表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

Aルート 第一節 修行の日々 前編

第五章、Aパートの第一節、その前編です。一節が長くなっていたのでさらに分割しました。

    ●向日葵:北澤亭にて

 この前の襲撃を受けてなお、聖良はここに残った。自分だけ逃げるのはもう嫌だそうだ。あれ以来、聖良は北澤亭に縛られることになった。いろいろな秘密を知られたとのことだ。

 私はいつもどおり、聖良と二人、台所で家事をしていた。すると私は後ろから呼ばれた

「向日葵ちゃん、ちょっといいかい?」

その声で振り返ると、夛眞おばあちゃんが立っていた。その表情が何かを語っており、何かが起きたのだと思った。

「聖良、ちょっといってくる」

「うん、いってらっしゃい」

私は聖良を残し、おばあちゃんに着いていった

    ●向日葵:道場にて

 向かった先は道場だった。そこには、ふう君がいた。ただ、そこには赤い浴衣を着た見知らぬ女と見覚えのある男性が何かを話していた。私はその男が誰なのか見当がついた

「魁君!」

私はおもわず呼んだ。感のハズだが確信があったのだ

「向日葵か・・・久しぶりだな」

やっぱり魁君だ。日本には三か月くらい前に戻って来てたハズなのに、ぜんぜん会いに来ないんだから、ひどい兄弟だよ

「連絡くらいよこしてくれたら良かったのに」

「うん、ごめんね」

私の反応に魁君は悲しいほど冷たかった。

「悪いが今はそんなこと言ってる場合じゃないんじゃ。では狂歌様、お願いいたします」

おばあちゃんがそう言うと赤い浴衣の狂歌という女性は頷いた。どうやら、本題のようだ。

「魁人様や吹雪鬼様はともかく、実戦経験0でなんの修行もしたことのない向日葵様はこのままでは戦力になりません。先刻、舞様が説明なさったように、あなたには戦力になってもらわなければなりません」

こないだママのような人、舞と名乗る江舞寺のトップに言われたんだ。これでも江舞寺の直系、なんの力も持っていないハズはないと、だから私は戦力にされる。敵と戦わなければならない。とても残酷なことをしなければならない。

ふう君は舌打ちをすると、魁君が言った

「安心してくれ、お前には人を殺させない・・・」

「あなたはサポーターとして活躍していただきます」

魁君と狂歌さんの言葉が理解できなかった。

 すると突如、狂歌さんの後ろから、人間が四人現れた。

「そのため、俺たち妖獣が直々に面倒みてやるよ・・・」

その中の先頭の中年男性が言ったのだ。続いて狂歌さんが言った

「あなたには妖力が宿ります。よって心身ともに鍛えられることにより、その力に目覚めることができます」

中年男性の後ろにいた女性が言った。

「そう時間は掛らんと思うよ、なんせ五人とも妖力を多く持ってるからね」

その女性のことを私は見覚えがある。以前、おばあちゃんと麻美から教えてもらったのだ。北澤北風、随分前に家を出たと聞いた。ただ気になっていたことがある、北風さんは夛眞おばあちゃんの娘ということ、そしてウチのママと同じ50代。されど、8歳の娘がいる、そして北風さん自身がどうみても50代に見えない、それはウチのママも一緒だけど、西垣の家の理沙ちゃんのところを考えると1世代空いているのだ。その上、私は小さい頃に北風さんに会っている。四つ年上のメグ姉さんと二人で可愛がってもらっていたのだ。そのときの曖昧な記憶では、メグ姉さんと北風さんが同い年と聞いた覚えがあるのだ。つまり、北風さんは29歳、しかし50代、謎ばかりだ。

