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萌えは世界を救う?

CHAPTER 17(萌えは世界を救う?)


「わーい、おさかなー♪」

 シャルはボートから身を乗り出して海面を覗いていた。

 サキはサブマシンガンを握りしめ水平線の彼方をにらんでいた。

 加茂川はボートの隅の方で膝を抱え小さくなっていた。

「大丈夫、すぐ助けが来るって」

 俺は不安げな表情の加茂川を安心させるため、声をかけたが、彼女は顔を上げ優しく微笑んだだけだった。


「なあ、あの怪物…… 妖魔はなんで襲ってきたんだろう」

 ボートの後部で海を見ていたマリアに俺は訊いた。

「…… 」

 マリアは目を閉じて何か考えていた。

「妖魔って奴らの仲間じゃなかったのか」

 マリアはゆっくり目を開きながら答えた。

「まさか、ね…… 」

「心当たりがあるのか?」

 俺たちを襲ったのはてっきりタウの寺院だとばかり思っていた。

 しかし、この期に及んで別の勢力が俺たちを狙っているというのだろうか。


「それから、俺が敵に捕らわれそうになったら俺を殺すってのは本当なのか」

 俺は先刻から心に引っかかっていたことを訊いた。

「あれはね」マリアは俺に向き直りながら答えた。「半分はブラフだけど半分は本当」

 マリアは怪しげな笑みを浮かべていた。

「ほ、本当なのか…… 」

 改めて聞くとやはりショックだった。

「でも安心して、何億人にひとりっていう貴重な存在を簡単に殺したりなんかしないから。それに、あの銃に入ってたのは聖灰弾だから人は殺せない」

「…… 」

 マリアはいつもの顔に戻って言った。

 簡単に殺さないと言われたものの、俺の生殺与奪が連中に握られていることに代わりはない。


「船が来る」

 海を見ていたサキが指を指した。

 その方向に小さな船影が見えた。陸地の方向だ。


 船はまっすぐにこちらへ向かってきた。漁船のようだった。

「ずいぶん早かったのね。通常の救難信号は出してないから修道会がチャーターした船だと思うけど」

 マリアは双眼鏡を構えると、迫り来る船の方向へ向けた。

「あ…… 」

 マリアは一言発して一瞬、固まった。そして無言で俺に双眼鏡を差し出した。

「あの人…… 」

 双眼鏡に大写しになったのは、疾走する漁船の舳先に仁王立ちになり、高笑いしているヨゼフ・シュミット神父の姿だった。



 漁船が近づいてきた。

 神父は舳先に立ったままだ。

 神父はやおら両手を広げ満面の笑みを浮かべた。


「今時、タイタニックって……」

 マリヤが呟いた。

 タイタニック?


 神父が歌う。

『えんだぁーーーーー 』

「曲、間違ってる……」 



「またお会いできましたね、ミスター・ホーリー・ブラッド」

 シュミット神父は漁船の甲板に引き上げられた俺を目ざとく見つけると駆け寄り抱擁した。

「う…… げ…… 」

「神父自らお出ましとは珍しいですね」

 俺の後ろからマリアが言った。

「それはそうだよ、彼は我々の最重要人物だからね」

 神父は俺を抱擁したまま答えた。

 そろそろ息苦しいんですけど…… 



「これからどうなるんだ俺たち」

 漁船の手すりに掴まりながら俺は隣のマリアに訊いた。


 自宅のベランダから旧ソ連の軍用ヘリに乗り込んだと思ったら、米海兵隊の軍艦に強制着艦。

 その軍艦が怪物に襲われ命からがら逃げ出したら太平洋に不時着し、救命ボートで漂流したところを漁船に助けられたのである。

 一日で起こった出来事にしてはあまりにも波瀾万丈すぎる。

 今日はもうこれ以上何も起きて欲しくない。


「下田からメインロッジに向かうそうよ」

 さすがのマリアも疲れた顔をしていた。

 サキと加茂川は船室で休んでいた。

 シャルだけが甲板上ではしゃいでいた。

「メインロッジ?」

「一番安全な場所よ」

 マリアは水平線を見つめながら答えた。


「でも、連中はまだ追ってきてるんじゃないのか」

 米軍まで動かすことのできる『タウの寺院』だ。いつどんな方法でまた襲ってくるか判らない。

「一応、バチカンの方から外交ルートを通じて米軍に釘さしてもらったからしばらくは大丈夫でしょう。それに、ロッジに入ってしまえば連中は絶対に手出しできない」

 マリアは俺に向き直りきっぱりと言った。

「それから、前から気になっていたんだが、あの小さな連中はなんなんだ」

 以前、シュミット神父が初めて俺の家に来たときに一緒にいた、不気味な顔をした背の低い人間がこの船にも何人か乗っていたのだ。

「…… 、あれ、人間じゃない」

 マリアは顔を歪めた。


「人間じゃないって…… 」

 意外な回答に俺は言葉に詰まった。

「ホムンクルスよ」

「ホムンクルスって、あの錬金術の、か?」

 確かに連中は人間離れしいるが、まさか本当に人間ではなかったとは…… 

「そう、シュミット神父が錬金術で生み出した人造人間」

 神父が錬金術師?

