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 それから一週間、シャステはあの手この手でレーベに嫌われようと振舞いつつ、彼が隠していることを探っていたのだが、目ぼしい情報はどこにもなかった。

(もうっ……レーベはどうしてあたしに嫌気がささないのかしら、やっぱり権力欲とかそういうのかしら)

 天気の良い昼下がり。

 いらいらとしながら、彼女はいつかのように自室で円を描くようにしてぐるぐると歩きながら考え事をしていた。

(隠しごとのことだってなんのことだかさっぱりだわ。なんの情報もないし、グラナートも知らないみたいだし、お父様も知らないみたいだし……なんなのよっ)

 この時間帯はグラナートが扉の前に居るのだろう、レーベのように声をかけず、そっとしておいてくれている。

 大きく深呼吸をして、シャステは窓辺に移動した。

 外の空気でも吸おうと窓を開けたとき偶然、視界の隅に映ったものを追いかける。

 それは中庭を歩いているレーベとアンネマリーの姿だった。

 やはり彼の表情はいつになく穏やかで、対するアンネマリーもにこにこと微笑んでいる。傍目から見ていると、まるで恋人同士かのようだ。

(く……だから、好きなひとが居るなら潔く破棄してくれればいいのよ! あたしとのことはっ!)

 それなのに権力欲でもあるのだろうか、シャステとしては不満でならない。

 レーベとアンネマリーを見ていると、なぜか余計にいらいらしてくる。

 それなのに、目を離すこともできない。

 じっと見つめていると、先に気づいたレーベがこちらに視線を向ける。

 けれどその表情は、アンネマリーに向けるものとは違ってつらそうなものだった。

(まぁあたしも最近、特にひどいことばかりしているからレーベのことは何も言えないけど……でもそんな顔するくらいなら、あたしのことはほうっておいてよ)

 シャステは窓を閉めると、深呼吸をひとつしてソファーに座った。

 そんな彼女の前にあるテーブルに、そっと紅茶が置かれる。

 見あげれば、いつの間に部屋に入って来たのかグラナートの姿がある。

「落ち着きますよ、姫様」

 微笑んでそう告げる彼に、荒んだ心が少しだけ癒される。

「グラナートは優しいわね」

 綺麗に澄んだ紅茶に視線を落とし、カップを手に取ると口につける。

 良い香りと共に、舌に広がる品の良い味、身体も温まりシャステは小さく息を吐いた。

「……レーベって、どうしてあたしとの婚約を破棄してくれないのかしら?」

 シャステの言葉に、グラナートはなぜか困ったような顔をした。

 優しい彼のことだから、同僚を悪く言いたくはないのだろうと考える。

「意外と、本当に姫様のことが好きなのかもしれませんよ」

 グラナートの言葉に、シャステは眉を寄せる。

「ありえないわ。せいぜいあたしを娶ることでついてくる権力が好きなんだとしか」

 思えない……と言おうとして、我ながら胸が痛む。

 レーベとは長い付き合いなのだ、だからこそ、こんなにお互いに嫌いあっている現状がつらくないわけではない。

 少なくとも、昔はそれなりに仲が良かったのだから。

「あいつのことを考えているといらついてしようがないわ。本当に、いつからこんなに嫌いになったのかしら」

 ふうとため息を吐いたシャステに、グラナートは困ったような顔をするばかりだ。

 以前、彼にもそれとなくいつから仲が悪くなったのかたずねてみたが、知らないようだった。

 喧嘩でもしたのでは? と言われたが、喧嘩ならほとんどいつもだ。

 シャステが喧嘩だと思っているだけで、レーベにとってはそれ以下かもしれないが。

(そんなことでここまでレーベを嫌いになるはずないのよ)

 けれどこれ以上考えてもしようがないと、シャステはかぶりを振った。

 どんなに考えたところで、手がかりも何もなければただの妄想だ。

「ねえグラナート、あなたには好きなひとが居るの?」

 突然シャステにそう問いかけられた彼は、きょとんとした顔をしていたがやがて首を傾げた。

「いったいどうなさったのです? 突然」

「少し気になっただけよ。あなたみたいな旦那様だったら、きっと奥方も幸せね」

 ふふっとシャステが笑うと、グラナートは困ったような顔で微笑む。

「そうでしょうか? 姫様もご存知でしょうが、私の家は傾いておりましたので……その、家族みんなが庶民的なこともできてしまいますから、誰も嫁ぎたいなどと思わないでしょう。母なんて、一時期はノイローゼになってしまいましたから」

 もちろん知っている。グラナートの出世と共に持ち直したのがハーバールス伯爵家だ。

 ほんの少し前までは、雨漏りはする、召使は居ない、貴族など名ばかりで体裁も繕えないほどに酷かったとか。

「あら、あたしはあなただったら喜んでと思うけれど」

 冗談めかしたシャステの言葉に、グラナートは赤い瞳を見開いた。

 そしてすぐに、いつもの柔和な笑みで言う。

「姫様と私ではまったくつりあいませんよ、姫様には、レーベのほうがずっとお似合いです」

「地位はね」

 憂鬱そうに言って、シャステはまた紅茶に視線を落とす。

 そのとき、ノックの音が響き返事をするとレーベが顔を覗かせた。

「おまえのほうがよほど軽薄な女なんじゃないの、シャステ」

 どこか嘲笑を含んだレーベの言葉に、シャステは眉を寄せて嫌そうに言う。

「ぐ……どこから聞いていたのよっ! だいたい、戻ってきてくれなくて結構よ、彼女と楽しくお茶でも飲んでいればよかったじゃない!」

 シャステの言葉にレーベは涼しい顔で言う。

「またどこぞの軽薄な婚約者が勘違いで言いがかりをつけてくるんじゃないかと思って」

「おあいにくさま、軽薄なんじゃなくてあなたのことなんて最初から好きじゃないのよ」

 レーベだってそうだろうと思ったのだが、彼の青い瞳に翳がさす。

 めずらしく本気で怒っているらしいレーベに、シャステはびくりと肩を揺らす。

 そこに、グラナートの真剣な声が割って入る。

「二人とも、喧嘩はいけません。姫様も、言いすぎですよ?」

「わ……悪かったわよ」

 シャステがそう言うと、レーベは小さく嗤って言う。

「でも否定はしないんだね?」

 嘲笑と諦めを含んだような声音に、シャステは言葉を紡ごうとして、けれど、もとより彼に婚約破棄をしてもらうことが目的の一つであるのだからと口を噤んだ。

「そんなに嫌なら、余計に破棄になんてしてやらないよ。おまえの嫌がる顔を見てすごすのも悪くないからね」

「――な」

 けれどレーベは想定外の方向に転んだ。

 言葉を失うシャステに、彼はにこにこと微笑んで言う。

「毎日毎日ぼくに多大な負担を強いておいて、まさか、なんの仕返しもされないと思ってた?」

 確かに、権力が欲しいのであればすべて逆効果ではあったかもしれない。

 シャステがどんな態度を取ろうと、レーベにとっては関係ない。

 むしろ、シャステが嫌がれば嫌がるほど、シャステのことなど好きでもなんでもない彼にとっては好都合なのだ。

 結局のところ、婚約破棄に追いこもうという作戦は失敗に終わった。

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