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悪魔

CHAPTER 23(悪魔)


 光に目が慣れてきた。

 見ると、シュミット神父は神々しく輝く天使の姿に変わっていた。

 黒い神父の服装は純白になり、背中には輝く大きな翼が生えていた。


「やめなさい、人間ごときが天使にはかないません」

 なおもプラズマを発生して攻撃しようとする加茂川に天使になった神父が言った。

 シャルとサキは呆然と立ちすくんでいるだけだった。

「だから無駄な抵抗、って言ったのよ」

 とマリア。

「マリア…… 、君も…… 」

「私はただの人間よ」


「しかし、第二のイエスの母として選ばれた…… 」

 天使が言った。


「えええーーーーっ!」

 シャルが叫んだ。

「マリアちゃんそれって…… 」

「ちょっと待て、イエスの母って」

 俺は少し混乱してきた、第二のイエスの母になるって、俺はどうなるんだ?

「君の魂を移植したホムンクルスを、一度、胚の状態まで時間を遡らせてから、マリアの子宮に移す」

 天使が答えた。


 そ、それって…… 

「処女懐妊?」

「そういうことだ、神を生み出すにはいろいろと面倒な手続きが必要でね」

「え? マリアちゃんてバージンだったの?あたしてっきり…… 」

 シャルが素っ頓狂な声で言った。

「ば、ばか、…… 」

 マリアは顔を赤らめ下を向いた。

「じゃあ、あの大学生とはどうなったの?」

「あ、あの人とは何でもないって!」

 マリアは慌てて反論した。

「お、おまえまさか…… 」

 天使が狼狽してマリアに尋ねる。

「私はまだ純潔です!」

 声がうわずっている。 

「じゃあ、加茂川は…… 、加茂川はどうなるんだ」

 先刻、この計画は加茂川の存在がスタートの引き金になったと聞いた。

「ホムンクルスの胚の栄養分になってもらいます。まあ、肥料ですね」

 天使が答えた。

「何っ?」

 肥料?

「聖なるパワーを確実に移植するために、確率操作者ラックブレイカーの魂を栄養分として吸収させるのです」

 しかし、加茂川と俺は…… 

「ただし、確率操作者ラックブレイカーは『聖なる血(ホーリーブラッド)』に触れると消滅してしまうので、その前に魂の浄化を行う必要があります」


「魂を肥料にとか、浄化とか、おまえら人間をなんだと思ってるんだ!」

 絶対に許さない。

 

「さあ、おしゃべりは終わりにしましょう」

 天使は両手を広げた。

 両方の掌から光の玉が現れ、俺と加茂川を包み込んだ。

「!」

 動けない!

 体が硬直して指一本動かすことができなかった。

「暁くん! あっ!」

 シャルが俺に駆け寄ってきたが、光の玉にぶつかり、弾かれるように尻餅をついた。

「シャルとサキはもう一度学習室で反省ね。一週間」

 マリアはホムンクルスに何かを指示した。

 数人のホムンクルスたちがシャルとサキに近づいていった。


「もう、判ったからこっち来ないでよ」

 シャルは銃を降ろし、ホムンクルスを睨みつけた。

「暁くんごめん、もうこれ以上は…… 」

 シャルは泣きそうな表情で言った。

 ありがとう、シャルもサキもこれ以上無理はしないでいいよ。

 全身が麻痺しているので言葉にすることはできなかった。

 シャルが俺に背を向け、マリアと天使の方向へ歩きだしたとき、その声は聞こえた。

『気をつけて、上から誰か来る』

 ?

 シャルの声か?


 その時、大音響が洞窟に鳴り響いた。


 銃声?

 不意に体の自由が戻った。

 洞窟の上の方に数人の黒い人影が見えた。


「うぐ…… 」

 天使が苦しそうにうずくまっていた。

 何が起こったんだ?


「よかった、神滅弾は天使にも効いたぞ」


 洞窟の上の方から数本のロープが下りてきた。

 数人の人影が降りてきた。


 五人の男たちだった。

 ひとりが黒いスーツ、四人が完全武装の特殊部隊のような格好をしていた。

 スーツの男に見覚えがあった。

 タウの寺院だ。


「間に合ったようですね。結界を突破するのに時間がかかってしまったので心配だったのですが…… 」

 タウの寺院の男が言った。

「…… 」

 助けられた?

