06
ひとまず、レーベに嫌われようという作戦は成功しているようだ。
今朝以来、彼はシャステをあからさまに避けているし、今まで以上にそっけない。
そんな二人にグラナートが困惑するほどだ。
「その……レーベと何かあったのですか? 姫様?」
晴天の午後、自室で休憩を兼ねての紅茶を嗜んでいたシャステに、傍に控えていたグラナートが問いかける。
今、レーベは外に居るか……あるいはどこかをほっつき歩いているかもしれない。
シャステは今朝のことを思いだして、不機嫌そうに言う。
カップから漂う新鮮な紅茶の香りだけが、心を鎮めてくれる。
「べつに。レーベはただ性格が悪いだけじゃなくて女たらしなんだと気づいただけよ」
「レーベがですか?」
グラナートは意外だというような顔でシャステを見つめている。
そんなにおかしなことだろうか?
疑問に思って、シャステもグラナートを見あげる。
「何よ、あたし、そんなにヘンなことを言っている?」
「はい。レーベはとても一途で……ええ、あまりに一途で、痛々しく思うこともありますので」
グラナートは至って真剣に答えているが、シャステはまた眉を寄せた。
そんなに一途なら余計に、シャステに触れたりしないでほしかった。
どうせ相手はアンネマリーか、あるいは他の女性なのだろうし。
「グラナートは真面目で優しいから騙されているのよ」
シャステが不満そうに言うと、彼はなぜだか悲しそうに双眸を細めた。
「……姫様、レーベは、彼なりにあなたのことを気づかっているのです。ですからどうか、あまり冷たくしないであげてほしいのです」
グラナートの言い分に、シャステはよりいっそう不機嫌そうに眉間の皺を深くした。
「彼が? あたしを? おかしなことを言わないでよグラナート。レーベだって、あたしと結婚することになってきっと迷惑しているんだわ」
その返事にグラナートは少し考えたようだったが、やがてかぶりを振った。
「……いいえ、差し出がましいことを申しあげました。これからも姫様の自由に……あなたが幸福であることが、私の望みでもありますので」
「む……」
そう言われると、少々気になる。
「わ、分かったわよ。少しは態度を改めるわ」
今朝のことを思えばそんな気にはなれなかったが、確かにシャステもひどいことばかり言っているし、している……という自覚はあるのだ。
婚約破棄を目的にやっているのだが、さすがに今朝はシャステもあまりに酷かったかもしれない、と少しばかり考えを改める。
少なくともレーベは職務には忠実で、命がけでシャステを守ってくれている存在であることに変わりはないのだから。
(そうよね、そのことについては感謝しなくてはいけないわ)
こくこくと一人頷いて、シャステは澄んだ色の紅茶に視線を落とした。
それでもやはり、キスをされたことだけは許しがたい。
(好きでもないくせに……)
ぽつりと、心の中で呟いて。シャステは小さな小さなため息を吐いたのだった。