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09

 その後、一日の終わりになり空には月。

 夜の少し冷えた空気が満ちる城の自室で、シャステは口もとに手をあてて円を描くようにぐるぐると同じ場所を歩いていた。

 どうにも、今朝のことを思いだしてしまい、いらついて眠れないのだ。

(あぁもう、イライラするわ。あの男、いったいなんのつもりなのよ)

 シャステが好きだと言ったら信じてくれるのかと彼は言った。

 だが、そんなはずはない。

(あなた、あたしと居るときが一番つらそうなんだもの)

 それなのに、信じろと言うつもりだろうか?

 アンネマリーと居たときは、シャステには随分長いあいだ見せたことのないような笑顔を向けていたのに。

 ふと、少しだけ開けてある窓から流れてくる静かな風に気づき、窓辺に近づいて月を見あげる。

「……なんなのよ、いったい」

 胸を占めるのはどろどろとした不快感。

 それは嘘の告白のせいか、大嫌いな相手にキスをされたせいか。

 それとも……もっと別の理由があるのだろうか。

 シャステ自身も疑問に思っていることだ、レーベへの不快感は過剰すぎる。

 そうして考え事をしていると、扉をノックする音が響く。

 こんな時間に何だろうと返事をすれば、レーベが顔を覗かせた。

「……シャステ、どうして寝ないわけ?」

 そっけないレーベの声に、シャステは眉を寄せ棘を含んだ口調で言う。

「何よ、監視でもしてたの?」

「職業柄、物音と気配には敏感なほうなんだよ」

 その言葉に、申し訳なさを感じた。

 きっと神経も休まらないだろう、そしてこれからずっと、シャステのお守りをしなくてはならないのだ、彼は。

「……じゃあ、ベッドで大人しくしてる」

 そう言って、ベッドに向かおうとすると、レーベは額に手をあてて大きなため息を吐いた。

「眠れないのはぼくのせい?」

「そうよ」

 シャステは即答した。間違いなく、レーベのせいだ。

 この際だから、さっきまで悩んでいたことをはっきりさせておくのも良いかもしれないと、シャステは唇を開く。

「レーベ、あたしたち、いつからこんなふうになったのかしら」

「は?」

 彼は訝しげな顔で、意味のない返事をよこす。

 シャステは少々苛立たしげに言葉を続ける。

「昔はこんなふうじゃなかったのにっていう話よ」

 この不快感の正体を思いだせればいいのに。

 いつからこんなにレーベを嫌っているのか、分からない。

「分からないの、どうしてこんなにあなたが嫌いなのか」

「随分はっきり言うね」

 レーベはそれに嘲笑をうかべたが、お構いなしにシャステは続ける。

「こんなに嫌いなんだから、理由があるはずじゃない」

 いちいち好きだ嫌いだなんて言っていては、シャステの立場では身がもたない。

 だから基本的に好きも嫌いもないのに、レーベにだけこんなに強い感情があるのがシャステには疑問だった。

 レーベ以外の男性だったら、どんな条件だって結婚してやれるのに、彼だけはどうしても、どうしても嫌なのだ。

 これを不自然と言わずしてなんと言おう。

「……理由」

 シャステの言葉を聞くと、レーベはなぜか悔しそうに表情を歪めた。悲しげで、ひどくつらそうなものだった。

 やはり、何か理由があって、それをシャステだけが忘れているのだろうか?

「そんなもの……ぼくが知るわけないだろ」

 今、絶対に何かを隠した。

 そうシャステは確信していた。

 レーベとはそれなりに長い付き合いだ、彼の嘘もそれなりに察することができる。

「やっぱり、何かあるのね? 教えてよ、気分が悪いわ」

 しかしレーベは首を横に振って、嫌そうに言う。

「知らないって言ってるだろ、しつこいぞ」

「そんなにしつこく言ってないでしょ、まだ」

「まだ……って」

 何が何でも食い下がってやるつもりであったし、掘り下げてやるつもりだ。

 何かあったのなら、それさえ分かれば自分の非を認めるなり、やはりレーベだけは嫌だと父に懇願することもできるかもしれない。

 レーベはそんなシャステの意を察したのか、彼女に背を向ける。

「ぼくは何も知らない、おまえが急にぼくを嫌うようになっただけだ」

 その言葉に、まるでシャステだけが悪いと言われたようで、カチンときた彼女は早口にまくしたてた。

「何よ、全部あたしのせいだって言うつもり? 自分だってあたしを嫌ってるくせに!」

 レーベのほうこそ、よほどシャステのことを嫌っているではないか。

 そうでないなら、あの態度の差はなんだと彼女は怒る。

「ぼくはおまえを嫌ってなんかいない」

 レーベの言葉を聞けば聞くほど、なぜか不快感が募っていく。

「嘘よ、あなたはあたしと居るときが一番嫌そうだもの!」

 シャステが怒鳴ると、レーベはつらそうな顔で振り返った。

 やはり、レーベはいつもそうだ。シャステと居るときにはそういう顔ばかりする。

「嫌なわけじゃない、そうじゃない……!」

 彼は苦しそうにそう言ったが、それならやはり何か隠しているということだ。

 苦しくなるような理由を。

 シャステが思っていたより、重い事情があるのかもしれない。

 せいぜい思春期の喧嘩か何かだろうと思っていたが、根に持たず執着しないレーベが苦しむようなことだと思うと、シャステも相当に何かをやらかしたのだろうか。

 シャステは小さく呟いた。

「……今だって、隠しごとをしているじゃないの」

「――それは……」

 レーベは何かを言おうとして、首を横に振って背を向ける。

 返ってきた声は、ひどく冷たいものだった。

「……何も知らない。おまえのことなんて、おまえしか知るわけないだろ」

 そう言い残して、レーベは部屋を出て行った。

 結局教えてはくれないのだ。

(そういえば、今朝はグラナートも様子がヘンだったわね)

 シャステは首を傾げる。

 レーベは一途なのだと言っていた、痛々しいほどに。

(それって……まさか、本気だってことかしら?)

 シャステを好きだと言ったのは事実なのだろうか?

 もしも相手がシャステでないとしたら、痛々しいと表現する理由が分からない。

 少なくとも、レーベはシャステを相手にするとき、どこかつらそうなのだから。

 これがアンネマリーであればそれに当てはまらないし、他の女性のことは分からないが。

(……徹底的に調べてやるんだから!)

 レーベが教えてくれないなら、なんとしても他の人物から手がかりを得てやろうと考える。

 そんなに苦しいことなら誰かに愚痴をもらしているかもしれないし、あるいは派手な事件か何かだったなら、記録が残っているかもしれない。

(念のため婚約破棄の件も進めておかなきゃ)

 嫌われることを前提に、もしも真実が最悪のものであったときに、いつでも彼から離れられるように、それがお互いにとっての最善だ。

 レーベも苦しい、シャステも苦しいだけの結婚なら、別の相手を探すほうがよほど良い。

 最初にも考えたことだが、レーベより良い相手は条件を問わなければ必ず居るのだ。

(絶対、絶対、明らかにしてやるんだからっ)

 そう決心して、彼女はベッドに潜りこんだ。

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