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地下迷宮

CHAPTER 22(地下迷宮)


「先輩」

 俺の後ろで加茂川の声がした。

 振り返ると目で何か合図するのが見えた。

「何を…… 」

 俺が何言いかけたとき、加茂川はしゃがみ込んでプールの水に手を当てた。

 すると水面が波打ち、まるで沸騰したように水蒸気が部屋全体に立ちこめた。

 瞬く間に部屋の中が濃霧に飲み込まれたように真っ白になった。

 視界が完全に遮られた。

「先輩」

 加茂川の声がして、誰かが俺のシャツのわき腹の部分を引っ張った。

「オー、マイ…… 」

 神父の声がした。

「ちょっと待ちなさい」

 マリアが手探りで追いかけてきた。

「先輩、こっちです」

 加茂川の周囲だけ、水蒸気の霧が晴れていた。

 まるで加湿器だな…… 

 エネルギーの高い水の分子を空中に集め、冷たい空気にぶつけることによって一気に霧を発生させたのだろう。

「出口は判るのか?」

「こっちです」

 俺は加茂川の後に続いて走り出した。

 俺たちの周囲だけ、霧が晴れている。

「逃げられると思ってるの!」

 マリアの声が近づいてきた。

「ごめんなさい」

 そう言いながら加茂川は声のした方向に右手を差し出した。

 加茂川の指先から小さなプラズマ球が飛び出し破裂した。

「きゃっ」

 マリアがかわいい悲鳴をあげた。

 あの声の様子ならたいした怪我はしてないだろう。



「ここは、どこだ…… 」

 メインロッジの地下施設は富士山麓に無数に存在する風穴を利用して作られていた。

 俺たちは迷路のような洞窟の中をさまよっていた。


 幸いなことに、洞窟は完全な暗闇ではなかった。

 天井に裂け目があり、地表から月明かりがこぼれている。それほど深い洞窟ではないようだ。

「こんな状況じゃなきゃ、感動的な風景なんだが…… 」

 洞窟の中には地表の割れ目から青白い月の光が幾筋も差し込み、洞内は幻想的な光景が広がっていた。


「出口を探さなくちゃ、って、出られるのか?」

 冷静に考えると俺たちはまだ窮地に追い込まれている。

 はたしてここから脱出ができるのか、全く自信がなかった。

「先輩、あれ…… 」

 加茂川が後方を指さした。

 無数の小さな光が揺れていた。

「追っ手か」

 ライトを持った修道会の追っ手が近づいて来るのが見えた。

「どっちへ行けばいいんだ…… 」

 俺はこれ以上洞窟を進むことを躊躇していた。

 目の前には迷路のような真っ暗な洞窟が続いている。

 逃げようにもライトも懐中電灯も持ち合わせていない。

「とりあえずどこか隠れる場所を探そう」

 俺は加茂川を促した。

 追っ手が近づいてきた。

 ホムンクルスだった。

 薄緑色の怪物じみた容姿は、薄暗い洞窟の中ではことさらに不気味に見える。

 片手にライト、片手に銃身と銃床を短く切り詰めた散弾銃を持っていた。

「銃を持ってるのかよ…… 」

 俺たちは小さな岩のくぼみに隠れていた。

 ホムンクルスたちは岩の隙間やくぼみをライトを使って虱潰しに調べている。


 俺たちが見つかるのは時間の問題だった。

「俺が囮になるから加茂川は隙を見て逃げるんだ」

 俺は覚悟を決め、そう言うと岩陰から飛び出そうとした。

 先頭のホムンクルスを倒し、銃を奪うつもりだった。

 ついにライトの光が俺を捕らえた。

「行くぞ!」

 ホムンクルスが俺を見つけ、仲間を呼ぶそぶりをした。

 俺はホムンクルスが銃を構える前に跳躍し、腰にタックルした。

「ギャッ」

 ホムンクルスは不気味な悲鳴を上げ倒れた。

 俺は素早く立ち上がるとホムンクルスが取り落とした散弾銃を拾おうとした。

「!」

 目の前に銃口があった。

 二体のホムンクルスが俺に散弾銃を向けていた。

 絶体絶命というのはこのことか。

「判った、降参だ…… 」

 俺は観念して両手を挙げた。

 神父は俺の魂が欲しいのだから抵抗しても殺すことはないだろうが、散弾銃で撃たれればやはり痛いだろう。

 痛いのは嫌いだ。

「!」

 突然の銃撃だった。

 俺の目の前のホムンクルスがいきなり何かに弾かれたように倒れた。

「おまたせー」

 シャルの声がした。

 洞窟の岩の上、一段高くなっている場所に二人の人影があった。

 シャルとサキだった。

 シャルとサキは岩の上から追っ手のホムンクルスたちを次々と狙撃していった。

