決戦
CHAPTER 24(決戦)
「みんな無事か、後方の岩場へ移動、体勢を立て直す」
宮内庁特殊部隊の隊長が他の隊員の無事を確認して命令を出した。
「さあ、君たちも」
俺たち四人も隊長に促されて岩場に向かった。
そこは大きな岩が林立していて敵の攻撃から身を隠すには都合の良い場所だった。
「そうはさせるか」
悪魔は再び閃光を発した。
「うわっ!」
「きゃっ!」
今度は全員が吹き飛ばされ地面に叩きつけられた。
「大丈夫か」
俺は立ち上がると、一緒に倒れている三人の方へ向かった。
「加茂川…… 、サキ!」
サキは加茂川の下敷きになって倒れていた。
「先輩…… 、サキさん!」
「サキ!」
俺はサキを助け起こした。
「大丈夫だ、自分は普通じゃないから…… 、それよりシャルは…… 」
「シャル…… ?」
俺は二人から少し離れた場所に倒れているシャルを見つけた。
「シャル!」
白いカットソーのわき腹の部分に真っ赤な血が染み出していた。
怪我をしている!
「大丈夫か!」
俺はシャルに駆け寄り、抱き起こした。
「だ、大丈夫だよ」
シャルは弱々しい声で答えた。
「怪我してる…… 」
俺は何か止血に使えそうなものを探そうとした。
「暁くん、ちょっと、手を貸して」
え?
シャルは俺の右手を掴むとカットソーの下から自分の左脇腹へ引き寄せた。
「暖かい…… 」
俺はシャルの左の脇腹と乳房の下側に右手をあてがう形になった。シャルの柔らかい体の感触が右手から伝わってきた。
「ありがとう、だいぶ楽になったよ」
シャルは力なく笑うと俺の手を離した。
「シャル!」
「あたしはもう大丈夫、暁くんの力は本物だよ。暁くんならきっと奇跡を起こせる」
奇跡?
「ここで大人しくしてるんだ、無理するなよ」
俺は立ち上がると周りを見回した。
近くに特殊部隊の隊員が倒れていた。
俺は隊員に駆け寄ると装備品からコンバットナイフを引き抜いた。
「ちょっと借ります」
俺はそう言うとナイフを構え、悪魔の方を向いた。
俺は右手にナイフを持ち、左手でその刃を掴んだ。
「くっ!」
掌が切れ、鮮血がナイフの刃に滴り落ちた。
あまり痛みは感じなかった。
ナイフを構え直した。
「うおぉー!」
ナイフを構え、悪魔に突進した。
「ふん!」
悪魔の周囲の空気が光り、衝撃派が襲ってきた。
「ん!」
両足を踏ん張り、押し返されないように力を込めた。
くそっ、これ以上進めない。
光と風圧で前が見えない。
「先輩!」
加茂川の声がした。
空気の圧力が和らぎ、体が軽くなった。
プラズマの塊が悪魔を直撃したのが見えた。
加茂川か?
「雑魚が生意気な」
悪魔は加茂川に向かって電撃を放った。
「きゃーっ!」
稲妻が加茂川を包み込み、彼女はその場に倒れた。
「加茂川!」
チャンスだ。
悪魔の注意は加茂川に向いている。
俺は姿勢を整え、悪魔に突進した。
「!」
体が動かない?
光の輪が俺の体を包み込んでいた。
「そうはさせるか」
天使だった。
両手から光の帯が延びていた。
「くっ」
だめか……
「暁さん! きゃーっっ!」
近づいたサキは光の帯に弾かれた。
「サキ!」
天使と悪魔の連係プレイの前に、俺たちの打つ手はなくなった。
これで終わりなのか……
「?」
体が自由になった?
天使が倒れていた。
「マリア!」
マリアが天使に銃を向けていた。
「なにを…… 」
天使が苦悶の表情でマリアを睨んでいた。
「ごめんなさい」
マリアは天使に向かって引き金を引いた。
「グアッ!」
天使がもんどり打って倒れた。
「聖灰弾に暁さんの血を調合した特別製の弾丸よ。対上級悪魔用に開発したんだけど、天使にも有効だったようね」
「マリア…… 」
「天使にとっては人間の命などその辺の石ころと同じ。ひとつふたつくらいなら気軽に実験材料に使えるのよね。でも…… 人間にとってはそれはかけがえのないたったひとつの物なの。あなたには理解できないでしょうけど…… 」
マリア……
「う…… 裏切ったのか…… 」
俯せに倒れた天使がうめくように。
「あなたのことは既にバチカンで問題になっていたの。あの子たちが先走ったことをしなければ明日にでも抜き打ちで査察が入ったはず」
「マリア…… 」
「暁さん、いまのうちに」
マリアはそう言うと今度は悪魔に向かって引き金を引いた。
「ン、ガッ!」
悪魔が膝を突いた。
今だ!
