初めてのデート
CHAPTER 10(初めてのデート)
加茂川は約束通り登校してきた。
心なしか表情が明るくなっていた。
「花、枯れてなくてよかったね」
屋上の秘密の花壇に加茂川と俺は来ていた。
赤いチグリジアは今でも大きく美しく咲き誇っていた。
「誰かが水をやってくれたのかしら」
俺は後ろを振り返った。
俺たちから離れたフェンス際にシャルとサキが手持ちぶさたで立っていた。サキはこちらを伺っていたが、シャルは校庭の方を向き空を見上げていた。
「この花が咲き終わったら。今度はクロッカスでも植えましょうか」
加茂川は誰に言うともなく、呟いた。
笑顔だった。
「いいね。きっと綺麗に咲くよ」
自分でも赤面するほどキザな台詞だと思った。しかし、何故か加茂川の前なら素直に言うことができた。
加茂川ははにかんだ表情で頷いた。
こんな美しい心を持った女の子が悪魔であるはずはない。
きっと何かの間違いだ。
俺は、この時間がいつまでも続けばいいと、心から願っていた。
「今度の土曜日…… 。…… 映画でも見に行かないか」
しばらくの心地よい沈黙の後、俺は勇気を出して加茂川をデートに誘ってみた。
加茂川は一瞬、笑顔になりかけたが直ぐに表情を曇らせた。
「え? でも…… 」
加茂川はサキとシャルの方を見た。
一瞬、加茂川と目が合ったシャルは直ぐに視線を反らせた。
「だから、なんで俺のデートにおまえらが付いて来るんだ」
土曜日の昼下がり、俺は加茂川との待ち合わせ場所であるの地元のショッピングモールへ向かっていた。
「暁を守るのがボクたちの仕事だから」
俺の直ぐ後ろを歩いているサキが答えた。
「そうだよ。暁くんは悪い悪魔に狙われてるんだから」
サキと並んで歩いているシャルも言った。
「だーかーらー」
俺は立ち止まり振り向いた。
「俺はデートなんだよ」
シャルは淡いピンクのキャミソールに白い薄手のボレロを着て、短い黒のティアードスカート、黒のオーバーニーソックス。サキはオフホワイトの深いVネックのTシャツにネイビーブルーの前開きパーカー、デニムのショートパンツ。と、まるで自分たちがデートに行くような気合いの入った格好をしている。
「大丈夫、邪魔しないから」
シャルが言った。
至近距離で後から付いてこられるだけで十分邪魔なんだが。
「今日は銃を持ってきてないのか」
シャルは小さなポシェット、サキはセカンドバッグを持っていたが、ショットガンやらサブマシンガンやらが入った大きなバッグは、今日は持っていなかった。
「持ってるよ」
シャルは言うとポシェットから銀色の小型リボルバーを取り出した。
「わっ!」
天下の往来でいきなりそんな物騒なもの出すんじゃないよ。
「これかわいいでしょ」
シャルはリボルバーを高く掲げて見せた。
「いいから、早くしまえ、そんなもん。こんなところで見せびらかすもんじゃない」
シャルは渋々銃をポシェットに戻した。
「サキも持ってるのか」
サキは無言で頷いた。
「あ、出さなくていいから」
サキがセカンドバッグを開けようとしたのを、俺は慌てて止めた。
「あのなあ、頼むから離れていてくれないか。おまえたちが付いてきたらデートにならないだろ。それに、俺には『聖なる血』のパワーがあるんだ、おまえたちに守ってもらわなくても自分の身の安全くらい自分で守れるよ」
サキの顔が一瞬、曇った。そして、ポケットからスマホを取り出して言った。
「じゃあ、これを持って」
「何だこれは、携帯なら持ってるけど」
俺は差し出されたスマホを眺めた。
「追跡アプリが入ってる」
「追跡? なんか監視されてるみたいでいやだなあ…… 」
俺はスマホをしげしげと見つめた。