「まあ、意気込み次第だ、きびきび動けよ」

男が言った。よくみたらこの中年オヤジも見覚えがある。中学の時に理科を教えてもらっていた山上先生だ。他の二人もなんとなく分かった。蘭ちゃんと枯間君だ

「つーことで、ウチとヤスも修行に付き合うよ!」

やっぱり蘭ちゃんだ。私も人の事は言えないが、この子は変わってないな。

 それから数日間、修行の日々が始まった。と言っても、私はみんなに比べて、さして辛くはない。狂歌さんから受けた力をコントロールしているだけだ。ちょっぴり楽しいと思う。なんか超能力者になったような気分だ。この桃色の気は命を司るものらしい。どうも妖術にはいくつかの属性があり、それぞれ色があるようだ。ふぅ君は名前が物語るかのように水色の氷属性、魁君はどうも幾つかの属性を所持しているようだが、最も得意としているのは光属性のようだ。妖力が目覚めるには大抵の場合、他者の助けがいる、そしてそれは同じ属性の相当のやり手の力が必要となる。私は北風さんの協力を受けた、彼女も命の属性らしい。されど風の属性も持っているようで、普段はそちらを使っているようだ。なお、ふぅ君は7年前におばあちゃんから受けたようだ。ということはおばあちゃんは氷属性なのだろう、狂歌さんが言うには妖力はすべて妖獣の力を元としているものらしく、すべての妖術使いはその力を妖獣から受信している。そのためあって、今では7属性しか流通していない。というのも、イレギュラーな属性が二つある。その一つは闇属性、あることが原因で最近はごく少数の人間が扱う。忠勝お爺ちゃんがその一人のようだ。そして、もう一つの属性は光、それを扱うのは魁君ただ一人で、過去にも誰一人扱わなかった。魁君は自らその力を得たそうだが、元となる力が何なのか、江舞寺の多くの者が知りえないそうだ。そんな魁君とふぅ君は山上先生を相手にドンパチやっていた。魁人は何なのだろうか、大きな岩を片手で砕いた。江舞寺独自の拳法とのことだ。吹雪鬼は相変わらずデタラメな体力だ、蘭ちゃんたちとの連繋も強いようだ。

「うん、いいペースだな・・・そろそろ奴らも来るころだな」

狂歌さんの一言で振り返ると、おばあちゃんが三人の人物を連れて入ってきました

「連れて参りました」

その三人のうち一人は永火君で、その他の男性と女性は身に覚えがなかった。魁君とふぅ君と戦っていた山上は手を止めると

「やっと来たか・・・」

その言葉で魁人と吹雪鬼は手を止めた。そして狂歌さんがその三人によると、彼らは一斉に膝をつき

「江舞寺七大仙人、ここに!」

「お前たち、よくぞ集った」

狂歌さんの一言に先生が反応する。

「四人も足りないがな・・・」

「まぁ仕方ないね・・・」

そうだ、七大仙人といいつつ、ここにいるのは三人だ。他の四人は一体・・・狂歌さんが三人に向かって言った。

「では任せたぞ・・・」

「ハ!」

三人は一斉に返事をした。すると、北風さんと山上先生はどこかへ行ってしまった。妖獣たちは忙しいのだろうか。そして狂歌さんは私たちに言った

「これよりあなた方の修行には、この者たちが付きそいます。残念ですが私たち妖獣はこれよりすべきことがありますゆえ、この場を離れます。ですが、彼らは戦闘においては江舞寺の最上位を誇る仙人です。実力の程は守護四亭頭首と同等です。あなた方のお相手として力になるでしょう。それでは失礼いたします」

狂歌さんは体が炎に包まれ消えてしまった。残された三人のうちの一人、大柄な男が言った。

「ああ、自己紹介がまだやったな、ワイの名は狛土圭一、腕っぷし自慢の仙人だ。体力だけなら、この二人に負けへんぞ」

狛土さんがそう言うと、女性が言った

「私は水嶋梓、あなた方のメンタルサポートを行います。同時に、精神力も鍛えさせていただきます」

この人、目つきが怖い。心を見透かされているかのようだ。最後に永火が言った。

「俺は初対面ではないが、改めて言おう。永火信高、君たちの妖術を鍛え上げるコーチとしてここへ来た。より強い力を得てもらいます」

昔の永火とは全然違う、これが本来の姿なのだろう、失踪したのも江舞寺が関係あったんだろうね、詳しい話を聞きたいものだよ


     ●山上:帯刀町 丘の上

 ここは歩川中学のある歩川丘陵の見晴台、数百年以上前からある。関東大震災と東日本大震災を乗り越えた強き丘だ。ここからの景色は変わったものだ。つい百年も前までは帯刀の町を横切る高速道路も、煙を出すゴミ処理施設もなかった。東地区の民家のほとんどが森だった。山を剥がし開発したゴルフ場もない。とても素晴らしい景色が一望できた。俺が数十年の眠りから覚めたら、こうも変わってしまうのだな。

