聖なる血
CHAPTER 7(聖なる血)
「『聖なる血』」
マリアが言った。
「『聖なる血』?」
血液型の一種か?
家に帰ってからマリアを問い詰めた。
いきなり学校に妖魔が襲ってきたり、加茂川が謎の力を使ったり、いろいろ判らないことばかりだ。
「あなたが、まさに『聖なる血』の持ち主なの」
「血液型か?」
何万人に一人という特殊な血液型があるということは聞いたことあるが、俺がその一人だというのか。
「いわゆる血液型とはちょっと違うの。医学的なものではなくて、霊的なもの」
マリアが微笑んだ。
「霊的?」
霊的ってどういう意味なんだ。
「端的に言うと、あなたの血は聖水と同じ効力を持つ特殊な血液なの」
「聖水って、うちは仏教なんだが」
しかも曹洞宗だ。
「この際、宗教は関係ないの、あくまで体質の問題だから」
「いきなりそんなこと言われても…… 」
俺はオカルトだの心霊だのは信じないことにしている。
「そうね、信じられなくて当然ね。でも、あなた、傷の治りは早い方じゃない?」
言われてみれば、小学生の時友達とサッカーをしていて腕を骨折したことがある。全治一ヶ月と診断されたが、一週間ほどで完治してしまい医者が驚いたことがある。
「それは、あるかも…… 」
「あと、大きな病気もしたことないでしょ」
「確かに…… 」
はしか、お多福風邪、水疱瘡もまだだ。
「それは『聖なる血』のせいなの」
「…… 」
うーん、それでも信じられないことには変わりない。
「俺が特異体質なのは、一応そういうことにしておくとして、なんで君たちがここにいるのかの説明になってない」
「今日の騒ぎで判ったでしょ。あなたは狙われているの。魔族、つまり悪魔とか妖魔のたぐいね、その魔族からすれば『聖なる血』を持つあなたは天敵なのよ」
常識的にはまったく信じられない話だ。
しかし、ここ数日のうちに起こったことを考えると現実として受け入れる他はなかった。
「でも、なんで今頃。『聖なる血』って生まれつきなんだろ。それなら俺が赤ん坊の時から護衛が付いてなきゃおかしいんじゃないか」
「そうね、でも私たちは『聖なる血』の持ち主を特定する手段がないの。『聖なる血』に反応するのは魔族だから、魔族の動きを監視することで私たちも『聖なる血』にたどり着くことができるの。それに、『聖なる血』の能力は本人の精神的成長によっても強化されるから、ある程度年をとらないと見つけにくいと言う事情もあるのよ」
ということは、俺の周りには悪魔やら妖魔やらが蠢いているというのか。本当なら気持ち悪い話だ。
急に寒気がしてきた。
「『聖なる血』って珍しいのか」
どこぞの修道会が保護チームを作ってやって来るくらいだからよほど珍しいと思うが。
「一千万人に一人くらいかな」
マリアが答えた。
「それって、結構多いほうなんじゃ…… 」
日本の人口一億三千万としても全国で十三人はいることになる。
「そうね、でも『聖なる血』の持ち主ってほとんど女性なの。男性に限れば、数億人に一人」
何だって?
「それってかなりのレアキャラ…… 」
数億人に一人の男って……
「特に男性の『聖なる血』っていろいろ特殊な能力があってかなり貴重なの。奇跡を起こすこともできるとも言われている」
マリアはまっすぐ俺の目を見て言った。
奇跡、って……
「神の降臨に匹敵するような奇跡が…… ね」
「そんなに…… 珍しいのか、俺の血」
「まだ実証されたわけでは無いけどね、サンプル数が余りにも少なすぎて」
マリアは微笑んだ。
「俺の血が聖水と同じ力を持っているんなら、なんで妖魔は俺を襲うんだ。俺を襲ったら自分も死ぬんじゃないのか」
マリアに疑問を投げかけた。
「この前とか、昨日の妖魔は使い魔ね。命令されて動いてるだけだから。そんなこと気にしてない」
マリアは既に花柄のキャミソールに白い薄手のカーディガン、細身のジーンズに着替えていた。
「じゃあ、黒幕がいるのか。それは誰なんだ。何の目的で俺を襲うんだ」
「判らない。でもあれだけの数の妖魔を動かせるのは相当な力を持っている存在だと思う。今日の襲撃はあなたの能力を測るための威力偵察みたいなものでしょうけど」
「威力偵察?」
「あなたの力を試したようね。私たちがいくら妖魔を退治してもいっこうに数が減らなかったのに、あなたの血で妖魔が消滅したらすぐに引いたでしょ」
「これから俺はどうなるんだ…… 」
俺は右手の怪我を確かめた。
「…… 。判らない。男性の『聖なる血』って魔族だけじゃなく神の種族にも影響を与えるという話もあるの。あなたを生きいたまま捕らえて、神に対抗するための武器にしようとしているかもしれない」
「冗談だろ、それ」
俺は顔を上げマリアに言った。
「殺すだけなら第五階級でも出てくれば事足りたでしょうね。今のあなた相手なら」
なんか物騒なこと、さらっと言われたような気がした。
「ただいまー。やっぱり北側の結界が破られてた」
シャルとサキが帰ってきた。
この町に張られた結界を確かめに行っていたのだ。
「でもおかしいの。今回は修験道の護身法と風水を応用した強力な物だったんだけど…… 」
「あれを破るには相当高度な術式が必要なはずよね」
マリアが首を傾げた。
「第三階級が動き出したのかな」
サキが言った。
「そんなはずは…… 。第三階級以上が動けばうちの本部どころかバチカンも黙ってないから」
マリアが答えた。
「おい、第五階級とか第三階級とかって何のことだ」
マリアに訊いた。
「悪魔の階級」
シャルが答えた。
「第一階級は悪魔の最高位で、ベルゼブブやルシファーのクラスね。対抗するには大天使ミカエルとかガブリエル位でないと無理。でも、今は第三階級以上が動けるような星の配置じゃないでしょ」
マリアがスマホを取り出した。
何かのアプリを起動させると画面を俺の方へ向ける。
星座のようだ。
ホロスコープのアプリか?
