メアリーとの出会い
初挑戦です。
暁の地平線に複数銃声が鳴り響く。先日発売された、MMORPGの効果音の中から忠実に再現されたPGM338の銃声を白露優那は正確に聞き分けた。その音を合図に、ダンジョンボスの赤い竜に突撃を開始する。一般的なものより一回り大きいハンドガン二丁をメインに装備したかなり体格のいいアバターを先頭にボスを取り囲むゾンビとの乱戦が始まった。機関銃を二丁乱射しながら、体格のいいアバターの右斜め後ろを走るアバターに一瞬見とれてしまい目の前のバトルに集中するため頬を一度叩いた。それから、マウスに手を置きお気に入りのAK47を撃ちながらゾンビの群れに突入して行った。一秒もたたないうちに、ゲーム内のスクワッド内のボイスチャットから
「片腕とんだ!スナか」
と高校生にしては低い声で聞こえてきた。しかし、そう言った本人は片腕がないことをたいして気にもしない様子で残った右手でハンドガンを撃ちこんでいる。ゲーム内に失血死がないからって無茶ばかりしてと思いながら何も言わずに腕が飛んだ左側の援護に回った。
「敵スナイパーよろしく」
とチャットに機関銃を使っているリーダーが発したまだ声変わりが終わったばかりの声が入った。すると
「スナは無力化した」
と少々抑揚にかける男子とも女子ともとれない返事がすぐに入った。しかし、全く安心する間もなく画面の右上にいかにも熱いということを象徴しているような赤色のものが通っていった。竜のブレスだ。
「熱っ。ふう、もう少しで丸焦げになるとこだった。」
という危機感のない声に、熱くないでしょと思ったのとほぼ同時に
「熱い訳ねぇーだろ」
とリーダーが言った。
「いいんだよ。気分が大事だからさ」
と言いながら、二回目のブレスを回避しつつ、竜との直線上にいる三体のゾンビのうち二体にそれぞれ弾丸を撃ちこみ、残りの一体に弾切れのハンドガンを投げつけてコンバットナイフを一閃し首を落としている片腕のない後ろ姿に心強さを感じつつ、再び左側にフォローに回った。
全員があたかも作業ゲーだと思っているかのように誰も何も言わないまま、たまに誰かが見ているのかアニメのような音がわずかに入っている以外はゾンビのうめき声と竜の咆哮、発砲音のみがヘッドホンから流れていた。そのつまらない時間はPGM338が最後のゾンビを撃ち抜くのと同時に放たれた今までとは違い攻撃力を伴った咆哮によって終わりを告げた。
竜の鱗の隙間が明るい橙色に点滅しだし『怒り』状態であることが一目でわかった。 咆哮から始まった竜の反撃の第二弾はブレスだった。今までの攻撃よりかなり大きなモーションから放たれた。モーションが大きかった分全員が無事に回避することができた。
「あぶなっ。かなり余裕持ったつもりだったのに」
「危なかったですね」
「これ、ゾンビ全滅させたらダメなやつだったか...」
「そうみたっ――」
最後まで言い切れなかったのは竜が尻尾で薙ぎ払ったからだった。今までになかった攻撃パターンに戸惑い巻き込まれてしまった。一応誤っておこうと思い、状況報告もかねて
「ごめんHP、四割切りました」
「気にすんなって」
と返ってきて、さすが先輩と思い
「ありがとうございます」
と言った。返事が返ってきたことへの喜びにひたるのもつかの間に、想像よりも与えたダメージが少なかったのか竜は一度強く踏みつけて、三度ブレスを放った。二発目と同様に大きな溜から地面に沿って放たれた一撃は、今度は三人共難なく回避した。大きく斜め後ろに飛んで。それを狙っていたかのように、タイミングよく尻尾を振ってきた。
「お前のじゃとどかないっての」
それで、フラグ立てを済ませたかのように体を回転させ、その反動を利用し尻尾を振った。その軌跡を描くように固い物質が飛んできた。それによって、同様に三人とも飛ばされた。
「マジで死ぬかと思った。今の鱗か、意外とこれ痛いな。もうHP一割も残ってねぇー」
「なんでそんなんしかねぇーんだよ」
「そりゃ、腕飛んだ時に意外と持ってかれて――」
「無茶すっからだよ」
「ごめんって」
などという、無駄な話をしているうちに一回転を終え、こっちに向き直った。三人共起き上がれないまま、竜のブレスの溜を見ることとなった。今まで、後方から常に支援していたスナイパーの必死の抵抗もむなしくブレスを放とうとしたとき突如アサルトライフルを装備した小柄なF型アバターが現れた。その小柄な体からは考えられないほど、軽々と銃を扱い正確に竜の目を撃ち抜いた。このピンチの状況で、アバターのSTGは外見と比例するのにという疑問が浮かぶ訳もなく、ただ目を撃ち抜かれてひるんだことでブレスが来なかったことを純粋に喜んだ。デスぺナのことも完全に忘れて。そんなことをしているうちに、F(female)型アバターがフロアを時計回りに回りながら竜に弾丸を撃ちこんでいった。竜が顔でそれを追いかけながら、ブレスを溜めていた。しかし、そのブレスが放たれる前に決着した。一瞬ボイスチャットに雑音が入り、初めて聞く少女の声がそれぞれのスクワッド専用ボイスチャットに入ってきた。
「こんな相手にやられてるとかダサ」
「ちょっと、お前なあ」
キレそうになった、ハンドガン使いをリーダーが制し
「メンバーが失礼しました。先ほどはありがとうございました。お名前を伺ってもいいですか?」
「ふん、まあいいわ。私の名前は『メアリー』、『深紅のメアリー』よ」
相手の高飛車な態度と、メンバーの「あんなに強いのに名前聞かないな」などを無視して
「僕は『Fairy Tails』のリーダーの『珀雷のアリス』です」
と答えた。
「感謝の気持ちがあるなら、私をメンバーに加えなさい」
「ダメにきまって――」
「まあ、いいですよ」
それから、スクワッドのメンバー登録して今日は解散になった。このとき、「ちっ」と小さな舌打ちに気がつく人はいなかった。また、運営がプレイヤー全員にダンジョンクリアの喜びを味わってもらう為に別の集団に所属していると同一のダンジョンでもそれぞれ別の空間に飛ばされるためダンジョン内でメンバーと敵以外に遭遇しないことをメンバーは完全に忘れていた。