表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/10

第八話 智実、テスト前日なのにお熱を出しちゃった!?

午後二時頃。

「こんばんは、智史くん。いっしょにテスト勉強しよう♪ 明日は二科目とも私の得意科目だから、重点的に教えに来たよ」

 伸英が智史宅を訪れてくる。

「べつにそこまでしてくれなくても良かったんだけどな」

「まあそう言わずに。私もみんなといっしょに勉強したかったし。智実ちゃんはまだ帰ってないんだね」

「夕方まで友達と学校の図書室で勉強会だって」

 智史は迷惑がるも、教材キャラ達は大歓迎。ともあれ、その後はみんなで楽しくお勉強タイム。

 午後三時頃。

「智史、伸英ちゃん、おやつがあるわよ。下りてらっしゃい」

 母からの叫び声。智史と伸英はダイニングルームへ。

 抹茶どら焼きとあんみつが用意されてあった。

「美味しそう♪ 勉強中の息抜きには甘いものが一番ですね」

 伸英の顔は綻ぶ。

 先日の夕食時と同じく、智史は伸英と向かい合わせに座らされる。

「伸英ちゃん、悪いわね。智史のせいで自分の勉強の妨げになっちゃって」

「いえいえ、私、智史くん達といっしょにお勉強する方がずっと捗って楽しいので」

「俺は一人の方が勉強しやすいんだけどな」

 味わいながらそんな会話を弾ませていた時、智史の自室では、

「限りなく美味しい♪」

「いとをかしくて、甘しですね」

「Delicious! I‘m happy.ちなみに和菓子は英語でJapanese confectioneryだよ」

 理密図、葉月、モニカも同じおやつを幸せそうに頬張っていた。

 伸英が食べる前にスマホで撮影→智史が部屋に置いていったスマホに即送信。その画像から露古湖が取り出したというわけだ。

「伸英ちゃん、このみかんとさくらんぼとパイナップルあげるね」

「心遣いは嬉しいんだけど、智史くん、これは自分で食べなきゃダメだよ」

「それはきついな」

 引き続き智史と伸英とで会話を弾ませていると、

「ただいまー」

 智実も帰ってくる。

「おかえり智実、抹茶どら焼きとあんみつ用意してるわよ」

「やったぁ♪」

 母から伝えられると、智実は笑みを浮かべてとことこ小走りでダイニングルームへ。

「あっ、伸英お姉さんも来てたんだね。こんにちはー」

「こんにちは♪ あら? 智実ちゃん、お顔がちょっと赤いよ。お熱出しちゃったのかな?」

「大丈夫? 智実」

「智実、風邪引いたっぽいな」

 伸英も母も智史も、いつもとは様子が違っていたことにすぐに気付いたようだ。

「そうなんよ。なんかうち、今、ちょっとしんどくって、予定より早めに帰って来てん」

 智実はゆっくりとした口調で伝える。

「智実、本当に熱があるわ」

 母は智実のおでこに手を当ててみた。

「昨日は雨降ってちょっと肌寒かったし、今日はめっちゃ蒸し暑くて気温差激しかったもんな。智実、部屋までおんぶしてやろっか?」

 智史は、ふらふらした足取りで歩いていた智実に優しく声をかけてあげる。

「ありがとう、智史お兄さん」

 智実は囁くような声で礼を言うと、智史の両肩に手を掛けた。

「しっかり掴まってて」

智史は優しく伝え、おんぶしてあげる。

「智史くん、心優しい」

智史の気配りに、伸英はより好感が持てたようだ。

「智実さん、あつしくしてしまったみたいですね。蓄積のある智実さんには直前に勉強出来なかったところでハンディにもならないと思いますが、後ろめたしです」

「サトシリカゲル、体の中でサイトカインがプロスタグランジンE2の産出を促したサトミトコンドリアに男らしい振る舞いしてるな」

「サトシくんはお兄さんらしいとこを見せたね」

「智史君、妹思いね」

「こういう時は、テスト勉強よりも智実お姉ちゃんの看病を優先すべきだね」

 教材キャラ達も智史の自室からモニター越しに眺めていた。

「智実、もう少しで部屋に着くからな」

 智史は智実をおぶったまま階段を上り、智実のお部屋へ向かっていく。

「智実ちゃん、ランドセル持ってあげるね」

伸英もあとをついていった。

「智実、下ろすよ」

「ありがとう、智史お兄さん」

辿り着くと、ベッドの上にそーっと下ろしてあげる。

「おねんねする前に、パジャマに着替えなきゃ」

智実はゆっくりと立ち上がると、休まず制服のスカートを脱ぎ下ろした。みかん柄のショーツが露に。衣装ケースから取り出したパジャマのズボンを穿くと、続いてポロシャツを脱いで、シャツ一枚姿となった。

