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遭難

CHAPTER 16(遭難)


「あの、何か誤解してらっしゃるようなんですが…… うわ!」

 首にコルセットを巻いた黒衣の男があわてて何か言おうとしたとき、艦が大きく揺れた。

「あ、あれ…… 」

 シャルの指さす方向を見ると、ちょうど艦首の方向だろうか、海面から大きなぬめぬめとした巨大な紫色の物体が艦にのしかかるようにせり上がってくるのが見えた。

「な、何だ」

 俺は艦の揺れで転びそうになるのを必死に踏ん張っていた。

「鯨?」

 と、マリア。

「妖魔! それも超巨大な奴!」

 シャルが叫んだ。

 妖魔は紫色のぶよぶよとした固まりに無数の触手を持った巨大なクラゲのように見えた。

「モンスター?」

「オーマイッ!」

「ガッズィーラ!」

 違うと思うぞ。


 俺たちを取り囲んでいた海兵隊員たちは突然の出来事にパニックを起こしかけていた。

「ジーザス!」

 誰かが怪物に向かって引き金を引いた。それが合図となり甲板上にいる銃を持った兵士たちは一斉に怪物に対し銃撃を始めた。

 しかし、銃弾は怪物の柔らかい体に吸い込まれ、全くダメージを与えていない様子だった。

「聖灰弾じゃなくちゃだめよね」

 マリアはそう言うと自分たちの乗ってきたヘリを振り返った。

 聖灰弾が装填されている銃はヘリの中だ。

「アーッ」

「ギャーッ」

 怪物の触手が伸び、数人の海兵隊員をなぎ払った。

 弾かれた海兵隊員は甲板に叩きつけられ苦しそうにうめいている。

 触手はそのまま甲板上の対潜ヘリをなぎ倒した。

 隣の大型ヘリに激突したヘリは胴体部分がひしゃげ横転した。

「危ない!」

 加茂川が叫んだ。

 怪物の触手が俺たちの頭上に迫っていた。

「!」

 マリアと俺は甲板に伏せた。

 巨大な触手は俺の頭上で空を切った。

 触手がもう一度俺たちの方向に迫ったとき、突然、何かが爆発したように触手が弾け飛んだ。

「みんな、戻って!」

 シャルだった。

 シャルはいち早くヘリに戻り、ショットガンを持って帰ってきたのだ。

 シャルはヘリのドアに立ち、ショットガンを構え、再び迫ってきた触手に向かってもう一発発射した。

「みんな、急いで」

 マリアが周りを見回しながら言った。

 俺たちは一斉に立ち上がりヘリの方向へ走り出した。

 海兵隊員や黒衣の男たちは巨大妖魔に気を取られ、俺たちを制する者は誰もいなかった。

 俺は加茂川の手を引こうと差し出そうとしたが思いとどまった。


 マリアは操縦席に座ると直ちにエンジンを始動させた。

 最後に乗り込んだサキはシャルから渡されたショットガンで近づいてくる妖魔の触手を狙い撃ちしていた。

「サキ。そっちはシャルに任せて操縦席へ」

 サキは副操縦席に向かった。

「みんな、何かに掴まって!」

 マリアが叫ぶとロシア製のヘリコプターは混乱の続く強襲揚陸鑑の飛行甲板から飛び立った。


「!」

 ヘリが離艦し、高度を上げようとしたとき、大きな衝撃があった。

「左! シャル。左のドアを開けて下を見て!」

 マリアが叫んだ。

「お、OK」

 シャルが立ち上がり機体左側のドアを開けた。

「!」

 2度目の衝撃!