「月と火星が頭と右手を押さえている」
マリアが言った。
「北西太平洋地区のパワーファクターが低下したとの報告もないしね」
とシャル。
「で、今はどうなんだ。俺たちは安全なのか」
「破られた結界はレイヤーで強化しておいたけど…… 」
シャルが言った。
「時間の問題ね。根本的原因を探らないと、また今日と同じことがおこる」
マリアが答えた。
「それから…… 、加茂川はいったい何なんだ、君たちの仲間なのか」
俺は昼間見た加茂川の行動とパワーを思い出した。
「あの子は…… 」
マリアが口ごもった。
「魔族だよ。私たちの敵の」
シャルが言った。
「シャル!」
マリアが叱責するように言った。
「だって暁くんも見たんでしょ。もう隠す必要ないじゃん」
シャルがちょっと口をとがらせて答えた。
「魔族って…… 」
意外な展開に絶句した。
「レベルEの魔族ね、ただし現状では害のない存在よ」
マリアが言った。
「昼間のことは? あいつが関係してると思うか?」
サキが訊いた。
「関係ないでしょうね。昼間はたまたま花が心配で屋上に来ただけのようだから」
「おまえたち、加茂川が魔族だって知っていたのか」
気分が悪かった。
「うん、初めて見たときから判ったよ」
シャルが答えた。
「シャルはこういうことに敏感だから」
マリアが言った。
「どうして教えてくれなかったんだ!」
怒りがこみ上げてきた。
「魔族とか妖魔って言っても、全部が全部、人間の敵とは限らないからよ」
マリアは子供を諭すような口調で言った。
「どういうことだ」
「生まれながらに魔族の血を引いている人間って、世の中には結構多いの。特に、アジアとアフリカはね。反対に、ヨーロッパと中東は大昔、魔族と人間が徹底的に対立した歴史があるから少ないんだけど…… でも、魔族の血を持っていても、大部分は普通の人間として生活し、生涯を終える。もちろん、本人も自分が魔族だとは知らずにね。だから私たちは無用な混乱を避けるために魔族を見つけても、人間社会に害をもたらさない限り特に何もしないことにしてるの。もちろん、その人が魔族だということも秘密にしてね」
「それで…… 」
「私たちが不用意に、誰かが魔族だということを公表してしまうと世の中がパニックになるでしょ。再び魔女狩りが始まってしまうかもしれない」
確かに、自分の周囲に妖魔だとか悪魔がふつうに生活していると知れたら社会は大混乱になる。
「…… 。それで、加茂川は…… 」
「現時点では少しは自分の力に気づいてるようだけど、今のところ私たちに敵対する存在ではないわ」
よかった…… 。少しほっとした。
「魂を食われない限りね」
シャルが口を挟んだ。
「魂を食われるって…… 」
「これは本人の意思の問題でもあるんだけど、何かのきっかけで魔族の本能が目覚めてしまい、悪い心に魂が支配されてしまって本当の妖魔や悪魔になってしまうことがあるの。その状態を私たちは『魂を食われた』って呼んでいるのよ」
「加茂川は、妖魔とか悪魔になるのか?」
「まだ判らないけど、本人が自分の力を自覚してたら、危ないかもしれない」
加茂川は屋上で謎の力を使った。
「安心して、あいつが悪魔になったら私が退治してあげるから」
シャルが言った。
「…… 」
加茂川が悪魔に?
そんな、…… ばかなこと……
加茂川の、少し愁いを帯びた優しげな笑顔が脳裏に浮かんだ。
俺は、どうすればいいんだ……