転校生
CHAPTER 04(転校生)
「おい、すげえぞ、転校生」
体育の授業だった。
男子の授業は短距離走。
走り終えた男子生徒がトラックに隣接するハンドボールコートを眺めていた。
「高い!」
「よく取ったなあ」
「うわ、またゴールだ」
女子の授業はハンドボール。
そしてハンドボールコートでは、縦横無尽に活躍している女子がいた。
サキだった。
昨日、突然俺の家にやって来たエクソシストのひとり、サキが俺のクラスに転校してきたのだ。
サキは味方から出されるどんなパスも確実にキャッチし、瞬く間にゴールを決めていた。
また、ディフェンスに回れば相手のパスを確実にカットし、味方のゴールキーパーはほとんどボールを触る機会がなかったくらいだった。
並外れた運動神経だった。
俺は昨夜の妖魔との戦いを思い出した。
サキの身体能力は、確かに同年齢の女子の中ではずば抜けていた。
「目立ちすぎじゃないのか?」
いつしか男子生徒全員と教師までが皆、授業を忘れ、女子のハンドボールを夢中で見ていた。
「島原さん、どこから転校してきたの?」
サキは『島原サキ』と名乗っていた。
「前の学校はどこ行ってたの?」
「部活はどこ入るの?」
休み時間にはサキの周りを数人の女子が取り囲み、サキを質問責めにしていた。
サキは少し不愛想だったが、すっきりとした美人だしスタイルも良い。
またボーイッシュなので女子受けもよかった。
白いブラウスに群青色のリボンタイ、紺色のタータンチェックのスカートという近年では地味めのと言われる我が高校の制服も、そのシンプルさがかえってサキの清楚な美しさを際だたせていた。
クラスの男子生徒もサキには興味津々で遠巻きに眺めている。
サキの席は廊下側の一番後ろになった。俺は窓側から二列めで後ろから三番目だ。
俺は無視していたが、サキは俺の方を気にしているようだった。
「貴船。今日来た保健室の先生見たか? すげえ美人だぜ」
同じクラスの夏目がスマホ片手にやって来た。
スマホには白衣を着た美女の画像が表示されていた。
マリア?
昨日、家にやって来たエクソシストのリーダーだ。
「保健室の?」
「竹村先生が今日から産休だろ、臨時の先生。天草マリアだって」
マリアは一分の隙もないメイクで、昨日会った印象よりかなり年上に見えた。
「一年の転校生もなかなかだぞ」
いつの間にかこれも同じクラスの本田が後ろに立っていた。
スマホの画像は予想通りシャルだった。
「益田シャルだって」
「何? ちょっと見せろよ」
「かわいい!」
他の男子も加わり、お互いの画像を見せ合いながら盛り上がっていた。
「みんなで転校してきたのか。しかし同じクラスじゃなくても……」
昼休みの終わりを告げる五時限目の予鈴が鳴った直後だった。
サキを取り巻いていた女生徒の壁が一瞬、消えた隙にサキの席へ行った。
「近接警護がボクの役目だから」
サキは相変わらずそっけなく答えた。
「それじゃほかのふたりは」
「シャルは一学年下で広域警戒、マリアは臨時職員で情報収集と連絡係」
「そうか……」
気が付くとクラス中の視線が俺に注がれていた。
転校してきたばかりの美少女にいきなり親しげに話しかけている俺を、特に男どもが驚きと羨望の眼差しで見ていた。
実は一緒に暮らしている、なんて言ったらどんな顔をするだろう。
しかし、優越感に浸るには昨夜の出来事は強烈すぎた。
「おまえ、島原とはどういう関係なんだ。知り合いなのか」
放課後、部活に入っていない俺がそそくさと帰り支度をしていると、本田と夏目が近づき、今は答えにくい質問を浴びせた。
「いや、遠い親戚で最近、近くに引っ越してきたんだ」
俺はなるべく無難な回答を選んで答えた。
「そうなのか……」