「観照に浸るなんてらしくないな」

振り返ると木の上に花鈴がいだ。宿り人から抜け出た本体だ。

「なんのようだ。俺が観照に浸っていたら悪いのか?」

「別に・・・ただ、あなたに話がある」

花鈴は真剣な顔をしている。

「お前、なぜ人間と同化している。お前は今、どんな状態なんだ?」

俺の身のことを聞くか、仕方ない説明してやるか

    70年前(1946年頃) 京都、清水寺

 俺は戦争で深手を負った。同じ妖獣である雅望にやられたのだ。ここ清水寺の奥には地下へと繋がる洞窟の入口がある。そこの最深部には江舞寺の宝玉の一つ、仏の御石の鉢がある。それには痛みや苦しみを取り出して、保管する力がある。妖獣であれど効果があると思い、最深部に向かった。思った通り、宝玉は妖獣の疲労や致命的な傷をも吸収してくれた。俺はそのまま深い眠りについたんだ。10年も立たずに、俺の眠りを覚ましたのは、この体の持ち主、当時14歳で根の人間だった山上康一だ。ここに踏み込んで行った姉を追って、ここまで来たそうだ。だが、たとえ根の人間といえど、ここに踏み込むことは禁止されている。その上、ここまで無事に来れる者など、そうはいまい。そして彼は大地の妖力を宿し、俺から妖力を受信していた。相性が良かったのだ。そして何より、もう俺自身の体が持たないことが分かっていた。俺は妖獣だ。俺が死ぬことで、俺が加護する大地の妖術使いのすべてが力を失う。それは妖音が消えたときに分かったことだった。何より姫の覚醒まで体を持たせなければならない。少なくても、このまま死ぬなんてことは何としても避けたかった。そこで俺は転生術を使うことにした。本来、この術は自分に縁のある対象人物に自分の人格を完全に調和する。上書きではなく、同化と言った方がいいな。人間同士で行うもので、妖獣がやって成功するか分からなかった。そこで俺は目の前にある仏の御石の鉢に手を付け、自分の記憶と、力の一部を保存した。もし失敗しても、狂歌か舞様が救いに来てくれると考えたのだ。ここに向かうとは告げてなかったから望みは薄いが、終わりにはならない。当たって砕けろ、俺は少年の同意の上、術を使った。その後のことはよく覚えていないが、俺は人間として、清水寺を出た。そして俺は妖獣としての記憶をすべて失った。その後も曖昧な記憶をたどり、なぜ洞窟へ入ったのかも分からなかった。そして時が経ち、俺は根から茎へと昇格し、歩川中学に勤務した。そして魁人様と姫君の誕生。姫の力により五つ宝玉が調和した。仏の御石の鉢に保存していた力が姫の力を帯び、俺の下に戻って来た。俺はその一瞬だけ記憶を取り戻したが、何が起きたのか分からなかった。なおかつ、波長が合わなかったようで、その力は俺のものにならなかったんだ。なんら不思議なことではなかった、当時は俺の力とは思いもよらなかったからな。だが、独立した力は思いもよらぬ形で具現化したんだ。まあ、そのことは置いておこう。さらに月日が流れ、ついこないだだ、俺に妖獣としての力が目覚めたんだ。理由はあった。そのころ、俺は独立した力としばらく過ごしていた。そんな中で、その力の方が覚醒したんだ。何か魅かれるものがあったとは思っていたが、自分の力ならばそのハズだ。そして、その瞬間、俺はすべての記憶が戻った。自分が妖獣であることを自覚し、今に至るわけだ。

    現在

 ということを花鈴に説明した。

「つまりお前は人間であり、妖獣としての力も持っていると」

「まあ、そんなところだ。だが人間の体である以上、付きまとうものがある。老化、そして死だ。この体はたかだか60歳と少しだ。だが妖獣の力をその身に宿し、その身の老化により、自分の力に蝕まれ、俺の身は近いうちに滅ぶ。そのときが大地の妖獣、稲荷の最後というわけだ」

そう告げると、花鈴は動揺を隠そうとしながら聞き返す

「ほお、結局死ぬのか、それで・・・対策はあるのか?」

死への対策、か・・・

「ああ、そのことは近いうちに話すつもりだ・・・」

「さっきの話で、もう一つ聞きたいことがある。お前の言う、独立した力とはなんだ?具体的に説明を頼む」

「そのことも含めて、近いうちに話すつもりだったが、言うなれば、十番目の妖獣と言ったところだ。姫の力を帯び、そして自身の新たな色の力を持つ。そして俺の大地の力を持つ。並みの妖獣の三倍は力を秘める。未だ成長途中だがな」

じきに最強の妖獣になるだろう、もっとも明影を除けばの話だがな。ああ、そういえば、この山上康一に姉などいなかった。一体、何を見て洞窟に入ったのだろうか、たしかに誰かを追いかけて入っていったことは覚えている。しかし、あれは誰だったのだろうか・・・何かよからぬ力に引き寄せられた、そんな気がしてならないが、俺は今に至り無事なわけだ。昔のことなど気にせず未来だけを見つめるべきだ。俺はそう考え、多少の疑問は見ないようにしている。過去を振り返ってもロクなことはない。大事なのは過去の過ちを悔い改めること。いつまでも過去を引きずることに意味はないのだ。未来は我らが掴む、俺が死したところでこの世界を終わらせはしない。


