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08

(何よ。やっぱり彼女は特別なんじゃない)

 もっとも、シャステがレーベに手作りのお菓子などあげたことはないが。

 いや、自分が料理などしてもろくなものができないだろうことは分かっているので、そのためでもあるが。

 それはそれとして、レーベがあんなに優しい微笑みを向けてくれたことなど、ここ数年に至っては一度もないというのに。

 今朝の口づけを思いだして、シャステは自身の唇に触れて、手の甲でそれを拭った。

(最悪、本当に最悪だわ)

 相手がレーベでなければ、他に好きな女性が居ようと構わない。だがレーベだけは、どうしても気になってしまうから嫌なのだ。

 城内に戻ってきたところで、グラナートと鉢合わせた。どうやら、遠目にシャステを見守ってくれていたようだ。

「姫様? どうなさったのですか……?」

「え?」

 グラナートの大きな手が頬に触れ、その親指がシャステの目元を拭う。

 そこでようやく、自分が泣いていることに気づいた。

「あ、え? な、ななななんでもないっ」

 なぜ泣いているのか自分でも分からない、混乱して、シャステは慌ててグラナートから顔をそむけようとしたのだが、彼はしっかりとシャステの頤を支え、ポケットから取り出したハンカチでその涙を器用に拭う。

 妹や弟が居ると聞いたことがあるから、慣れているのだろう。

「レーベと何かありましたか?」

 優しく問いかけるグラナートの一方、シャステはその名前に不快感をあらわにする。

「どうしてレーベがでてくるの」

「なんとなく、です」

 そう言って、こぼれるシャステの涙を拭き取って、グラナートは微笑んだ。

「あぁ、そうだ。姫様のお口には合わないかもしれませんが、甘いものはどうでしょう? 少しは気分が紛れるかもしれません」

「甘いもの?」

 グラナートは頷くと、小さな包みに入ったクッキーを取り出した。

「ついさっき作ったもので……」

「さっきって……誰かにあげる予定だったんじゃないの?」

 目敏くシャステが言うと、グラナートは苦笑をこぼした。

「さすが姫様ですね。本当は妹にあげようと思っていたのですが……家族は私が作ったお菓子には飽き飽きしているでしょうし、もしよろしければ」

 バニラの甘くいい香りが漂う小さな袋に視線を向けて、シャステはそっとその中から一枚を取り出して口に含む。

 とても素人が……というより騎士が作ったとは思えないほど上品でおいしく、シャステの顔に笑みがうかぶ。

「――おいしいわ、とっても」

「そうですか? でしたら良かった。昔はお菓子を焼いて売りに行っていたこともあるのですよ」

 グラナートの家は、彼が出世するまで経済的に困窮していたと聞いているから、事実なのだろう。

 シャステはもう一枚いただきながら、微笑んで言う。

「そうなの? でも納得だわ、これならきっと買ったひとも満足するもの」

 そうして穏やかなときが流れていたのも束の間、鋭く冷たい第三者の声が割りこんだ。

「……相変わらず、グラナートとは仲がいいね、シャステ」

 刺々しいレーベの声に振り返ると、柱に寄りかかって腕を組み、こちらを睨みつける彼の姿がある。

 それにシャステは思いきり表情を歪めて言う。

「何よ、アンネマリー嬢はどうしたの? そんなんじゃ、恋しいひとにふられてしまうわよ」

 シャステの厭味っぽい言葉に、レーベも不機嫌そうに言う。

「アンネマリーはそんなんじゃない。ただの幼馴染だ。妄想で言いがかりをつけないでほしいね」

「そっちこそ、あたしが誰と仲良くしていようと勝手じゃないの。興味がないことにいちいち突っかかってこないでちょうだい、プライドだけは高い男ね!」

 そう言うと、レーベは青い瞳に暗い色を宿してシャステを睨んだ。

 その威圧感にわずかに怯んだが、負けじとシャステも彼の青い瞳を睨み返す。

「二人とも、喧嘩はいけません」

 そんな中、グラナートがシャステの頭をぽんぽんと軽く叩いて言う。

「レーベ、気に障ったのなら謝りますから。姫様を責めないであげてください」

「……おまえのそういうところは嫌いだよ」

 グラナートの言葉を聞いてシャステから視線をそらし、レーベは二人に背を向けた。

 去っていくその背に腕を組み、シャステは不満そうに言う。

「……もうっ、なんなのよ。あたしのことになんか興味ないくせに」

「姫様」

 咎めるようなグラナートの声に、シャステは頬を膨らませて黙った。

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