本田はサキに視線を向けた。
「じゃあ、島原の趣味とか好きな男のタイプとか……」
「知らねえよ、親戚って言っても昨日会ったばかりなんだから」
俺は夏目の言葉を途中で遮った。
「な、期末の勉強会、島原も呼んでおまえんちでやろう」
本田が下心丸出しの顔で言った。
試験前の勉強会なんて、今まで一度もやったことなかっただろ。
「そんなめんどくさいことできるか」
俺は突き放した口調で言った。
「一年にも超かわいい子が転校してきたし、なんか楽しくなってきたなあ」
夏目が暢気な声で言った。
またったく、おめでたい奴らだ。
「一緒に帰る、マリアの命令だ」
気が付くとサキが傍らに立っていた。
「え?」
本田と夏目はだらしなく口を開けたまま、ぽかんとサキを見上げていた。
「貴船、おまえ……」
正気に戻った本田が俺に詰め寄った。
「あ、道がよく判らないのか……しょうがないな……はは」
俺はサキを連れて逃げるように教室から退散した。
「登下校まで監視付か」
結局、俺とサキは同級生の好奇と羨望の眼差しを浴びながら、カップルで下校する羽目になった。
気まずい……
元々口数の少ないサキとでは、他の高校生カップルのような楽しい会話が続くはずもなく、俺たちは無言で、気まずい雰囲気のまま歩いていた。
俺とサキが家に着いて暫くしてシャルも帰ってきた。
開口一番。
「サキちゃん、ずるいー。なんで、サキちゃんが暁くんと同じクラスなの?」
「シャル、遅かったじゃない。どうしたの?」
先に帰宅していたマリアがリビングへやって来た。
マリアは二階の親父の書斎を使っている。
「だって、クラスのみんなに質問責めにあってたんだもん」
どこも事情は同じらしい。
「それで、帰ろうと思ったら、玄関に着くまで五人の男子にコクられて……」
「よかったじゃないモテモテで。さすが萌えキャラ」
マリアは棒読みで言った。
「イケメンだったらよかったんだけどねー。じゃなくて、なんでサキちゃんだけ暁君と同じクラスなの?」
「近接警護はサキの仕事。シャルは他にやることあるでしょ」
「判ってるって…… 。あ、早速一匹、見つけたよ、クラスEの雑魚だけど」
「見つけたって、何を?」
俺はマリアとシャルの会話に割り込んだ。
「ん…… 何でもない……」
シャルは口ごもった。
「何でもないことないだろう!」
「ほんと大丈夫だって。クラスEだから」
シャルはホットココアの入ったマグカップを両手で持ちながら答えた。
「クラスEって何のことだよ」
「大丈夫、あなたは心配しないで」
シャルの代わりにマリアが答えた。
「……」
「それから、シャル、その制服、校則違反してるんじゃない?」
マリアはシャルを指さして言った。
言われてみれば、ブラウスは胸の部分にタックが入ってるし、リボンタイは幅が広く、スカートはプリーツの数が学校指定のものより多かった。
「だってー、この学校の制服、かわいくないんだもん」
「スカートも短すぎ」
「大丈夫、見られてもいいパンツだから」
「そういう問題じゃねえ」
いつの間にか後ろに立っていたサキがハリセンを構えた。
「あんまり目立つ行動は慎みなさい」
マリアがサキのハリセンを制して言った。
いや、三人とも既に目立ちすぎるほど目立っている。
「判ってるけどさ、憧れてたんだよね……」
シャルがぽつりと言った。
ひょんなことから美少女三人と一つ屋根の下で暮らすことになってしまった。
しかし、現実感が全く湧かなかった。
修道会だのエクソシストだの、まだ信じられなかった。
少女たちは一階の客間に二人、もう一人は俺の隣の部屋、親父の書斎で寝るようだった。
一つ屋根の下で美少女三人との共同生活は、もしかたらそんなに甘いものではないのかもしれない。