「智実、半袖のパジャマで寒くないか?」

智史は下着姿の智実からは目を背けて心配してあげる。

「うん、大丈夫。んっしょ」

智実はお気に入りの白クマ柄パジャマに着替え終えると、すぐさまお布団に潜り込んだ。

「智実、お熱計ろうね」

それからほどなく母がこのお部屋に入って来て、智実に体温計を手渡す。

「うん」

 智実はパジャマの胸ボタンをはずし、わきに挟んだ。

 一分ほどして体温計がピピピっと鳴ると智実はそっと取り出し、自分で体温を確かめる。

「37度9分もある」

 智実はしんどそうに、不安そうに呟く。

「大丈夫よ智実、微熱だから今晩しっかり休めば朝には治ってるから」

 母が優しく伝えてあげると、

「よかったぁー。明日のテストに間に合わせるぞぉ」

 智実はホッとした表情を浮かべた。

「あっ、智実、鼻水が垂れてるよ」

母はとっさに、学習机の上に置かれてあったボックスティッシュから何枚か取り出し、智実の鼻の下にそっと押し当ててあげた。

「ありがとう、ママ」

 お礼を言って、智実は鼻をシュンッとかむ。

「智実、気分は悪くないかな?」

 母は優しい声で尋ねる。

「ちょっと悪いかも。でも、吐きそうなほどじゃない。食欲はあるよ。おやつは食べれる」

 智実はゆっくりとした口調で伝えた。

「それじゃ、あれ持ってくるよ」

 智史は智実の分のあんみつと抹茶どら焼きを取りに行き、戻ってくると、

「ありがとう智史お兄さん、食べさせて」

 智実はとっても嬉しそうな笑みを浮かべる。

「それじゃ、あーんして」

 智史は冷たぁいあんみつを小さじですくい、智実のお口に近づけた。

「あー」

智実は口を小さく広げて、幸せそうに頬張っていく。

風邪引いてる時の智実、より幼く見えるな。

 智史はそう思いながら眺めていた。

「熱出した時って、お母さんの手料理がいつも以上に美味しく感じられるよね」

 伸英はにこにこ顔で呟く。

「今回はスーパーの既製品だけどね」

 母は苦笑い。

「かえって既製品の方がママの手作りよりも美味しいかも」

「こら智実」

 智実はあんみつと、抹茶どら焼きも全部平らげて、

「うち、智史お兄さんの剥いたバナナも食べたぁい」

 にやけ顔でこんな要求もしてくる。

「智実、これだけ食欲あったら大丈夫そうね」

 母はホッと一安心。

「バナナも風邪引いた時に食べるとより美味しく感じられるよね。智史くん、取って来てあげて」

「智史お兄さん、あとカルピスも出して。濃いめがいい」

「分かった、分かった」

 智史は呆れ気味にキッチンへ向かい、その二つを用意して戻ってくると、

「ほら、これ」

「食べさせて♪」

 智実からこんな要求をされてしまう。

「しょうがないなぁ」

 智史は困惑顔でバナナの皮を剥いて、中身の先っぽを智実のお口へ近づけた。

 智実は優しく噛んで、はむはむ味わい、

「とっても美味しかった♪ ごちそうさまぁ」

満面の笑みを浮かべて幸せそうに平らげた。コップ一杯のカルピスもごくごく飲み干す。

汗も全身からびっしょり流れていた。

「お体拭いてあげるね」

「ありがとう、ママ」

「どういたしまして。ちょっと待っててね」

母は機嫌良さそうにそう告げて、使った食器を持ってお部屋から出て行った。

「智実ちゃん、何か絵本読んであげよっか?」

「気遣ってくれてありがとう、伸英お姉さん。でも、今回は、伸英お姉さんの、お歌が聞きたいなぁ。山田耕筰さん作曲の『待ちぼうけ』。明日の音楽のテスト範囲になってるので」