    ●北風:北澤亭大広間にて

私と母さんは座布団に座り話していた。

「北風、よくぞ戻ってきてくれた・・・」

母さんの言葉に対し肘を付いて大きな態度で私は返答する。

「私は江舞寺を脱走した身、本来ならば死をもって制するべきなのでは?」

「ああ、お前を死罪にするか検討した。舞様に弟子入りしておいて、脱走とは守護四亭の面汚しもいいところ、私が責任をもって死ぬことも考えた。が、寛大な舞様はお前を赦し、江舞寺に連れ戻すこととした。そしてお前は多少反抗したが、結果戻って来た。脱走は問わん、だが今から私が告げることに頷かねば、この場で私がお前を殺す」

母さんの覇気に私の指先がかすかに震えた。母さんに対して怯えているのだ。

「もう分かっているはずだ。北風、私の後釜になれ」

私は黙り込む。新しい頭首か、私がね・・・

「お前はこの後、どうするつもりだ。生半可な覚悟では何もできんぞ」

「分かっているさ、あの時も覚悟が足らず栄恵に負けた」

「まだ昔のことを引きずっているのか、愚かな」

その声は聞き覚えのある憎い声、だが私の後ろに立つ、声の主は異なる人物。舞様だった。舞様は続けて話す。

「何度も話しただろう、栄恵が選ばれることは随分前から決められていた。それをお前と栄恵が勝手に争っただけだ」

私は気に入らなかったのよ、その女がね。何より本心で江舞寺に忠義が厚く、それを隠すかのようにお転婆で、そして私より強く、賢く、逞しかった。何より優しさを持ったあの女にどうしても勝ちたかった。智人君の周りには私とあの女がいた。どうしても渡したくなかったんだ。そして一族の定めのように、あの女が智人君と結ばれることが分かった。だから私はあの女に決闘を申し込んだんだ。最後の悪あがきだった。あの女は私が勝ったら婚約を破棄し私に譲ると言った。本当は分かっていたんだ、その時点で私は絶対に負けるってことがね、江舞寺という大きな後ろ盾のある栄恵とただの小娘の喧嘩、はなから勝敗は決まっていた。だが引けなかった。覚悟も置き去りに決闘に挑み、スタボロにされたんだ。本気を出せたかどうかも覚えていない。ただ分かったのは、あの女は何一つ本気ではなかった。分かり切っていたことだ、私は完全に負けたのだ。

「その件は分かっていたと言ったはずです。それよりも何故あなたがその体を使っているのかを聞きたいものです」

その体を使うことを私が好まないと分かるはずだ。それほどまでに大事な存在なのか?

「ソナタの考えているとおりじゃ、栄恵は特別。意識のない今、安全な場所で守る必要があった、だから私が守る。それが理由じゃ。いずれ栄恵は蘇り、妾は離れる。それまで耐えてくれ、散々出歩いて、気も晴れたのだろ」

やはりな、栄恵のことで悔しいことがもう一つあった。私は歳をとる一方で、この女は歳をとらなかった。同い年のはずだ。だが気づけば20歳以上の差が出来ていた。だから私は禁断の術に手を染めたんだ。智人君を諦め、己が子を持ってなお、歳をとることに対して、彼女に対抗意識があった。たった一度、たった一つの術、ほんの一瞬だ。してしまった。許されざることだ。だが互いの同意のもと行ったこと、口を出す権利は誰にもない。周囲の目など気にしなかった。自分自身の罪悪感に対する目、若さと引き換えに、それに押しつぶされそうになっていた。そんな中、江舞寺を出て外へと羽ばたけば、なんと清々しいものか、もはや罪など合理化し、何も怯えることはなくなった。舞様が今言った通り、気も晴れたのだ。

「ええ、罪の意識などなくなったさ、ここに戻って来てもなおもな」

母さんが呆れた口調で言った

「そのことに対して、攻めるつもりはない。娘の合意がなければ使えぬ術だ。ところで麻美には会ったか?」

麻美、ああ私が二回目に生んだ子供か、何年前に生んだのかも覚えていない。本当に酷い母親だな。

「合わせる必要があるか?」

母さんは少し困った表情だった。

「北風、麻美は一応は、お前の実の娘であろう、あの歳の子じゃ、母親を求めないハズが無いであろう、向日葵様にお相手をなさってもらっているとはいえ、寂しい思いをさせるでないぞ」