「ドアの暗号キー解除するのに手間取っちゃって」

「だからはじめからショットガンで壊せって」

「サキちゃん、それ女の子の台詞じゃない」

 シャルとサキが岩場から降りてきた。

 ふたりとも全長を短くしたアサルトライフルを構えていた。


「ありがとう、助かったよ」

 言いながら俺はサキを見た。

 この子がホムンクルスだなんて全く信じることができない。


「!」

 倒れたホムンクルスは銃弾を受けた部分からグズグズと崩れだしていた。

「第一世代は細胞の結合力が弱いから」

 シャルがこともなげに言った。

「魂のない単なる有機体、ただの人形よ」

 シャルの言葉の陰で、サキは複雑な表情で崩れゆくホムンクルスを見つめていた。

「じゃ、出ようか」

 シャルはそう言うと銃に装着しているライトを洞窟の奥へ向けた。

「出られるのか?」

「うん、こっちに出口があるから…… 、でも良かった、東へ向かってたら行き止まりだった」

 何も考えずに逃げてきただけなんだが…… 、そうか、これも加茂川の能力のおかげなのか。


「そうだ、俺も銃を…… 」

 俺は倒れたホムンクルスが持っていた散弾銃を拾おうとした。

「だめ、暁くん」

 シャルが俺の手から銃を取り上げた。

「え? 何で」

 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

「訓練を受けてない人が銃を持ったらかえって危ない」

 シャルは今まで見せたことのない真剣な表情で言った。

「でも…… 」

 俺も武器を持ってないとかえって不安だ。

「本物の銃撃ったことないでしょ。どこに弾が飛んでくか判らないから危険なの」

 確かに…… 

「それにこの弾…… 」

 シャルは銃を操作して弾を一発取り出した。

「ゴム弾だからホムンクルスには効かないよ」

 シャルは取り出した弾をライトにかざして見せた。

 弾の中には半透明の赤い液体のようなものが詰まっていた。


 洞窟は狭い通路が続いていた。

 天井から照らされる外部の光はなくなり、完全な暗闇だった。

 シャルとサキのウエポンライトがなかったら一歩も進めなかっただろう。


「わ…… 」

 はじめに声を上げたのは加茂川だった。

「これは…… 」

 洞窟は唐突に広い空間になった。

 しかも広大な空間は大部分が水で満たされていた。

「こんなところに地底湖か…… 」

 広大な地下空洞は天井の遙か上の方が地上と繋がっており、月の光が射し込んでいた。

 長年にわたって浸食され、複雑な形状に削られた岩と、僅かに波打っている水面に、天井の隙間からこぼれる青白い光が幻想的な光景を作り出していた。


「右の方から回り込めば上に登れる道があるよ」

 シャルは言いながら先頭に立って歩きだした。

「早く行かないと追いつかれちゃううよ…… 」

 シャルは美しい地底湖の光景に見とれている俺と加茂川を促した。

 シャルたちには見慣れた光景なのかもしれない。しかし、俺や加茂川にとっては一生に一度見られるか判らない絶景だ。


「よく来るのか?」

 俺はシャルの背中に訊いた。

「うん、10回くらいかな…… 、年に二回くらい入り口の結界をチェックするために…… 、冬場は氷が張ってて歩くの大変なんだ」

 シャルは前を向いたまま答えた。


「やっぱりあなたたちは想定の範囲内の行動しかしないのね」

 マリアの声がした。

 振り向くとマリアと神父が立っていた。

「あなたは神になりたくないのですか?」

 と、神父。

「冗談じゃない、人格が消滅したら意味ないだろう!」

 俺は言い返した。

「ジュースあげるのに…… 」

 神父は紙パックのリンゴジュースを高々と掲げた。

「献血じゃねえ!」


「先輩、下がって」

 背中越しに加茂川の声がした。

「何?」

 加茂川は地底湖の水面に近づくと両手を水の中に入れた。

「! …… 」

「オウ…… 」

 俺たちの周囲に霧が立ちこめた。

 先刻のプールの部屋でやったように、確率操作で水の分子を操って霧を発生させたのだ。

「無駄な抵抗はやめなさい!」

 マリアが叫んだ。

「同じ手は通用しませんよ」

 神父がそう言うと、神父の周りが光りだした。

「え?」

「あ…… 」

 俺、加茂川、シャル、サキの四人は一斉に声を上げた。

「天使…… 」

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