 しかし、ホムンクルスなんて空想の存在かと思っていたけれど本当にいたんだ。いや、エクソシストも妖魔も実在したのだからホムンクルスだって…… 

 マリアは続けた。

「もちろん、修道会…… だけじゃなく総本山のバチカンも錬金術は禁止しているわ。でも神父は中央の目が届かないのをいいことに錬金術とかいろいろな魔術に手を染めているのよ。シャルに魔法を教えたのも神父よ」

「そうなのか…… 、でも、ばれたらやばいんじゃないのか」

「間違いなく破門ね、けどね、あの人、子供みたいなところがあるから」

 マリアは微笑を浮かべていた。

 あの人?


「おなかすいたー」

 下田の漁港に上陸すると同時にシャルが叫んだ。

 既に陽は暮れ辺りはすっかり暗くなっていた。

 確かに腹は減っている。今日はいろいろなことがあり過ぎた。

「お弁当用意してもらったから車の中で食べて」

 マリアが苦笑しながら言った。


 メインロッジからの迎えの車は海外のVIPが乗るような防弾リムジンだった。そして、護衛として四台の黒塗りのベンツが前後に付いていた。

 俺と加茂川、シャルとサキはリムジンの後部座席に乗ったが、マリアは神父と一緒に別の車に乗り込んだ。なんでも急いで報告することがあるからだという。


 俺たちを乗せた車列は下田の市街地を抜けると山道に入った。

 標識を見ると国道414号線とあった。

 途中、シャルがお菓子を食べたいとだだをこねたのでトイレ休憩を兼ねてコンビニに寄った他は、特に何の妨害もなく沼津インターに入った。

 そこから東名高速を東京方面へ走り御殿場で降りた。

 そして夜の闇に大きく聳える富士山を左に見ながら北上し河口湖へ出た。

 さらに富士山の裾野を西に走り、深夜の鳴沢村へ到着した。そして気が付くと、車列は真っ暗な樹海の中に入って行った。


「もうすぐ着くって」

 携帯電話でマリアから連絡を受けたシャルが言った。

 窓の外を覗くと鬱蒼と茂る木々の向こう側にピラミッドのような建物が夜空に浮かび上がっていた。

 ピラミッド?



 聖モニカ修道会日本支部のメインロッジは富士の樹海に聳え立つ巨大なピラミッドだった。

 既に深夜になっていたので外観の色は判らなかった。

 中に入ると大理石でできた広大なホールが現れた。


 ホールには宗教的意匠を形にした彫刻が無数に配置され、壁と天井にはこれも聖書をモチーフにした壁画が描かれていた。

 少し気になったのは、宗教画といえばラファエロとかダ・ヴィンチのような重厚なものを想像していたのに、ここの壁画は人物がアニメのようなキャラ絵になっていることだ。

「萌えは世界を救う」

 突然、神父が言った。

「ここの壁画は神父の趣味で有名なイラストレーターやアニメーターに原画を描いてもらったの。彫刻も美少女フィギュアの原型師に頼んだのよ」

 傍らのマリアがそっと耳打ちした。

 痛車ならぬ痛壁画かよ。

「あれなら暁くんの方が大きいね」

 突然、シャルが壁画に描かれた裸体の男性の局部を指さして言った。

「え、ちょっ…… 」

 おまえはいきなりなんてことを…… 

「どこで見たんだ」

「うふふ…… 」

 シャルの意味深な笑い。

 加茂川は複雑な表情でこちらを見ていた。

 まずい、誤解されてる。

「ち、違う、誤解だ…… 、し、シャル、おまえいい加減なこと言うな…… 」

 やばい、俺、かなり動揺している。

 こんな時こそサキにハリセンで突っ込んで欲しかったのだが、サキは何故か顔を赤くして下を向いてしまっている。

「おお、ウタマロ」

 神父が俺を見てニヤリと笑った。

 誰かこいつも黙らせろ。


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