一章 前編
「火鼠起きなさーい!」
「はーい」
と母親の声に返事をしつつ、ディスプレイの右下を見て時間を確認した。そこには、6:28と書いてあった。気がついたら狩りを終えた後の四人のチャットが終わってから三十分以上も時間が経っていた。もう寝る時間はないかと考えながら、学校の準備を始めた。
「宿題よし」
と声を出して確認した。今日は夏季休業明け初日なのだ。
「学校面倒くさいなぁ」
と呟くと、いきなり扉が開いて火鼠の姉が入って来た。
「何言ってんのさ。高校生活エンジョイできるの今くらいなんだから、そんなこと言わない」
「そんなこと言いに来たのかよ、蓬莱」
「だ、だから名前で呼ばないでっていつも言ってるでしょ。それより、呼ばれたんだからさっさと起きてきなさい。朝ごはんの準備終わってるんだから」
「起きてたって」
「寝てないの間違いじゃないの?パソコンのファン回ってるし、話し声聞こえたし。どうせまた、あのゲームやってたんでしょ」
「そんなの人の勝手だろ」
「よく飽きないわね」
「ただ自分が飽きっぽいからって、人に主観押しつけんなよ」
「でも、夜は寝たら?」
「夜の方が集中できんだよ。別に迷惑かけてないんだからいいだろ」
「うるさくない程度ならね」
口喧嘩になり始めたところに母親の
「二人共早く降りてきなさーい」
という声が入った。
「はーい」
と同時に返事をし、今回の言い合いはここでお開きとなった。いつもながらナイスタイミングと思いながら早足で部屋を出て階段を下りてリビングに向かった。
朝食に出された、半熟の目玉焼きに箸を刺しながら睡眠不足で回転が鈍っている頭で約一時間前のことを思い出していた。知らない人と一緒にプレイするのが怖い訳じゃない。メンバーの中にも、一人だけリアル知らない人いるし...。と、言い訳しながら思考を続けた。あの子は誰も知っている人がいない中でも堂々と話していたな。そういえば、あの子はどうしてあのダンジョンに助けに来られたんだろう。同じスクワッド内じゃないと同じダンジョンに入れないはずなのに。でも、スクワッド専用のボイチャに入ってきたしどこかでメンバーになっていたとか。けど、誰も知らないって言ってたし...。思考が永遠にループし始めようとしたタイミングで母の
「さっさと食べないと、遅刻しちゃうよ」
という声が思考を現実に引き戻した。友達と駅で待ち合わせをしていることを思い出し、目の前の朝食をたいらげて二階に上り鞄を持ち家を出た。
待ち合わせに遅れそうだったので、駆け足で駅に向かった。角を曲がったところで、スマホの画面を見ている一人の体格のいい高校生を見つけた。ペースを少し上げて、目の前で立ち止まり相変わらず体格いいなと思いながらその高校生の肩をたたいた。
「おう、火鼠か」
「電車来たから行くよ」
「うわ、もうそこまできたのか」
頷きながら、二人共ほぼ同時に走り出した。停車する寸前の電車に向かって。
「ふう、間に合った」
「お前が、来るのが遅いからだぞ」
「まあ、間にあったんだからそんなに気にすんなって」
「そういやぁ、メアリーってやつの入隊なんかなんでOKしちまったんだよ」
話を変えてくれたことを有り難く思い、流れにのった。
「いいだろ。後一枠空いてたんだし」
「だからって、あんな生意気なやつ...」
「あれ、ああいう感じの子が好みじゃなかった?」
「話逸らしてんじゃねーよ」
「それより、あの子どうしてあんなとこにいたんだろう?」
「たまたまじゃね?」
「ん?だって――」
そこで、言葉切った。
「いやなんでもない」
そういえば、隣にいる体短髪で格のいい友達(片桐玲)が説明書を全部読んでいるはずもないのだ。一から説明するのも面倒だし、不自然に思っていない人に言ってもなぁ。と考えて話題を変えようと思考の渦から抜けたら、キョトンとした顔でこちらを見ていた。
