた。
「出たな、悪魔」
俺の後ろに三人の天使が立っていた。
「やめろ、やめてくれ」
俺は天使に向かって叫んだ。
「悪魔を退治するのが私たちの仕事だから」
三人はそう言うと、容赦なく銃弾を摩耶に撃ち込んだ。
「やめろー!!」
聖なる銃弾に貫かれた摩耶の体は血のように赤い炎に包まれた。
摩耶は悪魔の姿のまま、泣き声のような悲鳴をあげ、消えていった。
『タ・ス・ケ・テ…… 』
摩耶の心の声が聞こえたような気がした。
「摩耶…… 」
赤い花びらとともに消えてゆく加茂川摩耶を茫然と眺めていた。
目が覚めた。
夢を見ていた。
背中が汗でびっしょりだった。
夢だった。
しかしそれは空想上の話ではない。
いつ現実のものになるかもしれない夢だった。
あの屋上の事件以来、加茂川は学校を休んでいた。
悪い予感がした。
加茂川にもう一度会って話をしたかった。
しかし、今日日個人情報の保護とやらで他クラスの住所録などは簡単には閲覧できなかった。
「頼む、なんとか住所とか連絡先、調べられないか」
俺はシャルに頭を下げていた。
昼休みにA棟とB棟の渡り廊下でシャルを見つけた。
非常階段の陰に引っ張り込んで頼み事をした。
加茂川の連絡先を調べてくれるように頼み込んだのだ。
シャルは加茂川の隣のクラスだった。
「いや」
シャルはぷいと横を向いた。
「あんな魔族、ほっとけばいいじゃない。それに、調べたきゃ自分で調べれば」
シャルは少し怒った口調で答えた。
「俺だってやってみたよ。でも…… 」
やはり男子生徒が後輩の女子の住所を知りたがるなんてことは、たいてい怪しまれたりしてなかなかうまくいかないのだ。
加茂川自身がクラスに友達が皆無というのもかなり事態を難しくしている。
「それじゃあ、代わりにあたしの言うことも聞いてくれる?」
シャルは悪戯っぽく笑った。
「…… 、それは…… 物にもよるけど…… 」
「あたしと子供作ろう」
「な…… 、それは…… 」
「って、冗談だよ」
目が笑ってない。
「キスして」
え?
「え?」
「そのくらいいいでしょ」
「おい…… 」
シャルは背伸びをするといきなり左腕を俺の首に巻き付けた。
そのまま顔と顔を引きつけると強引に唇を押し当ててきた。
「うぐ…… 」
唇に柔らかい感触。
ちょっ……
結構長い間唇を合わせていた気がする。
「ふう…… 」
シャルの顔が離れた。
「意外と普通だった…… かな」
「お、おま…… なん…… 」
普通?
「お、おまえは誰とでもキスするのか?」
今になって心臓の鼓動が早くなった。
顔が耳まで赤くなっているのが自分でも判る。
「うん」
屈託ない笑顔。
「でも男の子とは初めてかも」
って……
「期待しないで待ってて。じゃ、次、音楽だから」
シャルはそう言うとくるりと背を向けると小走りに立ち去っていった。
「あ…… 」
サキが顔を真っ赤にしてこちらを見ていた。
「これ」
六時限目の授業が終わり、帰り支度をしていたとき、突然、サキが小さなメモを差し出した。
「え?」
メモには何かの住所が記されていた。
「加茂川摩耶の住所」
「何だって?」
以外な答えに一瞬思考が止まってしまった。
「シャルから」
「シャルが?」
シャルは約束を守ってくれたんだ。
「ありがとう。シャルにも言っといてくれ」
俺はメモを受け取ろうとしたが、サキはメモを持つ手をさっと引っ込めた。俺の右手は空を切った。
「行くならボクと一緒に行くのが条件」
「どうして」
「暁を守るのがボクたちの仕事だから」
できれば一人で行きたかった、しかも修道会の人間が一緒だとますます会ってくれないかもしれない。
「…… 解った。でも、絶対に加茂川を刺激しないでくれ」
ここで口論しても仕方ないので渋々承知した。
サキなら、たぶん、先走ったことはしないと思うが、念のため釘を刺しておいた。
「…… 」
サキは何か言いたそうな顔をしたが、無言で頷いた。
加茂川の家は学校から歩いて十五分程度の場所にある古い小さなアパートの二階にあった。
「ここで待っててくれ」
俺はアパートの階段の下でサキに言った。
「どうして」
サキは抗議の目で反論した。
「エクソシストが一緒だと出てこないかもしれないだろ」
「…… 」
サキは無言で服従の意を伝えた。
階段を上って一番奥の部屋が加茂川の部屋だった。
呼び鈴を押してみた。
意外なことにすぐにドアが開いて加茂川が顔をのぞかせた。
「あ」
ドアの隙間から驚いた表情の加茂川が見えた。
「待って」
すぐにドアを閉めようとした加茂川をあわてて止めた。
「君のこと心配して来たんだ、屋上で倒れた後どうなったか気になって」
閉められる寸前のドアに手をかけ、俺は言った。
「私なら大丈夫です。すぐによくなりましたから」
目を伏せながら加茂川が答えた。
「じゃあ何で学校に出てこないんだ」
「それは…… 」
小さく消えそうな声だった。
「君のことは誰にも話してないから。俺は君が何者だろうと気にしちゃいないから。俺は…… 」
「お願いです。もう私に関わらないでください」
泣きそうな声だった。
「どうして、俺は君のこと…… 」
ここで一気に告白しても良いものか、少し迷った。下にはサキもいるし。
「…… 」
「俺は…… 、君を守りたいんだ」
「本当にごめんなさい」
彼女の表情に困惑の色が見えた。
少し強引だったかもしれない。
「いきなり押し掛けて、ごめん…… 、さっきの言葉は忘れてくれてもかまわない。でも、学校だけは、出てきてくれ」
ここであまり押しても、かえって彼女の心を閉ざしてしまうかもしれない。
「私、疫病神なんです」
加茂川は下を向いたまま言った。
「…… 」
「私と関わるとみんな不幸になるんです」
涙声だった。
「そんなことない! 君の育てた花はあんなに大きくきれいに咲いたじゃないか」
加茂川の慟哭がドアを介して俺の掌に伝わってきた。
「先輩…… 」
「大丈夫、俺にはなんだか知らないけど不思議なパワーがあるみたいなんだ。屋上で見ただろ。絶対に不幸なんかにはならないから」
「…… 」
俯く加茂川の頬を伝わる涙が見えた。
「明日から学校に出てくるね」
加茂川は小さく頷いた。