13
一方、自室への道を歩いていたシャステはじっとレーベを見つめる。
「……なに?」
どこか面倒くさそうにそう言うレーベに、シャステは至って真剣な顔で言う。
「お兄様の言うとおり、あなたに教えてもらおうかと思って」
「――は? 本気で言ってる?」
驚いたように青い瞳を見開くレーベに、シャステは頷く。
「何もしないよりはいいじゃない、あなたの型で教わっても、一度くらいは殴れるかもしれないし」
「さっきの殿下の言葉、聞いてた?」
あきれたようなレーベの声にも、シャステは動じない。
守るために、でないのなら教えないと言われたばかりだろうに。
「こっちとしてはあなたのこと一度は本気で殴らないと気がすまないの!」
どうやら本気らしいシャステの言葉に、レーベは小さなため息を吐いた。
そしてシャステの手を掴むと立ち止まらせて、頬を差し出す。
「どーぞ」
「え……」
要するに、殴りたいのなら殴れということだが、ここにきてシャステは戸惑った。
「殴らないの? こっちとしては、おまえが護身術だの身につけて、余計に手間のかかるオヒメサマになるのはごめんだよ」
淡々とそう言ったレーベに、シャステはしばらく葛藤して唇を開いた。
「な……殴れ、ない」
我ながら疑問に思いながら首を傾げるシャステの手を引き寄せ、身体を寄せるとレーベはシャステの頬に口づけた。
「ひっ……ちょっと! 何するのよ!」
ぞわりとしたものの、頬を真っ赤に染めて怒る彼女に、レーベは悪びれもせずに言う。
「ひとがわざわざ殴られる覚悟で言ってやったんだから、しないなら対価を貰ってもいいだろ?」
「よ、よくないっ!」
しかしレーベはシャステと身体をはなすと、さっさと歩き始める。
「ほら、早くしてよ。置いて行かれたいの?」
「……こ、このっ……レーベの馬鹿っ!」
慌ててその隣に並ぶシャステを見やるレーベの青い目は、とても優しいものであった。
久しぶりに見るそんな彼の優しい顔に、シャステは鼓動が高鳴るのを感じながらまた疑問に首を傾げる。
そんな、初々しい二人を遠目に見ていた、女性が一人。
「……あの小僧」
金色の目に憎しみを宿して見つめていたのは、シャステの姉フィエナそのひとだった。
日暮れを迎えた部屋で、シャステは窓枠に手をついて赤く染まった空を見あげて首を傾げていた。
なぜレーベを殴れなかったのだろう。
直前まであんなに苛立っていたのに。
いざ殴れと言われれば、心が痛んでそうできなかった。
「なぜなのかしら」
「何が?」
突然すぐ傍から声がして、シャステが振り返ると至近距離にレーベの顔があり、一気に顔が熱くなる。
「だ、だからっ! 許可していないのに入ってこないでっ!」
「……おまえさ」
レーベの青い目がじっとシャステを見つめている。
そのことに奇妙な恥ずかしさを感じて、シャステは金色の瞳をそらした。
「本当に、グラナートのことが好きなのか?」
どこか冷めたレーベの問いに、シャステはまた首を傾げる。
「好きよ? だって彼はあなたと違って優しいもの」
「そうじゃ……なくて」
言いよどんだ彼は、少しして意を決したように言う。
「男として、好きなのかって聞いているんだよ。結婚したい相手として」
「――ばっ」
シャステは耳まで赤くして、意味のない言葉をこぼす。
「馬鹿なこと言わないでよ! グラナートはあたしにとって優しいお兄様みたいなもので……ギルバートお兄様とは疎遠になってしまって、それで……っ」
「じゃあ……そういう意味では好きじゃないんだ?」
レーベの表情は真剣なもので、シャステは冗談を言う気にもなれずに頷いた。
そうすると、彼はまたとても優しい顔をする。
「……そうか」
「な、何よ。今日のレーベはなんだかヘンだわ」
彼の調子がおかしいから、シャステの調子も狂ってしまう。
胸がざわざわして、鼓動が速くなり、頬が熱くなる。
これではまるで恋をしている少女のようで、シャステは自身の状態を疑問に思っていた。
「ヘンでもいい、それが聞けて良かった」
そう言うと、レーベはゆっくりとシャステから離れたのだが……その緩やかな時間を引き裂くかのように高速で何度もノックの音がしたかと思えば、返事を待たずして扉が開く。




