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第七話 頑張れ智史! 運命を左右する期末テストついに始まる

「ただいま母さん」

「おかえり智史。智実も喜んでくれるように、明日からの期末テスト、全力を尽くすのよ」

「うん! もちろんだよ」

 智史が通う高校の期末テスト初日前日、授業は四時限目までだったため、智史はお昼過ぎに帰って来た。昼食に母が用意してくれたカツカレーを食べたあと、自室に向かう。

「智史君、いよいよ明日からね」

「智史さん、今日は明日ある科目の最終確認をしていきましょう」

「サトシくん、all night studyingは逆効果だよ」

「サトシリカゲル、体調は万全かな?」

「智史お兄ちゃん、智実お姉ちゃんからの折檻回避を目指して極限まで頑張ろうね」

 部屋に入るといつものように、教材キャラ達が飛び出して来た。

「うん。頑張るしかないからね」

「そういえば智実ちゃんって、智史君に折檻することを楽しみにしてるみたいだけど、そのわりに成績アップを阻害しようといじわるして勉強の邪魔をしてくることは一切しないわね。むしろ予想問題集作ってくれたりして応援してくれてるわね」

「それが昔からの智実のポリシーだから。勉強の面倒見はすごくいいよ。高校受験の時もお守りプレゼントしてくれたりしたし。折檻するのはサポートしてるのに結果を出せなかった俺のふがいなさに対する戒めって言ってたよ」

「何だかんだ言って、サトシくんサトミちゃんのこと好きでしょう?」

 モニカはにやけ顔で尋ねてくる。

「好きじゃないぞ」

 智史はやや呆れ顔で即答する。

「You are a liar.」

 モニカはにっこり微笑んだ。

「さてと、テスト勉強始めないと」

智史は状況を切り替えようと焦り気味に机に向かった。明日行われるのは化学基礎、保健、数学Aだ。

「サトシリカゲルは保健好き? 保健って、性教育分野があるでしょ」

 化能蒸は興味津々な様子で問いかけてくる。

「その分野は高校ではまだだよ。今回の範囲は現代社会と健康の単元の前半部分だから」

 智史が素の表情で伝えると、

「なぁんだ。性教育じゃないのかぁ」

 化能蒸はちょっぴりがっかりした。

「化能蒸ちゃん、からかっちゃダメよ。保健は一部、現代社会と被る分野もあるのね」

「あいだぁーっ! からかってないのにぃー」

 露古湖に背中をパチーンッと思いっ切り叩かれ、化能蒸はかなり痛がる。

「これは使えるわね」

 露古湖は、智史が今日学校から持ち帰った体育実技副教材の剣道が載っているページから竹刀を取り出したのだ。

「あの、露古湖ちゃん。まさか、それで俺を……」

 智史は顔を引き攣らせながら質問した。

「もちろん。智史君、サボったら、これで思いっ切りパッチンするからね♪」

 露古湖は竹刀を智史の肩の上に乗せて、にこりと笑う。

「てっ、手加減してね」

 智史はびくびくしながらお願いした。

「ロココロナに叩かれたくなかったらさっそく化学、化学。今日はサトミトコンドリアが作ってくれた直前対策予想問題集を解いていこうぜ。そういやサトシリカゲル、中学の頃、フレミングの左手の法則ってのを習ったでしょ? フレミングには右手の法則もあるの知ってる?」

「知らないよ」

「やっぱりか。高校物理の範囲だからな。左手の場合、中指が電流、人差し指が磁界、親指が導体にかかる力の向きなんだけど、誘導起電力の向きの場合は右手だぜ。指はそれぞれ直角にしてね」

 化能蒸は強引に智史の右手のその三本の指を反らしてくる。

「いっ、痛いよ、化能蒸ちゃん」

 智史は苦しそうな表情。

「すまんねえサトシリカゲル、これも学習のためだからちょっとだけ我慢してくれ。フレミングの右手の法則は、中指が起電力の向き、人差し指は磁場の向き、親指が導体の動く向きなのだ。もう少しきれいな直角に」

