妖魔
CHAPTER 03(妖魔)
「腹減った」
夜中に目が覚めた。
空腹だった。
家から一番近い24時間営業のコンビニは歩いて10分ほどの場所にあった。
おにぎり二個とペットボトルのウーロン茶、それから今日発売のマンガ雑誌を買った。
暗い夜道。
改めて周囲を見回した。
表通りから離れた住宅街で夜は人通りの少ない場所だった。
建築中のマンションと道路を挟んで小さな公園があった。
建設現場は以前、大きな工場があった場所だ。
街灯は整備中らしく、この辺り一帯がやけに暗かった。
「犬? 野良犬か?」
大型の犬のような動物が俺の行く手を塞いだ。
「犬じゃない」
そいつは赤く光る目で俺を睨んでいた。
その目はろうそくの炎のように怪しく揺らいでいた。
犬というよりワニに似たその口には、長くて鋭い牙が無数に生えていた。
全身を覆う黒い毛が風もないのに波打ち、静電気だろうか、ときおり青白い光が積乱雲の中の稲妻のようにスパークしていた。
「何なんだ、こいつは」
そいつは低いうなり声で俺を威嚇しているようだった。
俺は後ずさりをしながら、どうにかこいつから逃れる方法を探していた。
しかし、背後からも同じうなり声が聞こえたとき、自分が想像以上の危機的状況に陥っていることに気づいた。
「囲まれた……」
すでにそいつ等は十数匹に増え、俺の周囲をぐるりと囲み、今にも俺に飛びかかろうと構えていた。
「冗談だろ、おい」
いつかの悪夢の続きを見ているのだろうか?
正面の怪物が俺に飛びかかってきた。
「うわーっ!」
銃声がした。
『ギェーー!』
怪物が不気味な声で絶叫し、もんどり打って倒れた。
周囲の怪物たちは一斉に銃声のあった方向を向いた。
再び銃声がして、もう一匹の怪物が倒れた。
銃撃は公園の中からだった。
銃撃?
俺の周りの怪物たちは、既に俺を無視して公園の暗がりへ意識を集中している。
突然、公園の柵を跳び越え、白い人影が飛び出してきた。
「サキ?」
サキだった。
「!」
サキは両手に小型のサブマシンガンを持ち、こちらに向かって走り込んできた。
え? サブマシンガン?
サバゲ-が趣味という友人が似たような物を持っていた。
まさか本物?
「伏せて!」
サキが銃口を俺の方へ向けながら叫んだ。俺はとっさに身を伏せた。と同時に俺の頭上で銃弾が空気を切り裂く音がした。
本物だ!
エアガンなんかじゃない。
俺の背後にいた怪物が数匹、同じく不気味な声を上げて倒れた。
サキはそのまま俺に走り寄ると、俺の頭上を飛び越えながら両手のサブマシンガンを左右に向け、周りの怪物を一掃した。
「後ろ!」
俺は思わず叫んだ。
サキの背後から一匹の怪物が襲いかかろうとしていた。
しかし、別の方向から銃声がして怪物はあさっての方向へ吹き飛ばされた。
「サキちゃん、大丈夫?」
サキが来た方角からシャルも走ってきた。
手には短く切り詰めたポンプアクションのショットガンを持っている。
こっちはショットガンかよ。
「気を付けて! まだいるかも……」
サキが振り返って言った。
俺は中腰になって起きあがり、辺りを見回した。
工事中のマンションを囲むフェンスの上に、不気味な赤い炎を見つけた。
「おい、あそこ」
俺は炎の方を指さした、赤い炎は狐のような姿になり、フェンスから降りこちらに向かってきた。
「まかせて」
シャルがショットガンを撃った。
怪物は声を上げるまもなく四散した。
「これで最後?」
サキが銃を構えたまま言った。
「これで終わりのようね」
マリアだった。
いつの間にか背後に来ていた。
手にはライフルを切り詰めたような大型のハンドガン。
スコープを乗せている。
「何なんだ、今のは…… 。それにおまえたち……」
声が震えている。
緊張から解放され、あらためて感情の波が押し寄せた。
膝がガクガクと震えていた。
鼓動は周囲に聞こえるかと思えるほど高鳴っていた。
呼吸はまだ乱れていた。
助かったという安堵より、つい今し方の異様な光景にショックを受けていた。
あまりにも非現実的な光景に、理性を保っていられたのは奇跡と言えた。
「低級妖魔」
サキが答えた。
「妖魔って……」
「あなたの血の匂いに引き寄せられたの」
今度はマリアが言った。
「血の匂い?」
何なんだそれは。
「あなたの家と通学路、学校がある町には結界を張ってあったんだけど、ここは隣町になるのね、誤算だったな」
マリアは電柱の住所表示を見ながら言った。
「解った? これが私たちの仕事よ」
シャルがショットガンを撃つ真似をしながら言った。
仕事?