「他には変なアプリ入ってないから…… 。信じて。それから、くれぐれも結界の外には出ないように」
「…… 、解ってるよ」
本当は電車に乗って舞浜あたりのテーマパークへでも行きたかったのに、地元の映画館で我慢しているのだ。
待ち合わせ場所はショッピングモール一階のモニュメントの前だ。
俺は十五分前に着いた。しかし、既に加茂川は待っていた。
「ごめん、待った?」
加茂川は微笑みながら答えた。
「いえ、今来たばっかりです」
ずいぶんありがちな会話だと思った。だが、それが楽しかった。
加茂川は黒髪ストレートのロングヘアにシンプルな薄紫色のワンピースだった。
スカートは露出控えめな膝丈。しかし、それが清楚なイメージを際立たせていた。
「ごめんなさい、私、あんまりかわいい服持ってなくて……」
加茂川は俯いて言った。
つい凝視してしまった俺の視線に気づいたらしい。
「いや、……十分かわいいよ」
「ありがとうございます。……お世辞でも嬉しいです」
加茂川は顔を赤らめて答えた。
「あの、昼御飯まだだろ。映画が始まるまでに時間あるから先に食事でもしようか。……、何か食べたい物ある?」
「あ、なんでもいいです」
うーんありがちな返事だ。
「って、言っても選択肢はあまりないけど」
俺は加茂川と一緒にショッピングモールのレストラン街へ向かった。
そう言えば俺は女の子とデートなんて生まれて初めてなんだ。
こういうとき、どんな会話をしたらいいんだろう。
「加茂川、さん、て、休みの日はいつもどうしてるの?」
とりあえずなんか会話を続ける努力をしてみた。
「だいたい、部屋で本を読んでいることが多いです」
「そ、そうなんだ……」
いかん、会話が続かない……
何か共通の話題……部活? いや俺も加茂川も帰宅部だ。
授業……テスト……、そうだ。
「この前の中間、どうだった? 俺は現国失敗しちゃって、来週、補習なんだ……はは……」
我が校は中間、期末テストの成績優秀者の上位五十名までを廊下に張り出す。
加茂川はどの教科も、常に十位前後ということは確認済みだ。
「日本史は……、ちょっとヤマが外れちゃって……」
加茂川がはにかみながら答えた。
それでも加茂川の日本史は学年で十二位だったはずだ。
「あ、ライティングのレポートもまだだったんだ……、まいったな、明日は徹夜になるかも……まあ、自業自得なんだけど。惜しいな、君が同学年だったレポート見せてもらおうと思ったんだけど……」
加茂川は目を伏せながらも、少し微笑んだ。
「……残念です……」
「なんか、こう、不幸なことが続くと、もう、地震でもなんでも起こって世の中めちゃくちゃになってしまえばいいのに、って思ったことない? 自分よりもっと不幸になっちゃえ、って……」
無意識に発した俺の言葉だった。
加茂川は急に真顔になった。
「私は……、自分が不幸だと思ったときは、全世界の人々がもっと幸せになって欲しいって願います」
「え……」
「周りのみんなが幸福になれば、そのうちの少しでも、私に幸せを分けてくれる人がいるかもしれないから……」
「……」
加茂川……
君は……
「ごめんなさい、変なこと言っちゃって……」
「そんなことないよ。その方が、ずっといい……」
加茂川以外の人間が同じことを言ったら、おそらく『この偽善者め』と思っていたかもしれない。しかし、加茂川の境遇を知っている俺には、涙が出るほど感動的な台詞だった。
そうだ、加茂川は昔から……
そうこうするうちにレストラン街へ着いた。
しかし、お昼時とあってどこも行列ができるほど混んでいた。
「ちょっと歩くけど、外に出ようか。近くにファミレスがあったはず」
俺は時計を見て映画の開始時刻まで時間が十分あるのを確かめた。
「はい」
摩耶は笑顔で答えた。