「あのお歌かぁ。私あのお歌好きだけど、歌下手だよ。私のお歌聞いたら智実ちゃんますます体調崩しちゃうよ」

 伸英は照れくさそうに伝える。

「伸英お姉さんの声は癒しボイスだからそんなことないって。あと、うちのリコーダーで演奏もして欲しいなぁ」

 智実はえへへっとにやける。

「私、演奏も下手だよ」

伸英は苦笑いを浮かべ、困惑してしまった。

「どっちかお願ぁい」

 智実はうるうるした瞳で伸英を見つめる。

「こら智実、伸英ちゃん困らせるなよ」

 智史は苦笑いで優しく注意。

「智実ちゃん、演奏するよりは、歌う方がマシだから、歌ってあげるよ。待ちぼうけ 待ちぼうけ ある日せっせと野良かせぎ そこへ兎が飛んで出て♪」

 伸英が照れくさそうに歌い始めてほどなく、

「ころりころげた木のねっこ♪ 遅くなってごめんね智実。伸英ちゃんのお歌も上手だったわよ」

 母がその歌の続きを口ずさみながら戻って来た。お湯を張った洗面器と、二枚のバスタオルを手に持って。 

「はっ、恥ずかしいです」

 伸英は頬をほんのり赤らめて、俯いてしまった。

「照れてる伸英ちゃんも、とってもかわいいわ」

母は上機嫌で洗面器とタオルを智実の枕元にそっと置いた。

「待ってましたー」

智実は寝転んだまま、小さく拍手した。

「俺、薬用意してくるよ。母さん、風邪薬は確かタンスの一番上だったよな?」

「ええ」

 智史は気まずく感じたのか、お部屋から出て行った。

「智史お兄さん、いなくなっちゃった」

 智実は寂しそうに、小さな声で呟く。

「智史ったら、智実の裸を見るのに罪悪感に駆られたのかしら? 智実、お体拭くからパジャマ脱いでね」

「うん」

 母に頼まれると、智実はゆっくりと上体を起こす。パジャマのボタンを外して上着を脱ぎ、次にシャツも脱いだ。きれいなピンク色をしたふくらみかけの乳房が露になる。

「智実、お腹は痛くない?」

「うん、大丈夫」

「喉も痛くない?」

「うん」

「よかった。それじゃ、拭くね」

 母はお湯で絞ったタオルで智実のお顔、のどくび、うなじ、背中、腕、わき、お腹の順に丁寧に拭いていく。そのあとに乾いたタオルで二度拭きしてあげた。

「ありがとう、ママ。汗が引いてすごく気持ちいい♪」

 智実は恍惚の表情を浮かべた。

「智実ちゃん、パジャマ着せるからバンザーイしてね」

 伸英に言われると、

「はーい」

 智実は素直に返事し、両腕をピッと上に伸ばす。

 伸英はシャツとパジャマの袖を通してあげ、ボタンも留めて着衣完了。

「次は下を拭き拭きするね。下着脱がすよ」

 続いて母は智実のパジャマズボンとショーツをいっしょに脱がし、下半身も丁寧に拭いてあげる。

「ふぁ、んっ、気持ちいい♪」

 おへその下からおしりにかけてなでるように拭かれた時、智実はぴくんっとなり思わず甘い声を漏らす。

「きゃはっ」

足の裏を拭いてあげた時にはくすぐったがって、かわいい笑い声を出した。

「はい、拭き終わったよ。足上げてね」

 母は同じように乾いたタオルで二度拭きし、ショーツとズボンを穿かせてあげた。

「おば様、慣れてますね」

 伸英は感心する。

「そりゃぁ昔、智史と智実のおむつを交換してあげたことが数え切れないほどあるからね。二人とも交換する度いつも大声で泣いて暴れ回ってて大変だったわ。伸英ちゃんも、換えてあげたことがあったよ。伸英ちゃんは大人しくてやりやすかったわ」

 母は使ったタオルを絞りながら微笑み顔で言う。

「そうなんですか」

 伸英はアハッと照れ笑いする。

「なんかうち、赤ちゃんみたいで恥ずかしいなぁ」

智実も照れ笑いする。

 それからほどなくして、

「母さん、智実の体、拭き終わった?」

 智史はお部屋の外から小声で問いかけた。

「うん、もう大丈夫よ」

 母がこう答えると、智史は安心してお部屋へ足を踏み入れた。

「これ、薬」

そして小児用のメロン味の風邪薬を溶かした水を母に手渡す。

「智実、次はお薬飲もうね」

 母はそれを智実の口元へ近づけた。

「うん」

智実はお薬を受け取ると、ちびちび美味しそうに飲み干していった。 

「うち、座薬も入れてもらいたいねんけど」

 そのあと、えへへっと怪しげな表情でこんなお願いもする。

「座薬入れるほどの高熱じゃないから、入れなくても大丈夫よ」

 母はふふっと微笑む。

「あ~ん、残念。スタンバイ出来てるのに」

 智実は横臥姿勢のままパジャマズボンと可愛らしい水玉ショーツを脱ぎ下ろし、ぷりんっとしたお尻を露にさせる。

「こら智実」

 智史は咄嗟に一瞬見てしまった智実のお尻から目を背けて呆れ顔で注意する。

「智実、智史困ってるから元に戻しなさい」

 母は微笑み顔で優しく注意。

「はーい」

 智実はえへっと笑い、素直にショーツとパジャマズボンを元の位置へ。

「私、座薬はすごく苦手だなぁ。お尻にぷちゅって入れるの、私もちっちゃい頃風邪引いた時お母さんにしてもらったことがあるけど、逃げ回ってたよ。予防接種並の怖さだよ」

 伸英は苦笑いだ。

座薬というと、俺にも嫌な思い出があるな。

 智史は、幼い頃風邪を引いた時に母に取り押さえられ座薬を入れてもらい、その様子を智実と、お見舞いに来た伸英にもばっちり見られた非常に恥ずかしい過去を思い出してしまった。