 化能蒸は構わず真剣な表情で指をいじくり続ける。

「いたたたぁっ!」

 智史はさらに痛がる。

 次の瞬間、ポキッ! と、乾いた音が響いた。

「いっ、てぇぇぇぇぇぇぇーっ!」

 ほとんど間を置かず、智史はかなり大きな叫び声を上げた。

「あっ、智史さんの右手指が変な形に!」

 葉月は焦りの声を上げる。

「捻挫した場合、冷やすと効果的だと保健の教科書に書かれてあるよ」

 理密図はそれを眺めながら冷静に説明した。

「じゃあ早急にそうしなきゃ」

「そういえば葉月ちゃん、手をかざせば怪我を治せるという治癒魔法的な設定が備わっていませんでしたっけ?」

「そんな設定もあったんだ! どうりで俺が体罰で受けた痣とか、痛みも一晩寝たらすっかり消えてたわけだ。助かるよ。葉月ちゃん、早く治して」

「あの、智史さん、大変申し上げにくいのですが、わらわの力で即座に治癒出来るのは打撲、切り傷、刺し傷のみで、捻挫や風邪、骨折は不可能なのです。申し訳ございません」

 葉月は智史に向かって深々と頭を下げた。

「そっ、そんな、いたたたぁ」

 智史は大変苦しそうな表情。

「すまねえ、サトシリカゲル。やり過ぎた」

化能蒸がぺこんと頭を下げて謝罪したその直後、

 ドスドスドスドスドス――。小刻みな低い音が聞こえて来て、

「どうしたの? 智史ぃ。大声出して」

 母がお部屋に入って来た。智史のことが心配になり、急いで駆け上がって来たようだ。

教材キャラ達はすぐさま自分のテキストに隠れて見つからずに済んだ。

「母さん、俺、フレミングの法則を、確かめようとしたら、右手の指を捻挫して」

「智史ったら、フレミングは左手でしょ。これは、病院行った方がいいわね」

 痛がる智史を見て、母はにこにこ微笑む。

「うっ、うん」

 智史は母に連れられ、近所の外科医院へ向かったのだった。

            *

約一時間後、智史は右手親指、人差し指、中指に包帯が巻かれた状態で家に帰って来た。

「ごめんなさーい、サトシリカゲル」

 智史が自室に入った瞬間、化能蒸は土下座姿勢で謝罪してくる。彼女はとても気にしている様子だった。

「智史お兄ちゃん、化能蒸お姉ちゃん無限大に反省してるから許してあげて」

「ゲノムちゃんも悪気があってやったわけじゃないから」

 理密図とモニカは減刑を求めてくる。

「あの、化能蒸ちゃん。俺、全然怒ってないから。むしろ、新しい知識を教えてくれて、感謝してるよ」

 智史は、しょんぼりしてしまった化能蒸に優しく話しかけた。

「ほっ、本当か?」

「うん!」

「ありがとう、サトシリカゲル」

 化能蒸は頭をくいっと上げ、立ち上がると智史にきゅっと抱きつく。

「サトシくん、toreranceだね。さすが草食系」

 モニカに感心気味に褒められ、 

「いやぁ、それは関係ないと思うけど」

 智史は苦笑いする。

「さあ智史君、テスト勉強再開よ。椅子に座りなさい!」

「わっ、分かった」

露古湖から命令されると智史はパブロフの犬のごとく条件反射的に椅子に座った。左手にシャーペンを持ち、やりにくそうに智実が作った化学の予想問題集を解いていく。

「智史君、怪我をしているからといって、甘やかすことは一切しないからね。きっちり制限時間内に解いてもらうわよ」

「えっ、それは勘弁してくれよ。左手だと書きにくいのに」

「ダメッ! これも予期せぬ事態に陥った時の耐性を付けるためよ」

「入試当日に、智史さん一人が風邪を引いたり怪我をしたりしたからといって、日にちを変更することはもちろん時間延長も認めてくれないですからね」

 葉月はほんわか顔で忠告してくる。

「そっ、そうだね。学校のテストでもそうだもんな」

 智史はハッと気付かされた。

 こうして智史は、その後も明日ある科目を厳しく鍛え上げられていった。

         *

「智史お兄さん、右手使えんのは不便やろ? うちが手伝ったろか?」

「けっこうだ」

 その日の夕方六時頃に帰宅した智実からにやけ顔で話しかけられると、智史はほとほと呆れ返ったのだった。

         ☆

迎えた翌日、期末テスト初日。

「智史くん、どうしたの? その手」

 朝、いつもより十分くらい早く迎えに来てくれた伸英は、心配そうに接してくる。

「その……」

「フレミングの法則を確かめようとしたら捻挫したのよ。全治一週間だって」

 母はにこにこ顔で伝える。

「そうなんですか。すごく痛そう。字はちゃんと書ける? おしりは自分で拭ける?」

「まあ、左手でなんとかね」

「智史ったら、フレミングなのに左手じゃなくて、右手を捻挫させたのよ」

「おば様、フレミングの法則には右手のもありますよ」

「あらま、そうなの?」

 伸英から知らされたことに、母は少し驚く。

「化学の範囲では使いませんけど」

 伸英はにこやかな表情で付け加えた。

「そっか。じゃ、いずれにせよ間違えたのね」

 母はにっこり微笑む。

「智史お兄さん、左手じゃ書きにくいけど、ノルマは一位たりとも下げへんよ。ほな行って来まーす♪」

 智実はにやりと笑ってこう言い残し、玄関から外へ。

「智実、これくらいハンディじゃないよ。昨日、左手で書く練習いっぱいしたからね。左手でも、絶対百位以内に入ってみせる!」

 智史は強く宣言した。

