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04

 シャステは最悪の気分で目覚めを迎えた。

「だ、れ、が、よ!」

 もぞもぞと明朝のベッドの中で寝返りを打ちながら、悪態をつく。

「本当はあたしの護衛なんてしたくないくせに、それこそ、アンネマリー嬢と一緒に居たいのがあなたの本音でしょうが!」

 あの頃はともかくとして。

 今のレーベがシャステに微笑んでくれることなどない。

 アンネマリーと一緒に居たときのほうがずっとずっと、楽しそうだった。

 胸にもやもやとした感情が渦巻いて、シャステは飛び起きると朝の空気を肺いっぱいに吸いこみ、大きな声で言う。

「もーっ! レーベなんか大嫌い!」

「朝からひとのことを大嫌いって、なんなの?」

 すぐ傍から突然聞こえた声に、シャステがびくりと肩を揺らしてそちらを見ると、そこには仏頂面のレーベが立っていた。

「な、な……入って良いなんて言ってないわよ!」

「おまえがぶつぶつ独り言を言ってるから、ついに頭がおかしくなったんじゃないかと思って確認しに来てやったのに」

「はぁっ⁉」

「っていうのは冗談。敵襲じゃないかどうか確認しに来たんだよ。それなのに、甲斐甲斐しくおまえの無事を確認しに来たぼくに、大嫌いとはね」

 厭味ったらしく嗤ったレーベに、シャステは眉を寄せて頬を膨らませ、視線をそむける。

 確かにそれは悪かった。彼はシャステを守るのが役目だ、危険を承知で部屋に入ってきたのに大嫌いの一言はない。

 悪かった、そう言おうとして、昨夜の計画をはっと思いだす。

 ここでしおらしく謝ってしまっては意味がないではないか、レーベにとことん嫌われなくては意味がないのだ。

 だからシャステはわざと冷たく言い放った。

「助けてなんて頼んでないわ、余計なことしないでちょうだい。だいたい、朝から女性の部屋にノックもなく入ってくるなんて、最低よ」

 ツンと顔をそむけたままでそう言ったシャステの耳に、レーベの小さなため息が届く。

「おまえが何を考えているのかはなんとなく分かるけど、婚約が破棄になることはないから、無駄なことはやめるんだね」

 どうして?

 反射的にそう聞こうとして、どうせ教えてくれないと口を噤む。

 もし教えてくれることなら、父もレーベもとっくに話しているだろう。

 ということは、それはシャステには秘密の事情なのだ。

 そう思うと、非常に腹立たしい。

(くうっ……腹立たしいわ、手のひらの上で転がされている気分よ!)

 ギリギリと毛布を握りこんで八つ当たりをしているシャステを見おろして、レーベは優しく、彼女の黒い髪に手を伸ばす。

「……っ」

 想定外のことにびくりと身体を震わせたのを見て、レーベは悪戯っぽく笑い、その艶やかな髪を撫でて、シャステの首筋に指を這わせる。

「ちょっと、ふざけないでよ! 触れることなんて許可してないわ!」

 耳まで真っ赤にして怒るシャステに、レーベはくすりと笑って言う。

「なに? 嫌な男に触れられても恥ずかしいと思うわけ?」

「は……?」

 そこでシャステは驚愕した。

 そうだ、どうしてだろう、殴ってやろうという思考がわいてくるどころか、恥ずかしくて耳まで赤くしている自分。

 レーベなんて大嫌いなのだから、ぞわぞわこそしても、恥ずかしいと思うことはない、はず……なのだ。

「こ、これは……っ! 恥ずかしいわけないじゃない! 何かの間違いよ!」

「へえ……? いったい何の間違いなわけ?」

 そう言いながら、レーベはシャステとの距離を詰めてくる。

 その笑みは小悪魔のようで、シャステはよりいっそう頬を赤くして近づく距離をあけようと試みる。

「だ、だから、これは……っ」

「これは? なんだっていうの?」

 どこか挑発的で、甘い囁きが耳に届く。

 ベッドに片膝を乗せて、レーベはシャステの手に手を重ね、鼻先が触れあうほどに顔を近づける。もう片方の手が、そっと彼女の白い頬を撫でる。

 そのことにいっそ冷静になり始めたシャステはレーベを睨み、片手を振りあげる。

「――レーベ、離れてくれないとひっぱたくわよ」

「いいよ? できるものならどうぞ」

 そう言われた瞬間、唇にあたたかいものが触れた。間を置いてそれが彼の唇であると気づき、シャステは今度こそ振りあげた手でレーベの頬を打とうとしたが、その手はあっけなく捕らえられる。

 そしてもう一度、軽く触れた唇にシャステは……。

「……レーベ、あなたの性格が悪いのはよく知ってるつもりだったけど、こんなことをして、あなた楽しいの?」

 金色の瞳に涙をためて、彼を睨みつけた。

 そのことにレーベは少し驚いた様子だったが、すぐにどこか悲しそうに嗤う。

「あぁ、泣くほど嫌だった? キスだけで泣かれたのは初めてだよ。これは先が思いやられるね」

 その言葉に、グラナートに妹のように扱われたとき以上の鈍い痛みが心を貫いた。

 シャステは涙をこぼしながら視線をそむけて告げる。

「――最低。嫌い、あなたなんか……大嫌い」

 心がズキズキと痛む。レーベにとって、これはふざけた遊びなのだろうか?

 好きなひとがいるのに、シャステにこうするということは、そういうことだ。

「知ってるよ、そう何度も言わなくたって」

 レーベはそう言って、シャステから離れた。

 大嫌いだと思うのに、どうしてか離れていくぬくもりに寂しさを覚えた。

 昔はあんなに仲良しだったのに、今はどうしてこんなふうになっているのだろう。

 レーベが嫌な態度ばかり取るからだ、少なくともシャステはそう思っていた。

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