20
その夜、シャステは遅くまで眠ることができずにいた。
部屋からベランダに出て空の星を見あげて金色の瞳を細める。
レーベのことを手放したのは自分であるし、それ自体はしようがない。
彼が無事であってくれれば。
「……レーベ」
小さく名前を呼んだとき、突然うしろから誰かに手で目を塞がれた。
「っ⁉」
悲鳴をあげようとすれば、もう片方の手で口を塞がれる。
焦りからどくどくと心臓が早鐘を打つ。
しかし、聞こえたのは意外な声だった。
「ぼくが何? シャステ」
「――え」
するりと手がはずれて、慌てて振り返ればそこにはレーベの姿がある。
どこか寂しそうで、どこか諦めたような笑みをうかべる彼に、シャステはぱちぱちと金色の瞳をまたたく。
「ど、どうやってここに……!」
「忍びこんだ」
さらっとありえないことを言う。
グラナートとレーベの実力は拮抗しているということだろうか。
なんにせよ、彼の目を掻い潜って入って来たのは間違いない。
レーベは魔術にも長けているから、確かにグラナートは不利かもしれない。
「何をしにきたのよ」
シャステがあとずさりながら問いかけると、レーベは窓を閉めて、あいた距離を詰めながら静かに言う。
「おまえに会いに来た」
「なんで――」
ついに背中にベランダの手すりが当たり、身動きが取れなくなったシャステをレーベが追い詰める。
警戒していたシャステだが、レーベはぎゅうとシャステを抱きしめると、その首筋に顔をうずめて大きなため息を吐いた。
「……おまえが姉を疎むのも分かる気がする」
「……どうしたのよ、急に。あと疎んでいるわけじゃなく、お姉様のためにならないから避けているだけよ。あたしは」
疲れているのだろう、おそらく、とても。
拍子抜けして、シャステはおずおずとレーベの背を撫でた。
そうせずにいられないほど、彼が衰弱しているように見えたからだ。
「あのひとの部屋に入ったことがあるか?」
「いいえ、最近はないわね」
「壁中、どこもかしこもおまえの写真ばかりだ」
「……すぐにでも全部焼却処分するわ」
ぞっとした。
姉に関しては何を考えているのか分からないところが多いのだが、本当に残念な美女だ。
「だから……どうしてもおまえに逢いたくなる」
ぽつりとレーベが囁いた言葉に、シャステは頬を赤く染めて、けれど彼の背を撫でていた手をはなして、逆にその肩を押す。
「どうして……ぼくを選んでくれなかった?」
レーベが少しだけ身体をはなして、シャステの金色の瞳を見つめる。
それに対して、シャステは視線をそらしたが、アンネマリーの言葉を思いだして迷いが生じる。
「ねえ、レーベ……一緒に居られなくても、あなたはあなたの人生を歩んでくれるわよね?」
「……なに、それ」
レーベがおかしそうに小さく笑ったのを見て安堵したのも束の間。
「そうなると思ってた? ぼくは、おまえが他の男と結ばれるのなんて……見届けるつもりはないけど」
嘲笑にも似たその笑みに、シャステは思わず彼を抱きしめる。
「っ……レーベ!」
恐ろしかった。
その声が、言葉が、本気だとすぐに分かったから。
彼がいなくなってしまうのが恐くて、縋るようにきつく抱きしめる。
「そうして抱きしめてくれるなら……どうして選んでくれなかった……?」
そう言った彼の声は震えていて、悔しさが滲んでいた。
「ぼくはおまえが他の男のもとへ行くのになんて耐えられない。でも、おまえは違うんだろう?」
「そ、んなんじゃ……」
ない。ただ、彼が無事で居てくれたと、そればかりに囚われてしまっていた。
だって彼が死んでしまったら、もう二度と会えない。
けれど離れ離れになるのなら耐えられると、思った、のに。
それなのに彼は、最初に父から破談を告げられてすれ違ったあの日からもう、そのつもりだったのだろう。
「違うわ、あたしは……あなたを傷つけたくなく……て」
「今だって、充分傷つけていると思うけど?」
そう言って、レーベはシャステの唇に自らのそれを重ねる。
突然のことに拒むこともできずに、シャステは金色の瞳を見開いた。
「いっそ……攫ってしまおうかと思うほど、ぼくは思い悩んでいるのに」
「レーベ……!」
シャステが拒絶するように彼の肩を押してもびくともせず、強く抱きしめられてさらに深く口づけられる。
「愛してる……シャステ」
そう甘く囁いて、彼は彼女の首筋にキスをした。