銃で魔物を退治するなんて……
「銃を使うのか」
エクソシストと言えば十字架と聖水じゃなかったのか。
「大勢を相手にするときはこれが一番安全で確実だから」
マリアが手にした銃を指して答えた。
「銃だけじゃなくて無反動砲やミサイルを使うこともあるよ」
とシャル。
「軍隊かよ!」
「まあ、戦争みたいなものね。私たちの戦いって」
そう、なのか……
「なあ、これって本物だろ」
自分でも愚問だと思った。先ほどの銃撃でこれらが玩具であるとは思えなかった。
「そうだよ」
シャルがこともなげに答えた。
「じゃあ、許可証とか持ってるんだ」
「ないよ」
シャルは即座に答えた。
「え?」
この国の銃刀法はどうなってしまったんだ。
「私たちはみんなが知っている巨大宗教の国際機関だけど、日本国内で合法的に銃を持てる身分ではないの」
代わりにマリアが答えた。
「え、それじゃ」
「日本政府には私たちが銃を持つことに関しては黙認してもらってる」
そんな、黙認て…… 。
大丈夫なのか。
「それは、私たちの使う銃弾が特殊なもので、万一人間に当たってもよほどのことがない限り致命傷にはならないから、という理由もあるの」
「特殊な銃弾?」
マリアは一発の弾丸を取り出して言った。
「これは『聖灰弾』。聖灰を固めて作った弾丸よ」
マリアの差し出した弾丸をよく見ると、真っ黒な弾頭に見知らぬ文字がびっしりと細かく刻まれていた。
「聖灰?」
「そう、昔の聖人のミイラを粉にしたものとか、古い教会の壁を砕いた粉とか、霊力の宿った灰とか粉末を固めたもので、妖魔や魔族には有効だけど、堅い物に当たると飛散してしまうから安全なの。至近距離で急所を撃たない限り人を殺すことはできないから」
聖人のミイラって……
なんて不気味な弾丸使ってるんだ。
「マリアちゃん、おまわりさんが……」
シャルが指さした方向からパトカーがやってきた。誰かが通報したのだろう、人気の少ない場所とは言え、銃を撃ちまくれば近所の住民にも気づかれる。
「銃声がしたとの通報が…… !」
パトカーから出てきた警官は三人の少女たちが持っている銃器を見て凍り付いた。
「ご苦労様です。私たち、こういう者ですけど」
マリアが警官に近づき、何かのカードを見せた。
「あ、え?」
警官はカードとマリアの顔を交互に見て、少し戸惑った表情を見せたが、最後は納得して言った。
「お勤めご苦労様です。ただ、110番通報なので何か……」
「報告書は支部の方から所轄に送らせます。それでいいかしら」
「助かります」
警官は敬礼するとパトカーに戻った。パトカーの中で無線で何やら話した後、何事もなかったかのように走り去っていった。
「話の解る人で助かった」
マリアは微笑みながら戻ってきた。
「さあ、帰りましょうか」
マリアは一旦公園に戻り、両手に大型のスポーツバッグを持って帰ってきた。そして、スポーツバッグの中に各々の銃を納めた。
「なんだ、お腹空いたんなら夕食の残りがまだあったのに」
シャルが俺の持っているコンビニの袋を見て言った。
「いや、あの……」
「今日はすまなかった、シャルの料理があんなに凄まじいとは知らなかったんだ。明日からはボクとマリアが作るから」
口ごもる俺に対して、サキがそっと耳元で言った。
今日、炊事当番だというシャルが作った夕食が殺人級に酷い代物だったのだ。
萌えキャラが料理下手って、ベタな設定はアニメだけにしてくれ!
あ、『血の匂い』の話、聞きそびれた。