俺は自分の血糊が付いたナイフを構え、三度悪魔と対峙した。
「サキちゃん!」
シャルの声だ。
サキは人間離れした跳躍力で悪魔の頭上に跳んだ。
サキはそのまま悪魔の背面に降り立ち、羽交い締めで悪魔の動きを止めた。
「暁さん!」
サキの叫びを聞いて俺は反射的に飛び出していった。
「バカにするな!」
悪魔は俺を睨んだ。
眼から圧力のある光線が発射され俺は後方に吹き飛ばされた。
目が見えない!
強烈な光のせいだった。
網膜が真っ白になり、僅かなコントラストでしか周囲を見ることができなかった。
『暁くん、左』
シャルの声が頭に響いた。
こっちか。
真っ白な視界に揺らめく僅かな影を追って俺は動いた。
『来るよ! 避けて』
俺はとっさに地面に伏せた。
頭上を衝撃派が走ったのを感じた。
『あと三メートル』
俺は素早く立ち上がると一気に距離を詰めた。
「サキ、離れろ!」
俺は叫ぶと右手のナイフに全身の体重を乗せて突進した。
「グワッ、ギャーッ」
手応えが、あった。
気を失っていたようだ。
目を覚ますとサキが隣で気を失っていた。
「サキ。 ……みんな…… 無事か…… 」
サキは返事をしなかった。
息はあるようだ。
ケガをしているのか。
体を起こした。
視力は戻っていた。
辺りはすっかり静かになっていた。
倒れた悪魔にはお札が貼られ、宮内庁特殊部隊の四人が周りを取り囲み、呪文を唱えていた。
「暫くはこれで封印できるでしょう」
栗本が近づいてきて言った。
「天使は?」
「消えました」
栗本は頭を振った。
「消えた? 死んだのか?」
「あの程度のダメージでは死ぬことはないでしょう」
そう、なのか……
「マリア…… 」
俺は呆然と立ちすくんでいるマリアを見た。
「ありがとう…… 君が助けてくれなかったら…… 」
マリアは俺の顔を見ると何故か大粒の涙を流し、泣き出した。
え? 泣いた?
「…… マリア…… 」
俺は何か声をかけようとしたが、言葉が出て来なかった。
「たとえランクが低いとはいえ、悪魔との直接戦闘で犠牲者が出なかったのは奇跡と言っていいでしょう」
栗本は辺りを見回しながら言った。
「奇跡じゃないよ!」
シャルの声だ。
「摩耶ちゃんがみんなを守ってくれたんだよ」
俺はシャルの方を見た。
シャルは倒れた加茂川を膝の上で抱き抱えていた。
「加茂川!」
俺は加茂川に駆け寄った。
加茂川は電撃の直撃を受けたはずだ。
顔色は土気色になり完全に血の気が失せていた。
「しっかりして、意識を閉じないで」
シャルは泣きそうな声で加茂川に話しかけた。
「せ、先輩…… 」
加茂川が目を開いた。
「加茂川…… 、摩耶…… 」
こんな時、手も握れない俺の運命を呪った。
「…… お願い…… 」
加茂川が手を伸ばしてきた。
しかし……
「暁くん、握ってあげて」
シャルが言った。
「でも…… 」
今の俺の掌には汗や脂どころか、べったりと俺の血が付いている。こんな状態で加茂川の手を握ったら大変なことになる。
「せ、先輩…… 、暁、さん…… 」
「早く! …… 」
シャルの真剣な言葉に、俺は意を決して加茂川の手を握った。
「!」
柔らかく温かい手だった。
大丈夫なのか?
「加茂川!」
加茂川は眼を閉じた。
「大丈夫眠っているだけ」
シャルが言った。
「暁くんの血にはヒーリング効果もあるって、あたしで実証済みでしょ」
「でも、俺の血は…… 」
「摩耶ちゃん、賭に勝ったの。奇跡が起こったのよ」
シャルは意味深に微笑んだ。
「賭?」
「『聖なる血』の真の意味は神からの自由…… 」
栗本の声だった。
神からの自由?
「それはどういう意味なんだ?」
「言葉通りの意味です」
栗本が笑みを浮かべた。
言葉通りの、意味?