「着いたぞ」
「お、おう」
電車が降りる駅に着いたのだ。たった一駅しか乗らないのでそれもそのはずだ。扉の前にいる人たちの間をくぐり抜けて外に出た。
早乙女火鼠の通う学校はなんの変哲もない公立高校の『北陵高校』である。読み方も特にひねりもなく、そのまんま『ほくりょう』と読む。
徹夜と久しぶりの運動のせいでで疲れのたまっている体に鞭を打ち玄関を通り階段を上がり二学年のフロアに達した。そのまま、階段から一番近い自分の教室に片桐玲と入って担任が来るのを待った。本を読みながら待っていると二分ほどで担任が来た。そして、退屈なSHRが始まった。
「よう。いい思い出は作れたか?」
担任の第一声はその二言だった。お前は友達かとツッコミを入れたくなるような挨拶をスルーされたことを気にした素振りも見せずに第二声を発した。
「じゃあ、転校生を紹介する」
クラス内から歓喜の声が上がった。そして、誰からともなく「男子ですか?女子ですか?」というありきたりな質問がでた。
「男子ども喜べ。女子だぞ。それもかなり可愛い」
おいおい、教師がそんなこと言っていいのかよなどとのんきに考えていると、おだてた先生の予想をも上回る大声で大半の男子達から歓喜の声が上がり思わず耳を塞いでしまった。先生はそんな生徒たちの反応を楽しんでいるのかスッと目を細めた。
「今のは、全部嘘だ。なお、苦情は一切受け付けない」
語尾に向かうにつれ声を大きくし、悪びれもせずそう言い切った。そう、こんな普通の高校でそんなイベントが起きるはずもなかったのだ。
先生の嘘以外に特に変わった出来事もなくSHRが終わり、一時限目の大掃除の担当区域に向かった。道中、よく一緒にいる三人の会話が耳に入ってきた。仲いい奴らで同じ班になれてよかったな。よりにもよって同じ班だし。羨望と自分の運の悪さへ心の中で毒突いた。眠い、だるいなどと考えていると長身で若干茶色がかったポニーテールの女子の声が聞こえてきた。
「眠そうだね、雫」
「うん、夜遅かったからねぇ」
はきはきした声での質問に雫と呼ばれた小柄でショートヘアの女子生徒はふわふわした声で答えた。
「何時くらいに寝たのですか」
二人の隣にいた一般的に見てクラス一の美少女であろう黒髪ロングのストレートの生徒が訪ねた。
「う~んと、六時前くらいかな」
「それって、早いじゃん」
「いいえ和泉さん。たぶんその六時というのは午前を指しているのではなくて?」
「そぉだよぉ」
「それって、...ほとんど寝てないじゃん。体に良くないよね、優雨」
隣のロングヘアーの生徒に同意を求めた。
「そうですわね。お肌にもよくないですし」
「そんなこと言われてもなあ。だって、まとまった時間取れるの夜くらいなんだもん」
こんな会話どこかで聞いたようなと考えすぐに思い当たった。流水さんと話合いそうだなと思い、チラッと三人のいる方に目をやった。偶然目が合うということもなかった。目立つ二人に囲まれて目立たないけど、流水さんも美人だなと思っていると掃除が始まった。男女比二対三で、もう一人の男子は事務連絡くらいしか話したことがない、いかにも優等生という人だった。掃除は、ただ憂鬱だった。自分が普通の男子生徒だったら喜んでいたのかなとは考えた。
――閑話休題――
四時限目の終了のチャイムを合図に、夏季休業明けのテスト時間が終わりを告げた。
火鼠は疲れを感じ、溜め息を一つ吐いた。右斜め前を見ると机に玲が突っ伏していた。それを見て勝手に察し、昼食を買うために廊下に出たところ右腕を誰かにつつかれた。右を見たが誰もいなかったので、気のせいにして歩き始めようとしたときに後ろから声が聞こえ、突然袖を引っ張られた。