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拿捕

 CHAPTER 15(拿捕)


 ヘリは湘南海岸を越え海へ出ようとしていた。

 窓の外を見ると、眼下には相模湾の青い海が広がっていた。

「シャル、何か感じる?」

 マリアが助手席の窓から外を見ていたシャルに訊いた。

「ううん、今のところ何も感じないけど」

 シャルは視線を外に向けたまま答えた。

「うまく巻けた、かな」

 マリアがそう呟いたと同時に、ヘッドセットから何から何か聞こえてきた。

「え、…… そんな…… 。確かなのね…… 、うん、こっちでも連絡取ってみるけど…… 」

 マリアは進行方向左側、つまり海側で何かを探すような目をした。

「マリアちゃん、どうしたの?」

 シャルがマリアに尋ねた。

「見くびってたかも、私たち…… 」

 マリアは視線を海に向けたまま答えた。

「どうしたんだ」

 俺もマリアの表情に不安を覚えた。

「…… 」

 マリアは俺の問いには答えず空を見つめたままだった。

「マリアちゃん!」

 シャルが叫んだ。

 窓の外、俺たちのヘリコプターと平行して、星のマークをつけた戦闘機が飛んでいた。


「ハリアーII、海兵隊かよ!」

 それは米海兵隊の垂直離着陸戦闘機ハリアーⅡだった。


 米軍機は威嚇するようにヘリコプターの周囲を旋回し、時折、垂直離着陸機の特性を生かし進行方向を変えないで機首をこちらに向け、黒く開いた機関砲の砲口を見せつけていた。

「どうするんだ…… 」

 俺はマリアに問いかけようとしたが、マリアはヘッドセットと携帯電話を交互に使って忙しそうに、時に英語を交え、通信している真っ最中だった。


「まさか、在日米軍にまで連中が入り込んでいたとはね」

 マリアは言った。

「タウの寺院か」

 俺の問いにマリアはうなずいて答えた。

「これからどうするの?」

 シャルは心配そうに言った。

「あの米軍機の指示に従って飛べって…… 」

 マリアは恨めしそうに今はちょうどヘリの左後方を飛んでいるハリアーを睨んで言った。

「ねえ、摩耶ちゃん、いつかみたいに空気をプラズマ化してあの飛行機落とせない?」

 シャルが加茂川に言った。

「え、私…… 」

 加茂川は返答に困り、顔を伏せた。

「やめなさい。だめよ、そんなことしたら沖合にいるイージス艦から対空ミサイルがわんさか飛んでくるわ」

 マリアは頭を振った。


「君たち、霞ヶ関の上層部にコネがあったんじゃないのか? 日本国内で米軍機が民間機を拿捕するなんて、こんなこと許されるのか?」

「旧ソ連軍の中古なんてふざけた機体だけど。こっちはこれでも合法的に登録された民間機で正規の飛行計画を提出して飛んでいるのよ。それでもこんな強引な手段をとるなんて…… 。かなり次元の高いところからの政治的圧力が働いているようね」

