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呪われた血

CHAPTER 12(呪われた血)


 俺たち四人は、一度、加茂川のアパートへ寄り荷物を取ってから家に向かった。


 加茂川には俺の『聖なる血(ホーリーブラッド)』の能力と、三人の少女が俺の家で暮らすことになった経緯をかいつまんで説明した。


 シャルはタクシーに乗っている間中、ずっと不機嫌な表情で一言も話さなかった。


「事情はサキから聞いてる」

 家に着くなりマリアが出迎え、言った。


「マリアちゃん、何とか言ってよ。暁くんが魔族を家で匿うんだって」

 リビングで荷物を下ろすや否や、シャルがマリアに言った。

「加茂川はまた襲われるかもしれないんだぞ。一人にしとく訳にはいかないだろ」

 シャルに言った。

「あたし、魔族の女と一緒に暮らすなんてごめんだからね」

 シャルは顔を真っ赤にして言い返した。

 加茂川は『魔族』という言葉に反応し、悲しそうな目で俺たちの言い争いを見ていた。

「だったらおまえが出てけばいいだろ。俺はおまえたちに護ってれくれと頼んだ覚えはないからな。おまえたちが勝手に押しかけて来たんだろ」


「う…… 」

 シャルの目から大粒の涙が見る見る溢れ出した。

「暁くんのばか!」

 シャルはそう言うと奥の客間に駆け込んで行った。

「シャル」

 サキはシャルの後を追って客間に向かった。

「あの…… 」

 加茂川が何か言おうとしたのを俺は遮って言った。

「心配しなくていいよ。俺は君を守るって決めたんだから」


「あなた、本気な? 覚悟はできてるの?」

 マリアは俺ではなく加茂川に言った。

 加茂川は少し考えてから無言で頷いた。

「覚悟って…… 」

 俺はマリアに訊いた。

「ちょっと手を出して」

 マリアは俺の手を取ると加茂川の方に向けた。

「加茂川さん、暁さんの手を握ってみて」

「何、するんだ?」

 加茂川は少し躊躇った後、俺の右手をそっと握ってきた。

 加茂川の細い指がゆっくりとまとわりつき、柔らかく暖かい感触が俺の手を包み込んだ。

「無理しなくていいから、危ないと思ったら手を離して」

 マリアが言った。

「危ないって、何が?」

 俺がそう訊こうと思ったとき、加茂川が突然手を離した。

 加茂川は痛みを堪えているような表情。

「大丈夫?」

 マリアが加茂川の手を覗き込みながら訊いた。

「だ、大丈夫です」

 加茂川が手を押さえながら答えた。

「水で冷やした方がいいんじゃない?」

「大丈夫です、ちょっとびっくりしただけですから」

「何が起こったんだ? 加茂川。顔色が悪いぞ。手がどうかしたのか?」

 本当に何が起こったのか解らなかった。

 俺の手を握った加茂川が突然苦しみだしたのだ。


「あなたの、『聖なる血(ホーリーブラッド)』のせいよ」

「俺の?」

 訳が解らなかった。

 苦しそうな加茂川と険しい表情のマリアを交互に見比べているだけだった。


「加茂川さんは魔族の因子を持ってるでしょう。あなたの血だけじゃなくて、汗とか手の脂なんかでも体に触れれば火傷するほどダメージを受けるのよ」

「何、だって…… 」


 いきなり目の前が真っ暗になった……


聖なる血(ホーリーブラッド)』っていうのはそういうことなのか。


「俺は…… 加茂川の手も握れないというのか…… 」

「尤も、低級妖魔とは違うから一度に大量の血を浴びなければ死ぬことはないと思うけど」

 マリアが言った。


 なんてことだ。

 好きな女の子の手も握れないなんて。

 …… 。


「何が聖なる血(ホーリーブラッド)だ! これじゃ呪いの血じゃないか!」


 俺は全身の力が抜け、ソファにへたりこんだ

「だからさっき、覚悟ができてるか、って訊いたの。魔族が『聖なる血(ホーリーブラッド)』の持ち主と同じ屋根の下で暮らすなんて、自殺行為だと思ったから」

 マリアは諭すような表情と口調で言った。

「加茂川…… 、俺は…… 」

 俺が何か言いかけたとき、加茂川はそれを笑顔で制して口を開いた。

「感謝してます」

「え?」

「嬉しかったんです。今までずっと…… 」

 今度は涙を浮かべていた。


「愛は命より重たい、か」

 マリアは独り言のように呟いた。

「そこまで覚悟してるなら、解った。お風呂は必ず暁さんの前に入るようにして。暁さん、お風呂から出るとき、必ずお湯は全部流すようにしてね」

 マリアは俺に向かって言った。

「汗を拭いたタオルなんかそのへんにほったらかしにしないように気を付けてね」

「あ、ああ」

「それから、使用済みのティッシュも気を付けてね」

 ティッシュ、て、おい。

 加茂川も赤くなってるし。

「部屋は…… 」

「一番奥の、両親の寝室を使えばいいよ。部屋に入って左側がお袋のベッドだからそっちを使って」

 俺は加茂川に言った。


 夕食時、シャルはまだ部屋から出て来なかった。

「まだぐずってるの?」

 マリアがサキに訊いた。

「ううん、ゲームしてた」

「そう、そのうちお腹が空いたら出て来るでしょ」

 マリアはまるで他人事のように言った。

「で、これからどうする?」

 サキが言った。

「そうね、今、本部に指示を仰いでるけど…… 」

 マリアが答えた。


 妖魔に黒衣の男たち。

 修道会にエクソシスト。

 そして魔族の少女。

 この一週間足らずのうちに俺の生活はまったく様変わりしてしまった。

 しかも、これからどうなるのかもまったく予想がつかない。


 夕食が終わり、それぞれが部屋に引き上げた。

 ベッドに倒れ込み天井を見つめた。

 これからどうする?