「頑張れ智史くん!」

伸英も熱いまなざしでエールを送ってくれた。

         ☆

 智史と伸英が普段より五分ほど早く教室に辿り着くと、

「さとし、どうしたその手?」

「捻挫ではないか?」

 やはり朋哉と哲秀が心配して来た。この二人も中学の頃からテスト期間中だけは普段より早めに学校に来るのだ。

「右手捻挫しちゃって、左手で書かなきゃいけないから、ちょっとハンディになるな」

 智史は苦笑顔で呟く。

「全力を尽くせ。ドゥーユアベスト。おれも昨日は全然勉強出来ひんかった。新作アニメのチェックが忙しくて」

 朋哉はにこっと笑いながら智史を励ます。

「やっぱ誘惑に負けたか。俺は今回はテスト終わったあとにまとめて見ることにするよ」

「おう、さとし。リアル妹からの折檻回避のために本気モードになれたみたいやな」

「まあね。でも左手じゃ答書くのにちょっと時間がかかっちゃうよ。数Aが一番鬼門だ。図を描かなきゃいけない問題も絶対あるだろうから」

 智史は苦笑顔で伝え、自分の席に着く。そして一科目目化学基礎のテスト範囲の最終確認をし始めた。

時間は刻々と過ぎていき、八時半のチャイムが鳴ってまもなく、

「皆さん、出席番号順に座っていますか?」

担任の播野先生がやって来る。彼女は机の中に物が入ってないか、携帯電話の電源は切って茶封筒に入れ机の上に出すようになどの諸注意をした後、化学基礎の問題用紙と解答用紙を裏向けに配布していった。

 そして八時四〇分。チャイムが鳴り、

「それでは始めて下さい」

播野先生からのこの合図で試験開始。教室内に用紙を表に捲る音が聞こえたのち、シャープペンシルの走る音が聞こえ出す。

それから数分後、智史の自室。

「智史さん、左手でも上手くやれているようですね」

 葉月は嬉しそうに智史の様子をモニター画面で眺めていた。

「よかったぁ。アタシすごく心配だったぜ」

 化能蒸はホッと胸をなでおろした。

        *

 豊中丘高校一年三組の教室。

「智史くん、どうだった? ちゃんと書けた?」

 九時半過ぎ。一科目目終了後、伸英はすぐに智史の席へ近寄って来てくれた。

「まあ、なんとか」

智史が表情を緩ませて答えると、

「よかったぁー。智史くん、次の科目も頑張ってね」

 伸英はホッとした表情を浮かべてこう励まし、自分の席へ戻っていった。

「さとし、今回はおれ、四〇くらいしかないと思う」

「理系志望でさすがにそれはまずいだろ」

 楽天的な朋哉に、智史は呆れ顔で突っ込む。

 哲秀は自分の席から動かず、次の科目のテスト範囲内容の最終確認をしていた。

いよいよ始まった二科目目、数学A。

やっぱ時間がかかるなぁ。

 智史は慣れない左手で懸命にベン図や樹形図を描写していく。

三科目目保健も、智史は左手でなんとか乗り切ることが出来た。

        *

「サトシリカゲル、今日あった化学のテストの問題用紙貸してぇーっ」

 午後一時前、智史が帰宅し昼食を取り終え自室に入るや否や化能蒸が駆け寄って来た。

「もちろんいいよ」

 智史は快く通学鞄から取り出し、化能蒸に手渡した。

「今から解答速報作るね。お詫びの気持ちも示したくて」

 化能蒸はそう言うと、学習机の上にその答案と白紙のA4用紙を置き、椅子に座る。シャープペンシルを手に取ると、さっそく白紙用紙に問題を解き始めた。

「あたしも数Aの解答速報作るぅーっ。智史お兄ちゃん、テスト頂戴」

 理密図も化能蒸の真似をし始めた。

 それから十五分ほどのち、

「出来たぜサトシリカゲル。今回は中間より難易度少し高かったね。学年平均おそらく六〇切るぜ。アタシにとっては楽勝だったけどな」

 化能蒸は文字や化学式、図でビッシリになったA4用紙を智史に手渡す。

「……どんな答書いたかあんまり覚えてないけど、平均絶対ないよ。超えたかったけど」

 智史はちょっぴり落ち込んでしまった。

「智史お兄ちゃん、はいどうぞ」

 理密図からも数式でびっしり埋まったA4用紙を渡された。

「……数Aも、たぶん平均ないな」

 智史はますます落ち込んでしまう。

「智史さん、思ひくづほっちゃ駄目です」

「サトシくん、ネガティブシンキングは大学入試本番ではフェータルになるよ」

「予想問題で化学七三、数A七一取れたサトシリカゲルなら絶対平均あるぜ」

「智史お兄ちゃん、元気出して。成績というものは、短期間で飛躍的に上がるほど甘くは無いからね」

「智史君、まだ主要科目のうち二科目が終わったに過ぎないじゃない。自分は絶対百位以内に入れるんだって気持ちでいなきゃ」

 露古湖は爽やか笑顔で優しく頭をなでてくれる。

「分かってはいるけどね」

智史の不安はほんの少しだけ和らいだ。

二日目は古典と家庭科が組まれてある。

「サトシくん、Tomorrow is another day.だよ。今日のことはもう忘れて、明日頑張ればいいんだよ」

「そうですよ智史さん、明日に向けて古典の直前対策をしましょう」

「うん」

 モニカと葉月に励まされ、智史は自ら机に向かう。

二日目以降は、テストの出来が悪くてもネガティブな気持ちにならないようにしなきゃな。

彼はそう心掛けた。


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