 マリアは険しい顔で、絞り出すように言った。

「これからどうなるの、あたしたち…… 」

 シャルは泣き出しそうな声で言った。

 サキは無言で窓の外を見つめていた。

 俺は怯えた表情で震えている加茂川を抱きしめたい衝動に駆られたが、それが許されない自分自身の『聖なる血(ホーリーブラッド)』を呪うことしかできなかった。



「あれに着艦しろってことかしら」


 マリアは窓の外の海上を指さした。

 ヘリは米海兵隊のハリアーⅡに誘導され相模湾の沖合、伊豆大島の西側を飛んでいた。

 マリアの指さした先には米海軍の艦艇だろうか、灰色の軍艦が数隻、円陣を組んで航行していた。そして、円陣の中心には空母のような形をした大型の軍艦が見えた。

「ヘリ空母?」

 俺は甲板に乗っているヘリコプターを見て呟いた。


「強襲揚陸艦ワスプね。ほとんど空母だけど」

 同じく窓の外を見ていたマリアが言った。

「あんな所に着鑑できるのか」

 その強襲揚陸鑑は、船としては大きい方だ。

 しかし、大海原に浮かぶその姿を空の上から見るとおもちゃの船のように小さく見えた。

「ま、なんとかなるでしょ」

 こともなげに言うマリアの横顔を見ながら、このなんとか修道会っていう組織はいったいどんな巨大組織なのだと、俺は空恐ろしささえ覚えた。

 しかも敵は在日米軍って。


 ヘリはどんどん高度を下げ、強襲揚陸艦の巨大な姿が眼前に迫っていた。

「マリアちゃん…… 」 

 シャルが不安げにこちらを振り返った。


「全くの想定外。在日米軍が全員、タウの寺院ってわけではないんでしょうが…… 」

 さすがのマリアも予想外の展開に戸惑っているようだった。

「連中の目的は俺と加茂川だろう、俺が先に降りて奴らを引きつけるから、おまえたちは隙を見て逃げるんだ。加茂川と一緒に」

 迫り来る飛行甲板をにらみながら俺は言った。

「男って、なんで、ヒーローになりたがるかねえ」マリアは少し笑いながら頭を振った。「あなたが捕まったんじゃ本末転倒でしょ。何のために私たちがいると思ってるの」

「でも…… 」

「ここは相手の出方を見るしかないか」

 マリアは携帯電話をポーチに仕舞いながら言った。

「私とサキが先に出るから暁君と摩耶さんはその後。シャルは全員が降りるまで警戒。ヘリから出るときは銃は置いてきて。海兵隊相手に戦争するつもりはないから」

 強襲揚陸艦の飛行甲板には銃を構えた完全武装の兵士がずらりと並んでいた。


 ヘリが着艦した。

 エンジンが止まり振動の代わりに船特有の揺れを感じるようになった。

 俺たちのヘリを誘導してきたハリアーⅡ戦闘機もすぐ隣の位置に着艦した。

 ドアが開きマリアとサキを先頭に飛行甲板へ降りた。

 次が俺、その後ろが加茂川でシャルが最後だった。

 俺は振り返って加茂川を見た。

 不安そうな表情の加茂川はぎこちない笑顔で俺に視線を返した。

 そして俺は改めて自分が乗っていたヘリコプターを見上げた。

 ロシア製の輸送ヘリはは強襲揚陸艦の飛行甲板上に駐機しているアメリカ機に比べると違和感をぬぐえなかった。

「どう見ても悪役メカよねこのヘリコプター。旧ソ連軍の中古で安かったんだけど」

 マリアが独り言のように呟いた。


 改めて冷静な頭で事態を客観視してみると、それはたいそう異様な光景だった。

 在日米軍、第七艦隊の強襲揚陸艦の甲板に旧ソ連軍の輸送ヘリコプターが鎮座し、その周りを完全武装の海兵隊員が取り囲んでいる。そして、その中心には三人の女子高校生を含む美少女四人と、男子高校生が一人だ。

 海兵隊員の銃口はすべて俺たちに向き、なにかちょっとしたきっかけがあれば俺たちは蜂の巣になって生涯を終える可能性があった。


 しかし、俺は映画でも見ているかのような、あまりの現実感のなさにかえって冷静になり恐怖を感じることがなかった。


「少々強引な手段を取らせていただいたことをお詫びします」

 俺たちを取り囲んでいる完全武装した兵士の輪の中から歩み出たのは、先日俺たちに近づいてきた黒衣の男たちだった。

「少々? 第七艦隊と海兵隊動かしといて少々強引、て」

 マリアは毒づくように言った。

 黒衣の男たち、おそらくタウの寺院の男たちは全部で五人。

 リーダー格と思われる中央の男は首にコルセットを巻いていた。

 サキがかかと落としで倒した奴だ。

 男たちの中には右手首に包帯を巻いているものもいた。


「それ以上近づかないで」

 マリアの凛とした声が響いた。

「うっ」

 男たちの動きが止まった。

 気が付くと隣にいたマリアの大型リボルバーが俺のこめかみを狙っていた。

 えっ?

「ちょっ、何を…… 」

 いったい何が起こったのか理解できかねた。

「ごめんなさい。私たちの使命はあなたの身の安全が第一なんだけど、万一、あなたの身柄が敵勢力に奪われそうになったら、あなたを殺せという命令も受けているの」

 な、何だって…… 

「マリアちゃん…… 」

 シャルとサキが苦悩の表情で俺とマリアを見ていた。

 周りを取り囲んでいる海兵隊員も銃口こそこちらに向けたままだが明らかに動揺していた。

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