「それじゃうち、夕飯までおねんねするよ。おやすみなさーい」

智実は満足げな表情でこう告げて、ロリ美少女キャラの抱き枕を抱えてお布団にしっかり潜り込んだ。

「智実ちゃん、お大事に。早く良くなってね。智実ちゃんの邪魔になっちゃうといけないから、今日はもうお暇させていただきますね」

 伸英はそう伝えてお部屋から出て、智史のお部屋へ荷物を取りに行くと速やかに自宅へ帰っていった。そのあと智史が自室に戻ると、

「サトシくん、caught a coldしちゃったサトミちゃんの分まで頑張ろう! ノブエちゃんが帰ったことだし」

「うぼぁっ! いきなり理不尽だよ」

「スピリット注入だよ♪」

 モニカから腹を一発殴られ、教材キャラ達からのいつも以上に気合いの入った学習指導が再開する。

           ☆

「さっき計ったら37度7分だったよ。ちょっとだけ下がったぁ」

 智実は夕食時には一旦起きて来て、しんどそうにしながらも、全部食べ切った。

「また汗かいちゃったから、今度は智史お兄さんにうちの臭い体拭いてもらいたいなぁ」

「智実、にやけ顔で言うなよ。俺が拭いたらますます体温上がっちゃうだろ。母さんにやってもらって」

 夕食後は、すぐにお部屋に戻ってお布団へ。母にまた体を拭き拭きしてもらい、お薬を飲んでぐっすりおねんね。

    ☆

「こんなイージーなグラマー問題もミスするなんて、I‘m disappointed with you.」

「いってぇぇぇ~っ! そうはいっても古文文法って英語よりもむずいんだよなぁ」

智史はその日の夜も、いつもと変わらずモニカから時おり分厚い英和辞書で肩をボカッと殴られるなどの体罰されながら、テスト勉強に励むのだった。

   ☆

真夜中、丑三つ時。

「智実さん、風邪を治せるようには設定してくれていませんが、おまじないはしておきますね。さだめて朝までにはおこたってますよ」

 葉月は智実のお部屋に入って来て、ぐっすり眠る智実に手をかざしてあげたのだった。

    ☆

朝、七時半頃。智史のお部屋。

「智史お兄さん、おっきろーっ!」

「ぶはぁっ! こら智実、そういう起こし方はやめろって前にも言っただろ」

「だって一発で簡単に起こせるんだもん」

 智史は智実に薄い夏布団越しに乗っかられて起こされた。

「智実、熱、すっかり下がったみたいだな」

「うん、もうばっちり♪ さっき計ったら36度5分まで下がってたよ。これで今日のテストも全力を出せるよ」

 智実は満面の笑みを浮かべて伝える。

「それは良かったな。俺も今日も全力を尽くすよ」

 智史もホッと一安心だ。

朝から大雨で憂鬱な気分になってしまいそうなお天気だったものの、今日のテストは智史も智実も伸英も好調だったようだ。

       ☆

智史が通う高校の期末テスト四日目終了後。

「今日は現社と生物で楽だったけど、明日が一番嫌だな。数Ⅰと英語、どっちも俺の苦手科目だし」

「僕は数学は一番楽しみだけどね」

「数学が得意なやつの頭の構造は理解出来んな。おれは全科目苦手やから」

「朋哉、それはやばいぞ。俺も頑張らないと」

「今日は四日だよな。ジャ○プSQとジャ○プコミックの新刊、今日発売だから駅前の本屋までいっしょに買いに行こうぜ」

「えー、あと一日だけなんだし、終わってからでいいだろ。今日買うと、絶対気になってテスト勉強に集中出来なくなりそうだし」

 朋哉の誘いに、智史は眉を顰めながら意見した。

「おれは明日の試験完璧に捨ててるし。おれ目当てのやつは人気作だから明日には売り切れてるかもしれねえし」

けれども効果なし。朋哉の意思は全く変わらず。

「そういうのはたくさん入荷されるから、むしろいつでも手に入れ易いだろ」

 ほとほと呆れ果てる智史に、

「あのう、利川君。僕も、いち早く読みたいですしぃ、いっしょに行きましょう」

 哲秀も申し訳無さそうにお願いして来た。

「……哲秀まで。それじゃあ、行くか」

 智史は五秒ほど悩んだのち、こう意志を固めた。

「みんな、お目当てのもの買ったら長居はせずにまっすぐおウチに帰って、しっかりテスト勉強しなきゃダメだよ」

困惑顔で見送った伸英をよそに三人は学校を出ると、最寄り駅の方へと向かっていった。

「いけませんね、智史君。これでは」

「帰ったらたっぷりお仕置きが必要だね。bamboo swordでダイレクトにおしり叩き百発で良いかな?」

 あのやり取りをモニター越しに眺め、露古湖とモニカはむすぅっとなった。

「智史君だけじゃダメね。智史君の貴重な学習時間を阻害しようとしているあの朋哉君という奈良の大仏みたいなお顔の悪友と、哲秀君という微妙に溥儀っぽいお顔の子も懲らしめなくちゃ」

