1話
「っは?」
響花の目に、家がうつる。
これといった特徴のない、庭付きの家。響花が、ほぼ毎日見ていた家。自分の家だ。母を殺す前に見た時とまったく変わらない。
それを確認すると同時にある疑問が生まれる。なぜ、自分が生きているのか、響花が死にそこねたとしても起きるのは病院だろう。ついでに言えば、どう見ても犯人にしか見えない自分を罪に問わないタコはいないはずだ。少なくとも何があったのかは聞く。
だとすれば、もしかして、夢……だったのだろうか。いままでの苦しみを忘れるような感覚も夢だったのか。だが、違う。違うと、心が叫ぶ。あの感覚は本物だと、夢などではないと、叫ぶ。
『あれは、現実だった』と
響花は、自分の心に心底同意したかった。
まあ、それはそれとして。
(なに、あのテンション………!?)
思考の邪魔だったため意図的に我慢していた羞恥が顔を出す。響花の顔が段々と赤くなる。響花自身も自覚しているのだろう、しゃがみこんで顔を隠している。耳の先まで赤いのでたいした意味はなせてないが。
元々、響花は人を殺したかったし血もみたかったしその想いも年々強くなってるなぁとも思っていた。思っていたし来年我慢出来るかなぁとか四年以上前から毎年考えてた。
だか、あれはないだろう。と響花は思う。
なぜ、あそこまで興奮したのだ。あんなにやらかしちゃったら本当に気が狂った人だろう。家族いたぶり殺して高笑いとか本当に恥ずかしい。
いや、響花も特に理由なく家族殺しちゃった時点で狂っているのは自覚しているのだ。ただ、響花は殺した時にヒャッハーした自分に激しい羞恥を覚えているのであって、詰まるところ混乱していた。
たが、家の前、つまりは玄関の前でいきなり赤面してしゃがみこむ女子中学生は、客観的に見て大分おかしい。何やってんだってなる。自分の家なんだから中に入れよってなる。よし、色々考えてたら熱おさまってきた。
とりあえず玄関を開ける。
とんとんとリズミカルな音が台所から聞こえたと思うと、いきなり音が止まり響花の母親が小走りでやってきた。
「どうしたの?今日は早いわね、部活は?」
母が全て忘れた顔と体でふわりと微笑む。響花が彼女の喉を潰したことも、絶望するまでいたぶったことも、───殺したことさえも、忘れたみたいに。
「もしかして、具合悪いの?だから早く帰ってきたの?」
熱でもあるのかと心配し母は響花に手を伸ばす。だが響花は一歩下がって手を避けた。今、触ったら、自分は衝動を抑えられず、殺してしまいそうで。
「響花?」
母の怪訝そうな声がする。そうだ、ごまかさないと。
「大丈夫。今日はたまたま部活がなかっただけだから、具合が悪くなって帰ってきたわけじやない」
「そうなの?でも今日のあなた、少し、ようすが……」
「大丈夫だよ!」
笑え、と顔に命令する。
元気だと分かるように、健康だと分かるように。両手を広げ、怪我がないと誇示する。
これぐらい、簡単なはずだ。いつもやっていたのだから。
「ほら、どこもおかしくないでしょう?」
母は少し納得していなかったが響花は丸め込んだ。「本当に大丈夫なのね?」とねんをおされたが。
だが、せっかく母を丸め込んだのに、話し声を聞きつけたのか、弟が階段を降りてきた。しかも、頭がいいせいで、いつもは姉である響花を馬鹿にしてくる生意気な弟までもが、なぜか今日に限って心配してきたのだ。
「姉ちゃん大丈夫?何かあったのか?」と
それすらも頑張ってごまかしきって、響花は自分の部屋へと続く階段に足を向けた。
母といい、弟といい、どれだけ響花の HP を削れば気がすむのだ。削りきった先に待つのはお前らの死と響花の羞恥だけだぞ。
そして弟をごまかした代償は、今日一日の軽い寝不足の演技だ。しょーじき、めんどくさぁい。
しかし嫌な事は続くとは良くいったもので、響花が階段に足をかけるのと同時に家の玄関が開き、父が入ってきた。本当に、嫌な予感しかしかない。
全く嬉しくもないことに響花の予感は的中し、父からも心配された。『大丈夫か?何があった?』とか問われても、大丈夫じゃない原因は今こうして殺人欲求を無理に抑えているせいである。他の家族にも言えることだが、響花への心配は逆効果にしかなっていない。頼むからほっといてくれ。
10年間培ってきた演技力が父にすらも破れたことに少なくないショックを感じつつ、そう思った理由をきく。伸ばした手を避けられて不信感を覚えた母や、母との会話を聞いて心配した弟とは違い、父にはなんのヒント与えていない。気付かれるのは、そう、おかしいのだ。
そんな響花の心情など知らないとばかりに父は頬を緩ませた。
「なんだ、わかってなかっのか?
お前、あきらかに眉が寄って、不満ですってかんじの顔してるぞ?」
読んでくださりありがとうございます。
燃えるツチノコは、燃え尽きたツチノコになりました。再び燃えるまで時間がかかります