 シャルが開けたドアから落ちそうになる。

「危ない!」

 咄嗟にシャルの上半身を抱えるように引き寄せると、自分も落ちないようにドアの縁に手をかけた。

 下を見ると紫色の触手がヘリコプターの車輪に絡まっていた。

「あ、ありがとう。でも、ちょっとそのまま」

 シャルはそう言うと、ヘリの下方へ身を乗り出してショットガンを撃った。

「きゃっ!」

 触手から解放されたヘリは反動で大きくロール。

 俺はシャルを抱えたままドアの反対側へ飛ばされた。


「うーん」

 気が付くと、硬い物と柔らかい物に体が挟まれている。

 硬い物はヘリの内壁、柔らかい物はシャルの……

「暁君て以外と大胆」

「わっ!」

 シャルの胸の辺りから手を放す。

「い、今のは事故だから」

 加茂川の視線を感じ、言い訳じみた台詞を吐いた。

「摩耶ちゃん、ありがとう。ヘリの周りに上昇気流を作ってくれたのね」

 それで風に押し戻されたような感覚があったのか。

「あの、それは…… 」

 加茂川は頬を染めた。

「でも、それとこれとは別」

 シャルは俺の首に腕を回すといきなり唇を合わせてきた。

「う、 …… 」


「何するんだ」

「いいじゃない。暁君はあたしのファーストキスをあげた仲なんだから」

 そう言うと、シャルはスマホを取り出し画面をこちらに向けた。

「げ…… 」

 画面には俺とシャルがキスをしている画像が……

 学校のあの時だ。

 あの時、シャルはしっかりと自撮りをしていたのだ。

「それには深い訳が…… 」

 まずい。

 非常にまずい。

 加茂川は既に視線を逸らしている。


「機長から乗客の皆様へ。良い知らせと悪い知らせがあります」

 マリアの声だ。

「じゃあ、良い知らせから」

 シャルが言う。

「良い知らせは、たった今、本部と連絡が付きました。本部からは既に救援部隊が向かっているそうです」

「じゃあ、悪い知らせは…… 」

「本機はふたつあるエンジンのうち、ひとつが再始動に失敗。このままだと高度維持できないのでどこかに不時着することになります。やっぱり、後付けのコンプレッサーだとパワーが足りなかったみたい」

「えー、不時着?」

「たぶん、陸地まで持たないから海へ着水することになるでしょう」


 一難去ってまた一難か……

 加茂川はいつもよりもっと不安げな表情で俺を見ていた。

 俺は彼女を安心させるため、なるべく自信たっぷりに見えるように彼女へ微笑み返したのだが、効果があったかどうかは疑問だ。むしろ、こんな時に彼女を抱きしめてやれない『聖なる血(ホーリーブラッド)』がうらめしかった。


「えー、こんなとこで海水浴? 水着持ってきてないよ」

 シャルが言った。

 問題はそこではないだろう。


「サキ、みんなに救命胴衣を配って。それから、着水と同時にヘリから救命ボートが放出されるから、みんなそれに乗るように」

 マリアが言った。

「武器はどうするの? 妖魔が襲ってきたら…… 」

 シャルが訊いた。

「重い荷物は持てないからハンドガンとサブマシンガンを一挺ずつね」

「じゃあ、あたしはこれだけね」

 シャルはポシェットの中から銀色に光る小型のリボルバーを取り出すと、一度シリンダーを開いて弾丸を確認した。

「サキはMP-9一挺と予備マガジンね」

 シャルが言った。

「了解」

 サキはスポーツバッグの中から小型のサブマシンガンを 一挺だけ取り出すとスリングを使って肩に掛けた。次に予備のマガジンを数本取り出すとファンシーキャラクターの描かれたエコバッグに入れ反対側の肩に掛けた。

「あの、俺は」

 こんな時何もできない俺自身がもどかしかった。

「暁さんは…… 、神に祈ってて」

「俺は仏教徒だ!」


「みんな、何かに掴まって!」

 マリアが叫んだ。

 次の瞬間、下から突き上げるようなショックが俺たちを襲った。


 着水したようだ。

 揺れが収まると窓の外に海面が見えた。

 ドアを開けると海水が勢いよく流れ込んできた。

「救命胴衣は外に出るまで膨らませないで! ボートは左前方、そこまで泳いで!」

 まずサキがドア付近に立ち、流れ込む海水に逆らうように加茂川、俺、シャルを機外に出した。

 外に出た俺たちはすぐに救命胴衣のバルブを引いて空気を入れた。


 オレンジ色の救命ボートはマリアの言ったとおり、ヘリの前方左側に浮いていた。


「早くヘリから離れて! 巻き込まれる」

 マリアとサキはほぼ同時に機外へ飛び出した。


 俺たちが乗ってきたヘリコプターは半分海に沈んでいた。


「思ったより浮力があって助かった。さすが元対潜ヘリ」



 全員が救命ボートに乗り移った。

「この救命胴衣、胸がきつい」

「嘘をつくな」

 シャルの不平にサキが即座にハリセンでツッコミを入れた。ていうか、何でハリセン持ってるんだ?


「すぐに救援がくると思うけど…… 、しばらくは漂流者ね」


 じりじりと照りつける太陽の下、俺たちは小さな救命ボートで大海原に取り残されてしまったのだ。


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