 露古湖はにやりと微笑んだ。

「さすがロココちゃん、受講生のフレンズにもシビア」

「いよいよ智実ちゃんのこの究極の空想アイテムを使う時が来たわね」

 露古湖はそう言うと、自分用のテキストからサランラップのようなものを取り出した。そしてそれを適当なサイズに千切り、テレビ画面にぴたりと貼り付ける。

「露古湖お姉ちゃん、それなあに?」

「ロココロナ、また妙なのを出したね」

「ひょっとして、アレかな?」

 理密図、化能蒸、モニカの三人は興味津々に観察する。

「これをテレビ画面に貼り付けるとテレビに飛び込めるようになって、映っている場所へ移動することが出来るのよ。ただし、ライブ映像に限るけどね」

 露古湖は自慢げに伝えた。

「ど○でもドアみたいなものかなぁ?」

 理密図はすかさず突っ込む。

「そんな感じね。ちょっとお手本を見せましょう」

 露古湖がテレビ画面に手を入れた瞬間、

「いてっ!」

「どうした、朋哉?」

「何かあったのでしょうか?」

 智史達のいる場所はこんな現象が起きた。

「なんか、いきなり後ろから髪の毛引っ張られたみたいなんだ」

 朋哉はそう伝えながら後ろを振り返ってみた。

「あれ? 気のせいかな?」

 しかし誰もいないことに朋哉は不思議がる。

「たぶんそうだろ」

 智史は素の表情で突っ込み、

「僕はおそらく、カナブン的な昆虫に衝突されたのだと思います」

 哲秀はほんわか顔でこう推測した。

「あー、あり得るよな、チャリ乗ってる時とかたまに顔にぶつかってくるし」

 朋哉は朗らかな気分で笑う。

「哲秀、さすがの推理だな」

 智史も感心する。しかし哲秀の推理は間違いだった。

露古湖が朋哉の髪の毛を後ろから引っ張ったのだ。

 三人は当然、それに気づくはずはない。

「これぞ『後ろ髪を引かれる思い』ね」

「露古湖さん、それは誤用です。後ろ髪を引かれるとは、心残りがしてなかなか思い切れないことです」

「あらまっ、そうでしたか。さすがは国語科担当ね」

 葉月に指摘され、露古湖はちょっぴり照れた。

「これもまたグレートファンシーアイテムだね」

「サトミトコンドリア、発想力すご過ぎるぜ」

 モニカと化能蒸はかなり絶賛していた。

「さてと、先回り地点を映して、さっそくお仕置き開始よ」

 露古湖はにこやかな表情でそう告げると、映像を別の地点に切り替えた。

続いて、智史が中学時代に使っていた理科の資料集のとあるページを開き、開かれた方をテレビ画面に向ける。そして背表紙をトントントンッと手で叩いた。

智史、朋哉、哲秀の三人が橋の上に差し掛かり、

「それにしてもラノベ読んでるやつって、クラスでおれらの他にあまりいないよな」

「金銭的なこともあるのでしょう。ラノベを二冊買うお金で、ジャ○プコミックが三冊買えるからね」

「でも、図書室にもいっぱい置いてあるけどなぁ。伸英ちゃんに頼んでもっと宣伝してもらおうかな」

こんなオタク的会話をしていたところ、

「あっ、あのう、利川君、寺浦君、前、前」

 突然、哲秀の顔が蒼ざめた。

「どうした哲秀?」

「ん?」

 智史と朋哉もまっすぐ前方を見た。

「「「……」」」

 瞬間、三人の顔が凍りつく。

彼らのいる二〇メートルくらい先に、とある野生動物が現れたのだ。

ガゥオッ! それは大きく咆哮した。

百獣の王、ライオンであった。性別は、鬣が目立つオス。

「ひええええええっ~! こっ、これは、夢でございますよね?」

「うわああああああああっ!」

「なっ、なんでこんな所にあんなアッフリカンな動物がおるねん?」

 三人は慌てて全速力で逃げ出した。五〇メートル9秒を切るくらいのペースだ。

「日本国内には野生のライオンは生息していないはずなので、王子動物園か、天王寺動物園から逃げ出したとか?」

 哲秀は顔を蒼ざめさせて逃げながらも、冷静に分析してみる。

 ライオンも当然のように三人を追って来た。

 三人とライオンとの距離はみるみるうちに詰められていく。

「いい気味ね。さて、そろそろ助けてあげましょっか」

「本当にそろそろ戻した方が良いぜ。サトシリカゲルにはそんなに罪はないし、トモヤングの実験とテツヒデキストリンに対するお仕置きもやり過ぎだと思うぜ」

「早急に回収しないと、かなり騒ぎになっちゃいますよ。というか、智史さん達の身が危険に晒されます。あのう、露古湖さんがライオンさんを元に戻すのですよね?」

 葉月は深刻そうに問う。

「えっと、わたくし、怖いので、誰か、やっていただけないでしょうか?」

 露古湖はてへっと笑った。

「あたし、ライオンさんは大好きだけど、檻がなかったら、怖いよぉ」

「アタシもあいつと戦う勇気は無いぜ。犬歯が発達してて鋭い爪を持ってるからなぁ」

「I think so too.It‘s very dangerous.」

 理密図、化能蒸、モニカは苦笑いで言い張る。 

「こうなったら、助っ人を呼びましょう。またボブ君に頼もうかしら。同じ肉食系のようですし」 

「露古湖お姉ちゃん、あのおじちゃんは絶対出しちゃダメェーッ!」

 理密図はむすっとした表情で要求した。

「あのロリコンに頼んでも、probablyやってくれないよ」

「幼い女の子が大好きな時点で、怖がりだと思うぜ」

 モニカと化能蒸は自信満々に主張する。 

「確かにそうね。それじゃぁ国語便覧に載ってる連銭葦毛なるお馬さんに助けもらいましょっか」

「露古湖さん、余計大変な事態になりそうなので、絶対やめた方がいいと思います」

 葉月は困惑顔で意見した。 

「その案も却下かぁ。こうなったら強そうな人……世界史の教科書から強そうな人を召還すれば。プロイセン王のフリードリヒ2世は、鯛焼きみたいなお顔で頼りなさそう。うーん……ナポレオン1世にするか、ルイ14世にするか、カール大帝にするか、フェリペ2世にするか、スレイマン1世にするか、ボリバルにするか、トゥーサン・ルヴェルチュールにするか……でも、どのお方も日本語は通じないだろうし、それに、とても怖そうだし、とりあえず、このお方でいいかな? 日本人だから言葉も通じそう」

