プロローグ
なにぶん初めてなので、至らないところがありますが、気長にお付き合いください。
窓から西日が差していた。
台所にあるモノは全て赤色に染まる。
赤に染まった台所は怪しくも美しく光った。
「あはっ あははっ あはははははははははははっ」
まだ大人になってもいない少女が笑う。
その光景はまさしく異様。
白いセーラー服を赤色に染めて、紅がしたたる包丁を持ち、血溜まりの上で笑い続ける。
この日の、この出来事が、この世界でなによりもどんなことよりも楽しいことの様に、面白い事の様に。
少女の足元にある紅いモノは、3人の人間であり、彼女の両親と弟だ。少女自身が殺したせいで、もう動くことはないけれど。
少女──響花は、ひたすら残虐な方法で殺した己の家族に対して、不満はほぼ無かったと言っていい。
リビング、キッチン、浴室と家族四人それぞれが部屋を持てば空き部屋がなくなる程度の庭付きの家、食べるのに困らないくらいの年収の父親、たまに自作料理で失敗するが大抵は美味しい料理を作る母親、ついでに生意気だが赤ん坊の頃から知っている弟、ありふれた中流家庭ではよくある普通の家だ。だからこそ響花は家族全員が好きで不満もなかった。
本当に小さな、小言がうるさいなどの不満はあったとは思うが。
では、なぜこんな事をしたのかと問えば単純明快な答えが返せるだろう。
─────殺りたかったから、した。
それは本能に刻み込まれたような衝動だった。
響花は、もの心ついたときから誰かを殺したいと思っていたのだ。血が見たいとも。殺す過程を楽しみたいとも。 切実に、そう思っていた。それこそ毎夜涙を瞳に滲ませ嗚咽を堪える程度には。
でも、できなった。
子供のときは、力がなかった。しかも、ここは日本だ。警察が有能すぎる。治安が良過ぎる。誰も殺せないし殺せるような仕事も無い。
気付いたときは、絶望していた。
一生、人を殺すことができないのかと
衝動のように湧き上がるこの飢餓感を一生、抱えて生きなければならないのかと。
それからは我慢し続けた。
我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して、我慢して!!
その衝動はないものと自分に嘘を吐き続けて!
5歳のときから10年間、心を、酷使し続けて!
もう、限界だった
セーラー服で帰ったら普通に母親が台所に立っていて、台所には普通に包丁が置いてあって、普通に母親が無防備に背中を向けた。
始まりは、それだけだった
最初に一階には母親しかいなかったので早速母親の喉を潰した。叫べない母親をゆっくりといたぶった。
少しずつ血を流す量が増えていくにつれて驚愕から憤怒に、憤怒から恐怖に、恐怖から絶望に変わる表情を眺める快感は今までの人生の価値を疑った。
次に弟を台所に呼んで血が溢れでている母親を見せた。
ぽたりぽたりと静かに落ちる涙と今だに母親から溢れでている血のコントラストもさることながら、彼が返り血で真っ赤に染まったセーラー服を見て響花が母を殺したと理解した時の顔は、思わず押し倒して殺しちゃう程可愛いかった。
普段の自分では考えられない程興奮出来たけれど、すぐに殺しちゃったのは惜しかったかもしれない。
それに、このときに警察に電話されちゃた。
失敗失敗。
さぁ、最後は父親だ。
弟を殺した後すぐに帰って来てくれて助かった。早くしないと警察が来てしまう。
流石に大人の男には力でかなわないので母親や弟よりも玄関に近くなるように倒れた。
すぐに父親は私を見つけて叫び、次いで私が先程殺したモノを見て駆け寄った。
私に背中を見せて。
その隙を逃さず気付かれないように近づき、そっと首を深く切った。血が溢れる。段々と血が出てくる量が増え、反比例して瞳から光が失われていく。あぁ、嗚呼!こんな楽しい事があったなんて、私は今までどれだけ損をしていたのだろう!!
一歩下がって紅い台所をみる。
響花は、『ほうっ』と声を漏らした。
頬は恋する乙女のように上気し、目は愛しい人を見る様に甘い。口からはくすくすと笑い声をもれ出てきて、さながら愛しい恋人とデートでもしているかのようだ。
嗚呼、なんて綺麗なんだろう。
いつの間にか台所には西日が差し、己が作った紅と夕日の光が世にも美しい共演を果たしている。
それを見ているとなんとも言えない気分になる。
あえて言葉を当てはめるなら「楽しい」だろうか。それとも「嬉しい」?
くすくすと笑っていたはずなのに今ではこらえようもない感情に突き動かされ、体全身を使う程大きく笑ってしまっている。
飽きる事がないと言い切れる光景に、無粋なものが割り込む。パトカーがうるさい。
響花はそういえば弟が電話してたな、と思い出す。そして、あきらかに顔を歪めた。このままでは、捕まってしまうではないか。
ふと、響花は考える。捕まったらどうなるのか。
たしか、日本では3人殺したら死刑だった気がする。それなのに、どこかの大臣が許可を出さないから実質、終身刑になる事も多いと聞いた事がある。
つまり、自分は死刑か終身刑になるのである。
少し、捕まらない方法を思案する。
だが、どんなに考えても解決策は出てこない。当たり前だ、警察は銃を持っているし、もともと、こちらはしがない女子中学生なのだ。
そうすると、己は捕まってしまう。
それはやだなぁ、と響花は思う。自分のために人を殺したのだから、人のために自分が殺されるのはいい。覚悟は出来ている。
だけど、だけれども。
終身刑は、あんまりじゃないか。また、我慢しなければいけないのか…!また、あの地獄の苦しみを味あわなければいけないのか!イヤダ。絶対に。
考えろ。考えるんだ。いま、自分が終身刑などではなく、死刑になる方法を。
そうしないとまた、あの苦しみが襲ってくる。一度幸福を味わってしまったからこそ、あの衝動があの飢餓があの飢えがあの渇きが!倍じゃ効かない大きさになって襲ってくる!
どうすればいい、どうすればいい!?
わざと自分の快楽のために殺したと言って嫌悪感をあおる?それとももっと人を殺す?
ダメだ、確証がないし、警察が近いから殺す前に捕まえられる。 そんな不確定要素が多い選択肢を選んで終身刑になったら目も当てられない。凶器を持てない自分なんて同い年の女の子も殺せないだろう。
ほかに、何かないのか!死刑になるための、自分が、私が死ぬため、の…方…法………は?
響花は唐突に動きだす。
紅のしたたる包丁を逆手に持ち、左胸の、ちょうど心臓の上になるように先端を当てる。そう、死刑執行人は、決まってない。誰だっていいのだ。自分の、家族の様に。
笑う。
もう満足したと、ごまかす様に。
もっと遊びたいと、残念がる様に。
一生檻の中なんて最悪の結末ではなく、人生の最後に自らが一華咲かせたという最高の結末にしよう。
そう、考えて胸に包丁を沈めた。
そのとき、
響花の、耳に、声が届いた。
『みぃつけた!』
目をあけた先には、響花の家が、ひろがっていた。