 悪魔崇拝の連中に?


「加茂川摩耶さん、ですね」

 男は俺を無視し、加茂川に近づいて言った。

「は、はい…… 」

 加茂川も不思議そうな顔で答えた。

「あのー…… 」

 俺は黒服の男に声をかけようとした。

「どうしてあんたたちがここに!」

 と、横からシャルが叫んだ。

「私たちはタウの寺院極東支部、特別保護班の栗本です」

 栗本と名乗った男は振り返って言った。

「特別保護班?」

「はい、この加茂川摩耶さんのように、魔族の因子を持つ我が同胞を、迫害から保護する為に活動しています」

「迫害…… 」

「我々は能力に目覚めた加茂川摩耶さんが、聖モニカ修道会に拉致監禁されたとの情報を得て追ってきたのですが、様々な妨害にあってここまでたどり着くのに相当の時間がかかってしまいました」

 拉致監禁?

 妨害?

 なんかものすごく誤解してるんじゃないのか、この人たち…… 

 いや、誤解していたのは俺たちも同じなのかも…… 

「それって誤解…… 」

 シャルが何か言おうとした。

「誤解?」

 怪訝な顔の男に、俺が今までの経緯を説明しようとしたとき、後ろで大きな叫び声がした。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉー!」

 天使が髪をかきむしり絶叫していた。

「よくも私の美しい体に傷を付けてくれたな」

 純白だった天使の顔、腕、羽根に薄茶色の醜いシミができていた。先ほどの銃撃によるものだった。

「!」

 完全装備の兵士たちが天使に銃を向けた。

 日本人?

 よく見ると彼らは日本人のようだった。

 タウの寺院も聖モニカ修道会のように戦闘部隊を持っているのか?

「宮内庁工務課第二救護班のみなさんです」

 栗本が言った。

「宮内庁?」

「日本には昔から怪異と戦う特殊部隊があります。古くは源頼光とその四天王とか…… 」

 平安時代かよ!

「今回、緊急事態ということで我々に協力してもらったのです。我々は平和主義がモットーなので戦闘部隊を持っていません」

 悪魔崇拝者が平和主義?

 宮内庁の特殊部隊?

 世の中どうなってるんだ?


「先生! 山田先生ーっ!」

 天使が叫んだ。

 山田?

 あっ、あの悪魔のことか。

「きゃ…… 」

「地震?」

 地面が揺れだした。

 地面だけじゃない、空間そのものが揺れているのだ。

「うっ」

「あ…… 」

 空中に黒い球体が現れ、その周りを紫色の稲妻が取り巻いていた。

 球体はやがて人間のシルエットとなり、それはスーツにネクタイ姿の男に変わった。

 こいつは…… 

 男の顔は先刻、地下の広間で鎖に繋がれていた悪魔の顔に似ていた。

「おまえは…… 」

 栗本が指さした。

「神に魂を売った裏切り者!」

 え?

 神に魂を売った、って…… 

 悪魔に魂を売った、ていうのなら聞いたことあるが…… 

「ふん、既得権益を守るためだけに汲々とする小物どもめ、おまえたちこそ神に飼い慣らされ、牙を抜かれた負け犬だ!」

「何を!」

 その時、宮内庁の特殊部隊が発砲を開始した。

「サキちゃん、あたしたちも」

 続けてシャルとサキも悪魔に対し攻撃を始めた。

「ふん」

 悪魔は一瞬、黒い煙に包まれた。

 次の瞬間、煙は閃光を放ち激しい衝撃が俺たちを襲った。

「うわ!」

 宮内庁は全員吹き飛ばされ、地面に倒れた。栗本も衝撃で後ろの岩に叩きつけられていた。

「?」

 俺と加茂川、シャル、サキは無事だった。

「加茂川!」

 加茂川が俺たちの周囲にプラズマ状のバリアを張っていた。

「大丈夫か、無理するな」

 俺は加茂川に声をかけた。

 加茂川はぎこちない笑顔で返した。

「栗本さん」

 俺は倒れている栗本たちに声をかけた。

「だ大丈夫、だ。神田明神のお札が効いている」

 栗本は上半身を起こしながら答えた。

 お札?

「限定品の巫女りかちゃんキーホルダーも効果あったみたいだ」

 栗本はポケットから小さな人形のついたキーホルダーを取り出して見せた。

 おまえも萌えキャラかよ!



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