 露古湖は世界史の教科書をパラパラ捲って見つけたとあるカラーページを開き、手を突っ込んだ。

「やっぱり、すごく重たいわね」

 三〇秒ほどかけて、お目当ての人物をなんとか引っ張り出すことに成功した。

「きゃあっ!」

 瞬間、葉月は思わず目を覆った。

「ハヅキアズマ、褌付けてるんだしそんな反応しなくても」

 化能蒸は笑いながら突っ込む。

「Oh,Sumo wrestler!」

「お相撲さんだぁーっ! 勝率何割くらいかな?」

 モニカと理密図は興味津々に現れた人物の姿を眺める。力士であった。

「ペリーに対抗して力士が米俵を運んでいる図から取り出したの」

 露古湖は自慢げに語る。

「……どこでぇ、ここは?」

 力士は目を丸め、米俵を持ったまま周囲をぐるりと見渡す。かなり戸惑っている様子であったが当然の反応だろう。

「力士のおじちゃん、ここは二一世紀の日本だよ」

「力士君、落ち着いて聞いてね。ここはあなたがいる時代から、一六〇年くらい先の世界なの。元号は安政ではなく平成、江戸は東京って知名になってるわよ」

「ほへっ!?」

 理密図と露古湖からの説明に力士はさらに驚き、ひょっとこのような表情になる。

「キミに倒してもらいたいやつがいるんだ。そこに映ってる、ライオンなん……」

 化能蒸がそう言い切る前に、

「ひっ、ひえええええええ! はっ、箱が、しゃべったでげす。うわわわぁーっ」

 力士は顔面を蒼白させ、ドスーン、ドスーンと大きな地響きを立てながら、部屋から逃げ出してしまった。

「何の音?」

 リビングにいた母は不審に思い、廊下に出た瞬間、

「うぉっ!」

 力士とばったり出会ってしまった。

「きゃっ、きゃぁっ! 何ですか? あなたは?」

 母は驚き顔で尋ねる。

「こっ、こちとら、江戸っ子の力士でぃ。今しがたまで、船に米俵を運んでいたんでぃ! でもよぉ……」

 力士はひょっとこのような表情をして強い口調で説明する。

「はぁ? 何言ってるの? あなた。警察呼ぶわよ。ひょっとして、最近このおウチの食べ物漁ったり、光熱費を使ってる泥棒?」

 母は智史を叱り付ける時のように険しい表情で問い詰めた。

「こうねつひ、ってなんでぃ?」

「とぼけるんじゃありません。あっ、こらっ、待ちなさい!」

「ひいいいいい、これやるから見逃して欲しいでげすーっ」

 力士は母の様相に恐れをなし、片手に持っていた米俵を投げ捨てて玄関から外へ飛び出した。

「あらまっ、案外いい泥棒さんね」

 母はにこっと微笑んだ。

 力士は図中では米俵を両手に抱えていたが、取り出される際一つ落っことしたらしい。

智史の自室。

「面白いおじちゃんだったね」

「うん。あのホモサピエンス、質量百キログラムは優にありそうだったな」

「役に立たなかったね、あのスモウレスラー」

「根性が予想と全然違ってたわ。あの人も智史君や朋哉君、哲秀君と同じく草食系男子ね」

 理密図と化能蒸は笑顔、モニカと露古湖は呆れ顔でさっきの力士の印象を語る。

「まだ坪内逍遥さんすら生まれていない幕末から、いきなり二十一世紀の世界に飛ばされたのですから、あのような素っ頓狂な反応をされても無理は無いと思います」

 葉月はほんわか顔で意見する。

「幕末なら、科学もけっこう発達してたと思うけどな。あっ! サトシリカゲル達、もうかなりやばい状況になってるぜ。アタシが、助けに行って来るよ」

 化能蒸は早口調でそう言って、テレビ画面に飛び込んだ。

「焦眉の急ですね。わらわもお手伝い致します」

 葉月もあとに続いた。

「化能蒸お姉ちゃんと葉月お姉ちゃん、大丈夫かな?」

「あの子達ならabsolutely無事にライオンを二次元に戻せるよ」

「化能蒸ちゃん、葉月ちゃん、頑張って下さいね。大怪我したら、世界史の教科書からナイチンゲールを召還するので」

 残る三人は固唾を呑んでモニター越しに見守る。その頃、智史、朋哉、哲秀の三人は高さ二メートルくらいのブロック塀に突き当たってしまっていた。袋小路だ。すぐに引き返そうとしたが時既に遅し。ライオンはもう、三人の一メートルほど先まで迫って来ていた。

