07
その後、シャステは午後の自由時間に中庭を散歩していたのだが、そこでまた見たくもないものを見せつけられることになった。
初夏の陽射しを避けるようにして、中庭の東屋に居るのはアンネマリー、そしてその隣にはレーベの姿がある。アンネマリーがレーベに会いに来たのだろう。
二人とも金髪で、白い服を着ていて、眩しいほどにとてもよくお似合いだ。
シャステは反射的に木の陰に隠れて、自分の真っ黒な髪に触れる。今日もシャステのドレスは黒で、彼らとは対照的だった。
(って……なんであたしがこんなことを気にしているのよ)
シャステは首を横に振り、もう部屋に戻ろうと思うのに、視線は彼らに向いてしまう。
楽しそうに会話をしていた二人だが、アンネマリーは脇に置いていた小さなバスケットからクッキーを取り出すと、それをレーベの口もとに差し出す。
彼はそれを口に入れ、やけに嬉しそうに微笑んだ。
彼からすれば普段通りなのかもしれないが、シャステからすればそう見える。
そのことに、どうしてかひどい苦痛を感じてシャステは今度こそ駆け出すようにその場から離れる。その物音で、レーベが彼女の後姿を見たことにも気づかずに。
◇◇◇
シャステがその場を立ち去る少し前のこと、レーベとアンネマリーは話をしていた。
「レーベ、王女様とはうまくやれているの?」
「それ、聞くの?」
嫌そうな顔をしたレーベに、アンネマリーはくすくすと笑う。
「ええ、恋のお話は女の子にとって特別なものですのよ」
「恋、ねえ……」
言いながら、レーベは嘲笑をうかべる。
「一方通行とさえも言えない、片想いと呼ぶのも認められないような関係が?」
シャステにとってレーベは目の上のたんこぶのようなもので、到底、恋と表現することはできない。
一方レーベにとってシャステはとても大切な少女であったが、その想いを表に出すことは彼女を苦しめることになる。
そんな彼に、アンネマリーは俯いて言う。
「……あのときのことは、彼女にとってきっととてもつらいことでしょう。けれど、逃げてばかりもいられませんわ」
「逃げ続けてくれたって、構わないよ。ぼくはね」
それを聞くと、アンネマリーは眉を寄せてレーベを見る。
「レーベ、あなたもですわよ。いつまでも逃げてなんていられませんわ。それは、あなたのためにも、王女様のためにもならない」
「ぼくにどうしろと? せいぜい、時が解決してくれるのを待つしかない。医者にもそう言われている、余分なことをするなとね。まぁ、良いほうに解決すれば天に感謝するけど?」
「投げやりですのね」
アンネマリーは小さく息を吐いて、レーベの頬を細い指でつついた。
「王女様が大切なら、あなたもしっかりなさいませ」
「ひとのことはともかく、そういうおまえのほうは大丈夫なの?」
レーベの問いに、アンネマリーは小さく笑った。
「わたくしのほうは何も問題ありませんわ。楽しみですわね、いつか王女様とレーベと、一緒に笑いあえる日が」
「……そんな日、くればいいけど」
どこか憂鬱そうに言うレーベに、アンネマリーは頬を膨らませて小さなバスケットからクッキーを取りだす。
「もう、レーベ、本当にしっかりしてちょうだいな。これでも食べて元気をだして? 今日、料理長に作ってもらったものですのよ」
「ん」
口もとに差し出されたそれを口に含む。
「うん、おいしい」
「でしょう? わたくしのお気に入りですの」
そのとき、アンネマリーは気づかなかったようだが、かすかな物音が聞こえてレーベはそちらに視線を向けた。
流れるような黒髪に黒いドレスを目にとめて、彼は慌てて席を立つ。
「ごめんアンネマリー、急用」
「あら……まぁ、いってらっしゃい」
それに彼女はふふっと笑い、手を振った。