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 その夜、シャステは遅くまで眠ることができずにいた。

 部屋からベランダに出て空の星を見あげて金色の瞳を細める。

 レーベのことを手放したのは自分であるし、それ自体はしようがない。

 彼が無事であってくれれば。

「……レーベ」

 小さく名前を呼んだとき、突然うしろから誰かに手で目を塞がれた。

「っ⁉」

 悲鳴をあげようとすれば、もう片方の手で口を塞がれる。

 焦りからどくどくと心臓が早鐘を打つ。

 しかし、聞こえたのは意外な声だった。

「ぼくが何? シャステ」

「――え」

 するりと手がはずれて、慌てて振り返ればそこにはレーベの姿がある。

 どこか寂しそうで、どこか諦めたような笑みをうかべる彼に、シャステはぱちぱちと金色の瞳をまたたく。

「ど、どうやってここに……!」

「忍びこんだ」

 さらっとありえないことを言う。

 グラナートとレーベの実力は拮抗しているということだろうか。

 なんにせよ、彼の目を掻い潜って入って来たのは間違いない。

 レーベは魔術にも長けているから、確かにグラナートは不利かもしれない。

「何をしにきたのよ」

 シャステがあとずさりながら問いかけると、レーベは窓を閉めて、あいた距離を詰めながら静かに言う。

「おまえに会いに来た」

「なんで――」

 ついに背中にベランダの手すりが当たり、身動きが取れなくなったシャステをレーベが追い詰める。

 警戒していたシャステだが、レーベはぎゅうとシャステを抱きしめると、その首筋に顔をうずめて大きなため息を吐いた。

「……おまえが姉を疎むのも分かる気がする」

「……どうしたのよ、急に。あと疎んでいるわけじゃなく、お姉様のためにならないから避けているだけよ。あたしは」

 疲れているのだろう、おそらく、とても。

 拍子抜けして、シャステはおずおずとレーベの背を撫でた。

 そうせずにいられないほど、彼が衰弱しているように見えたからだ。

「あのひとの部屋に入ったことがあるか?」

「いいえ、最近はないわね」

「壁中、どこもかしこもおまえの写真ばかりだ」

「……すぐにでも全部焼却処分するわ」

 ぞっとした。

 姉に関しては何を考えているのか分からないところが多いのだが、本当に残念な美女だ。

「だから……どうしてもおまえに逢いたくなる」

 ぽつりとレーベが囁いた言葉に、シャステは頬を赤く染めて、けれど彼の背を撫でていた手をはなして、逆にその肩を押す。

「どうして……ぼくを選んでくれなかった?」

 レーベが少しだけ身体をはなして、シャステの金色の瞳を見つめる。

 それに対して、シャステは視線をそらしたが、アンネマリーの言葉を思いだして迷いが生じる。

「ねえ、レーベ……一緒に居られなくても、あなたはあなたの人生を歩んでくれるわよね?」

「……なに、それ」

 レーベがおかしそうに小さく笑ったのを見て安堵したのも束の間。

「そうなると思ってた? ぼくは、おまえが他の男と結ばれるのなんて……見届けるつもりはないけど」

 嘲笑にも似たその笑みに、シャステは思わず彼を抱きしめる。

「っ……レーベ!」

 恐ろしかった。

 その声が、言葉が、本気だとすぐに分かったから。

 彼がいなくなってしまうのが恐くて、縋るようにきつく抱きしめる。

「そうして抱きしめてくれるなら……どうして選んでくれなかった……?」

 そう言った彼の声は震えていて、悔しさが滲んでいた。

「ぼくはおまえが他の男のもとへ行くのになんて耐えられない。でも、おまえは違うんだろう?」

「そ、んなんじゃ……」

 ない。ただ、彼が無事で居てくれたと、そればかりに囚われてしまっていた。

 だって彼が死んでしまったら、もう二度と会えない。

 けれど離れ離れになるのなら耐えられると、思った、のに。

 それなのに彼は、最初に父から破談を告げられてすれ違ったあの日からもう、そのつもりだったのだろう。

「違うわ、あたしは……あなたを傷つけたくなく……て」

「今だって、充分傷つけていると思うけど?」

 そう言って、レーベはシャステの唇に自らのそれを重ねる。

 突然のことに拒むこともできずに、シャステは金色の瞳を見開いた。

「いっそ……攫ってしまおうかと思うほど、ぼくは思い悩んでいるのに」

「レーベ……!」

 シャステが拒絶するように彼の肩を押してもびくともせず、強く抱きしめられてさらに深く口づけられる。

「愛してる……シャステ」

 そう甘く囁いて、彼は彼女の首筋にキスをした。

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