「ひえええええっ、ラッ、ライオン殿。どうか、僕達の側から離れて下さいましぇ」

「どっ、どうしよう、どうしよう。かっ、母さん、智実。助けてーっ!」

「てつひで、さとし、死ぬ時は、いっしょだぜ」

 三人はブロック塀に背中をつけて、手を繋ぎあってカタカタ震えていた。ライオン目線からだと真ん中に哲秀、右に朋哉、左に智史という配置だった。

 グゥアゥオッ! 鋭い牙を剥き出しにしたライオンが三人の目と鼻の先まで迫り、絶体絶命のピンチに陥ったその時、

「サトシリカゲル、助けに来たぜ」

「智史さん、助けに参りました」

 化能蒸と葉月が正義のヒーローのごとくタイミングよく登場した。

「哺乳綱ネコ目ネコ科ヒョウ属のライオン、アタシと勝負だぜっ!」

 ガオッ! ライオンは化能蒸の声に反応して彼女の方を振り向く。

「あの、皆さん、これを付けて目隠しして下さい。強い光が出るので」

 葉月は三人に長くて黒い布を手渡した。

「分かった、葉月ちゃん」

「どっ、どなたか知りませぬが、ありがとう、ございまするぅ」

「どっ、どうも。こうすれば、いいのか?」

 三人はすぐさま言われた通りにした。

「ライオンさん、やめて下さーい!」

 葉月はそう叫ぶと、顔を般若面に変化させた。

 ガゥオッ! ライオンはびくーっと反応し、あとずさる。

「二度と使わないと決めていたのですが……」

 葉月は瞬く間に元の顔の形へと戻った。

「サトシリカゲル、あとは任せて」

 化能蒸はそう告げると姿を消した。約五秒後、再び姿を現すと、ライオンの背中に乗っていた。化能蒸はすぐさま理科の資料集を開き、ライオンの背中に押し付ける。

 するとライオンはあっという間に二次元の世界へと帰っていった。

 化能蒸と葉月もそそくさこの場から退場し、智史のおウチへ戻っていった。

「なあ、さとし、てつひで、さっき、二次元からそのまま飛び出したような女の子が、いたよな?」

「はい、僕の目にもしっかりと見えました。さっきの出来事は、夢ではないか?」

朋哉と哲秀は、ぽかんとしていた。

助かったぁ、というかあのライオン、理科の資料集から出したやつか。

 正体を知っている智史は冷静だった。

「そんじゃ、危機は去ったことだし、気を取り直してマンガ買いに行くか」

「そうですね。今日は非常に貴重な体験が出来て、よかったであります」

「おい、おい」

 それからすぐに何事も無かったかのように通常精神状態に戻った朋哉と哲秀の反応に、智史は笑いながら突っ込んだ。

 こうして三人は予定通り、お目当ての月刊誌とコミックスを買いに駅前の大型書店へ向かうことに。

         ☆

「申し訳ございません化能蒸ちゃんに葉月ちゃん、ご迷惑かけて」

 化能蒸と葉月が智史の自室に戻ってくるや、露古湖は深々と頭を下げて謝罪。

「いやいやロココロナ、べつに謝らなくても。アタシ、ライオン退治けっこう楽しかったぜ」

 化能蒸は嬉しそうにしていた。

「露古湖さん、もう二度とこのようなお仕置きの仕方はやらないで下さいね」

 葉月はぷくぅっとふくれた。

「大変申し訳ない」

 露古湖はもう一度謝罪の言葉を述べて、許しを得たのだった。

「この様子じゃ、ロココロナのお仕置きは効果なかったみたいだな」

 書店にてお目当ての本を物色する智史達三人の姿をモニター越しに眺め、化能蒸は楽しそうに微笑む。

         ☆

「智史君、遊びに誘惑されたでしょ。めっ!」

 智史が帰宅して自室に入った瞬間、いきなり露古湖に竹刀で頭をパチーンッと叩かれた。

「いってぇぇぇっ!」

 智史は両目を×にして両手で頭を押さえる。

「ちなみに遊びは、古語では詩歌・管弦・舞などを楽しむことをいう場合が多いですよ」

 葉月はにっこり笑顔で伝えながら手をかざし、智史がさっき受けた痛みを取り除いてあげた。