聖なる血(ホーリーブラッド)』なんてふざけた体質のせいで好きな女の子の手も握れないなんて。それどころか、俺と一緒にいることが彼女を命の危険に晒しているのだ。 


 ドアをノックする音が聞こえた。

「今、大丈夫?」

 マリアだった。

「あ、うん。特に…… 」

「シャルのことなんだけど…… 」

 俺はマリアを部屋に招き入れた。

 マリアはベッドの隅に、俺は勉強机の椅子に腰掛けた。


 しばらくの沈黙の後、マリアが口を開いた。

「シャルは、シャルの父親は、魔族に殺されてるのよ」

「そう、だったのか…… 」

 シャルの、加茂川に対する過剰な反応はそれが原因だったのか。

「あの子の家系は、代々優秀なエクソシストだったの。でも、あの子が四歳のとき、悪魔払いに失敗して、父親が殺されてしまった…… 」

 マリアはゆっくりとかみしめるように語った。

「あいつも、苦労してるんだ…… 」

「そしてその直後、母親が失踪…… 」

「失踪?」

「そう、原因は不明だけど、魔界に引き込まれたとの噂もあるの」

「そうか…… 」

 普段の明るい表情からは想像つかない過去だった。


「しかも、シャルの親戚は全員、シャルを引き取ることを拒んだの」

「そんな…… 」

「シャルを引き取ることで魔族の恨みを買うんじゃないかという恐怖と、シャル自身の特別な力を恐れたのね」

「特別な力?」

「魔族を感知する能力と、魔法の力」

「魔法?」

「超能力と言った方が解りやすいかな。主に精神感応と、時空制御」

「精神感応はテレパシーとか透視とか、時空制御は、結界を張ったり物の時間進行を遅らせたりする能力ね」

 マリアはまっすぐ俺の目を見ていた。

 冗談を言っている顔ではなかった。

「それって……、かなりすごいんじゃ……」


「シャルは、小さい頃はそれが自分だけの特別な能力だって解らなくて、周りの大人たちを混乱させてたらしいわ。今では、完璧に制御できるようになったけど」

「それで…… 」

「いろいろな施設を転々としたけど、能力のせいで、友達もできずにいつもひちりぼっちだったって。それで、修道会に引き取られたとき初めて同じ境遇の仲間に遭えたって」

「それじゃ君たちも…… 」


 三人の少女たちは、俺が思っているより辛い人生を歩んできたというのか。

「私はそれほど不幸な生い立ちじゃない。サキは…… 、ちょっと特殊だけど…… 」

「特殊?」

「そのうち解る…… 」

 特殊な能力のせいで普通の生活ができなかったという意味では、修道会の少女たちは加茂川と似ている。

「だから、今回の任務が決まったとき、一番喜んでいたのはシャルなの」

「喜んでいた?」

「普通の家族が暮らすような家に住んで、普通の学校へ通って…… 。シャルがあんなに笑う子だったなんて、こっちに来て初めて知ったくらい」

「…… 」


「だから、好きになってとは言わないから、シャルのこと、嫌いにならないで欲しいの」

 そう言えば、以前、サキにも同じこと言われたような気がした。

「…… 解った」



 俺はマリアを部屋に残し一階へ下りた。

 奥の客間にはシャル一人のはずだ。

 ドアをノックした。

「入っていいか」

 部屋の中で何か慌ててどたばたした音がした。

「は、はい」

 ドアを開けた。

 部屋の中のシャルは気まずそうにこちらを見つめていた。

「さっきは言い過ぎた。ごめん」

「え?」

 シャルは意外そうな顔をしていた。

「マリアから聞いた。君のこと」

「マリアに?」

「でも、加茂川もずっとひとりぼっちで、辛い思いをしていたんだ。君なら彼女の気持ち解るだろ」

「…… 」


 シャルは俯いて考え込んだ。

「だから、仲良くしてくれとは言わないけど、加茂川のこと…… 」

「あたし。まだここにいてもいいの?」

 シャルは顔を上げた。

「…… 、もちろん」

「ありがとう、うれしい!」

 シャルがいきなり首に抱きついてきた。柔らかな感触と微かにシャンプーの香りが鼻腔をついた。

「おい、ちょ…… 」

「おねがい。しばらくこのままでいて」

「え?」

 シャルはしばらくの間、俺に抱きついたままでいた。

 背中に手を回した。

 微かに一定周期で脈打っている。

 …… 泣いている?


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