修道会
CHAPTER 18(修道会)
今日は夜遅いということで、俺たちはピラミッドの上部にある宿泊施設に案内された。
案内された部屋はちょっとしたホテルのスイートルームのようだった。
ダブルベッドに広い浴槽の付いたバスルーム、広いリビングにふかふかのソファ等々、豪華すぎず明るく清潔で、かなりお金がかかっていそうな部屋だった。
「うわー、広い部屋」
シャルの声がした。
振り向くと三人のシスターがいた。
グレーのシスター服を着たマリア、サキ、シャルの三人だった。
「ごめんなさい、急なことだったんで貴賓室がまだ用意できてないの」
マリアが言った。
貴賓室、て、もっと豪華な部屋があるのか。
「俺はこの部屋で十分。十分すぎるよ」
「あと、着替えも準備できなかったから、今日はこれで我慢して」
マリアが言うと、サキが持っていた籠を差し出した。
「着替え?」
「私たちの荷物、みんな海に沈んじゃったでしょとりあえずここの修道士が使っている服を借りてきたわ。サイズは合ってると思うけど」
受け取った籠の中身を見ると、白い上下の下着と頭からすっぽり被るタイプのフードの付いた白い修道服が入っていた。
「あたしたちもここのシスター服借りたんだよ。かわいいでしょ」
そう言ってシャルはその場でくるりと回った。
何故かシャルのシスター服だけスカートが短かった。しかも白いオーバーニーハイソだ。
「明日になったらちゃんとした服を用意させるから、今日はこれで我慢してね。それから、汚れ物はその籠の中に入れてドアの外に出しておいて。係の人が洗濯してくれるから」
「はあ、どうも…… 」
今日はいろいろなことが起こりすぎた。
「あ、ダブルベッドだ。ねえ、あたしもこの部屋で寝ていい?」
ベッドルームをのぞき込んでシャルが言った。
「ちょ…… 、おい…… 」
頼むからこれ以上加茂川に誤解されるような真似はしないでくれ。
「シャル!」
マリアが子供を叱るような口調で言った。
「冗談だよ。ちょっと言ってみただけ」
シャルが照れ笑いをし浮かべながら戻ってきた。
「私たちもこの階の部屋にいるから、何かあったら内線で…… 」
「005号室だよあたしたちの部屋」
マリアが話の途中でシャルが口を挟んだ。
「あの、それで、加茂川は…… 」
俺が一番気になっていたことだ。
「加茂川さんは…… 、この階じゃないけど、…… 後で調べて連絡するから…… 」
この時、マリアが少し言い澱んだのが気になったが、その時は疲れていたこともあって聞き流してしまった。
「ああ、頼む」
シスター服の三人が出ていくと、俺は早速服を着替えた。
よくマンガなどで見る修道服だった。
服を着替え、汚れた衣類を籠に入れた。
やはり加茂川が気になる。
しかし、スマホも着替えと一緒に海の底だ。
連絡の取りようがなかった。
俺は部屋に備え付けの電話をとり、マリアたちの部屋へ内線をかけた。
「なんだ、いないのかよ」
一分ほど呼び出し音を鳴らしてみたが、いっこうに相手が電話に出る気配はなかった。
「なんか腹減ったな」
下田からの車中では出発前に渡された軽食くらいしか食べていなかったし、喉も渇いていた。
「ルームサービス、なんてないだろうな…… 」
突然、チャイムが鳴ってドアが開いた。
「やっほー、ルームサービスだよ」
シャルが大きなバスケットを抱えて入ってきた。
「え? ちょっと…… 」
「暁くん、お腹空いてると思って」
テーブルの上に置かれたバスケットには様々な種類のパンとティーポットが入っていた。
「あ、ありがとう」
バスケットからは焼きたてパンの香ばしい香りと、紅茶のいい匂いがしていた。
「あー、おいしかった」
ミルクティーを飲みながらシャルが言った。
「ありがとう。本当に腹が減っていたところだったんだ」
バスケットの中には結構大量にパンが入っていたのだが、気が付けば俺とシャルで全部平らげてしまっていた。
「ところで暁くん…… 」
シャルが大きな目でこちらをじっと見つめていた。
「な、なんだ…… 」
俺はまた迫られるのではないかと、一瞬身構えた。
「暁くんは加茂川さんの、どこが好きなの?」
「ど、どこが、って…… 」
初めて見たとき、自分が護ってあげなきゃと思った。
「たしかに加茂川さんて美人だし性格もいいかもしれないけど…… 」
シャルはティーカップを両手で包み込むように持ち、少し俯き加減で言った。
「暁くんとじゃ、手も握れないしキスもエッチもできないんだよ。…… 女の子ってそんなんじゃ満足できないよ」
「…… 」
確かにシャルの言うとおりだった。
俺自身は加茂川との関係については割り切ったつもりだった。たとえ指一本触れることができなくても、俺は生涯加茂川を愛し守り抜くつもりだった。
しかし……
俺は加茂川の気持ちまで考えたことがあるだろうか。俺と一緒にいることで危険なのは加茂川の方なのだ。今回のことだって俺が一方的に加茂川を巻き込んだようなものだ。
本当に彼女が今の関係で納得しているのだろうか?
「判ら…… ない…… 護ってあげなきゃと思う…… でも」
「それって同情?」
「…… 」
「ま、いいや」
シャルはバスケットの中に空になったパン皿とティーセットを手早く片づけると、それを抱えてドアの方に向かった。そしてドアの前でくるりと振り返った。
「あたし、まだあきらめてなからね」
笑顔でそう言うと後ろ手でドアを開けた。
「それから、やっぱり加茂川さんはここに連れてくるべきではなかったみたい」
「それはどういうことだ」
俺は思わず立ち上がっていた。
「魔族が教会のテリトリーに入るってことは…… 」
そこまで言ってシャルはドアの向こうに消えた。
「ちょっと待て、シャル!」
俺はドアに駆け寄り廊下に飛び出した。
「いない?」
廊下を見回してもたった今出て行ったはずのシャルの姿はどこにもなかった。
「…… 、どうなってるんだ」
俺は部屋に引き返した。
魔族が教会に、って。
確かに、誰も加茂川が泊まって入る部屋を教えてくれなかったし、ここに着いてからの三人の言動にも腑に落ちないことがあった。
「まさか…… そんなことは…… 」
俺は歴史の教科書で見た魔女裁判の拷問を思い浮かべていた。
やはり心配だ。
加茂川を捜す?
でもどうやって?
「あれ? これは…… 」
先刻食事をしたテーブルの、シャルの座っていたいすの下に何か光るものが落ちていた。
「カード?」
拾い上げてみるとそれは『class-A』と書かれた銀のカードだった。
「カードキーか」