「サトシくん、明日はmost importantな英語があるんだよ。タイムロスした分、今からしっかり取り戻さないとね。シッダウン!」

「分かった、分かった」

 智史はモニカによって容赦なく椅子に座らされ、明日ある科目の勉強を進めていく。

「智史お兄ちゃん、いよいよ明日で期末テスト終わりだよ。もう一息」

 理密図はそんな智史を優しく励ましてあげたのであった。数学Ⅰの教科書と、数学IA問題集とノートを右手に抱え、コンパスの針を左手に持ったまま。

        ☆

その日の夜、利川家の夕食団欒時。

『次のニュースです。今日正午前、大阪府豊中市内の路上を褌姿で走っていたとして、公然わいせつ罪の現行犯で住所不定、自称力士、久吉容疑者を逮捕しました。調べに対し久吉容疑者は、こちとら生まれは筑後国山門郡大和村。米俵を運んでいたら、突然しゃべる箱とか、鉄で出来たイノシシとか、ペリーの黒船よりもでっけぇ建物があるべらぼうな場所に着いちまったんでぃっ! などと意味不明な供述をしており……』

「あっ、こいつ。今日ウチに入って来た泥棒だ」

 七時台のこのニュース画面を見て、母は反応する。

「泥棒に入られたの? 母さん、大丈夫だった?」

「ママ、レイプされへんかった?」

「怪我は無かったのか?」

智史と智実と父は心配そうに尋ねた。

「当然よ。お母さんはそんなやつくらいで怯まないわ。実際すぐに逃げてっちゃったし。吉本のお笑い芸人さんかなっ? とも思ったわ」

 母は嬉しそうに、自慢げに語った。

        *

「智史お兄ちゃん、計算間違い多過ぎ。ケアレスミスは大学入試では命取りになるよ」

「いたっ、理密図ちゃん、コンパスでほっぺた突くのやめてぇ」

「だったら真面目にやって!」

夕食後も、智史は明日行われる科目について引き続き厳しく学習指導される。

「智史君、喝っ!」

「いったぁーっ、背骨折れそう」

 社会科担当の露古湖も竹刀を手に持ち、指導に加わる。彼女は智史が他の科目を勉強させられている時も、常に副教官として監視しているのだ。それだけ智史の学習指導に強い責任感を持っていることの表れだろう。

「このコーヒージェラートandココナッツジェラート、It tastes very good!」

「モニカタラーゼ、そんなに食ったら絶対太るぜ。確かに美味いけどな」

 モニカと化能蒸は、露古湖がチラシから取り出してあげたデザートに夢中。

「……」

 葉月は智史が誘惑に負け今日買ってしまった日常系萌え4コマ漫画を熱心に黙読していた。教材キャラ達はすっかりあの力士のことを忘れてしまったようなのだ。

 同じ頃、

「べらんめぇっ!」

 そのお方は取調室で、やり切れない思いを江戸弁で、でっけぇ声で叫んだのだった。

         ☆  ☆  ☆

英文法、智実が作ってくれた予想問題集と全く同じのが三分の一くらいあったな。最初のリスニングもけっこう聞き取れたし、長文問題も半分以上は解けたと思うし、七〇点くらいは取れるかも。

最終日一科目目の英語、智史はかなり高調だったようだ。八〇分の長丁場でも集中力がほとんど途切れなかった。最後の科目、数学Ⅰのテストが終わり回収されたあと、

「やっとテスト終わったぁ! 五日間めっちゃ長かったわ~。これで思う存分遊べるぜ。あとは授業昼までやし、もう気分は夏休みやーっ!」

 朋哉は智史の席を振り向き、陽気な声で話しかけてくる。

「百位、超えれるかなぁ」 

 智史は不安な気持ちでいっぱいだった。数学Ⅰはあまり出来なかったのだ。

「さとし、もう終わったことやし、気楽に行こうぜ。テイク、イット、イージー」

 朋哉は智史のポンッと肩を叩き、勇気付けようとしてくれた。

 

智史は今日の帰りに外科医院へ立ち寄り、包帯を外してもらった。テストが終わってようやく右手が自由に使えるようになったのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