「実の娘か・・・確かにそうだ。だが、すでに私欲の為に子を裏切り殺した身だ、今更母性などない。また乗り換えるには信用が足らんからな、もうどうでもいいのよ」

嘘だ、心の底でそう叫ぶ自分がいる。今度こそは娘を幸せにしたいと願う自分がいる。だが、また同じことを繰り返さない自信はない。だから私はあの子に会いたくないのかもしれない。

「じゃあ、私は失礼するよ」

感情が込み上げてくる、母性か、そんなもの、私に持つ資格などない・・・

    ●舞

北風はそう言い残し、大堂を出て行った。その瞳には悲しみと後悔と己への憎しみを抱いていた。その姿はまるで・・・

「申し訳ございません、本当に私の後釜が務まるでしょうか。不安でなりません」

夛眞が心配そうに私に問う

「案ずるな、戦闘の実力はお前となんら変わらん、それに転生術で二人分の能力を宿しておる。なおかつ妾直伝の霊術の才、他の次期頭首たちと並んでも引けはとらんじゃろう」

まあ、今現在の話だがな。

「あの様子ですと、少しは娘のことを考えておるとは思いますが、少しは母親としての自覚を持ってほしいものですよ」

「そうじゃな・・・」

母親としての自覚、か・・・北風、ソナタは良き母ではないが、妾よりは・・・


    ●魁人:北澤亭 露天風呂

俺は吹雪鬼たちと風呂に入っていた。この家の風呂もずいぶん久しぶりに入った。寒い地域のわりに熱いお湯が身に染みる。そんな中、吹雪鬼が俺に話しかける。

「魁人、永火たちって根の人間だよな」

「ああ、あの三人ともそうだが、それがどうした?」

「あいつら七大仙人とか言ってたが、あれはどういう・・・」

ああ、もう七人もいないからな、俺が説明しようと口を開けたとき、後ろから声が挟んだ。

「根の最高戦力である我ら七人を総じて七大仙人と言います。ただし、ここに来たのはそのうちの三人だけというわけです」

俺たちの後ろで永火と狛土が湯に足をつけていた。

「ほお、他の四人はどっかで遊んでんのか?」

吹雪鬼の反応に永火は無表情だった。もはや四人しかいないからな。それに対し、狛土が答える。

「いいえ、一人は任務中、一人は失踪、一人は戦死、そして一人は・・・」

「待て、まだそう決まったわけじゃない」

永火がとっさに止めた。

「せやけどな・・・」

誰の話だ。以前、東眞の話では伝えられてないぞ。

「なんだ?その話は俺の耳にも入ってないぞ」

俺が飛びつくと、狛土が口を開く

「仙人の一人、刃金洸、あいつが永久の月に身を置いているという話があがっていてな、裏切りが起きた可能性があるんや」

「刃金って、あいつ根の人間だったのか」

そういえば刃金は冒険部の部長だった。山上先生の元、吹雪鬼と一緒にいたのであれば、よく覚えているだろう。だが裏切りか・・・

「裏切りだと、お前たち根の人間は歩札に精神を縛られているハズだ。江舞寺に抗うなんて出来るハズがない。対になる歩札はどうなっている?」

俺たちの歩札は二つずつあり、片方は本人が所持、もう片方は江舞寺が管理している。万が一、忠義を失えば、歩札の霊力が消え、知られてしまう。自分の命と結ばれているので、その命が失われれば歩札は割れてしまう。生死を判別する、真木は歩札が割れたことにより死亡が確定された。不明となっている、美弥や刃金は歩札は残っている。

「ええ、それなんですがね、名前が消えてしもうて、霊力もなく、何があったんか分からんのですよ」

「名前が消えただと、つまり生きたまま歩札の束縛を解かれたわけだな。しかし、それができるのは・・・」

「せやで、美弥様ぐらいなものだ。だがありえん話だ。あの方の歩札は今も健在。忠義もある。そもそも、あの方が江舞寺を裏切るなど絶対にあるハズもない。それはワイらより、あなた様の方がよく存じとるハズや」

ああ、どこで何してんのか分からないが、裏切るなんて考えられない。他に可能性がある者がいる

「父さんにはできないのか?」

そもそも父さんの歩札はどうなっているんだ。あれほど重要な存在の歩札が監視されていなかったなんて、考えにくいが

「はい、我らはあの人として見ています。実はですね、刃金で二人目なんですよ、歩札の効力が消えたのは」

そうか、父さんの歩札も名前が消えていたのだな、つまり不信に思い裏切りの説が立っていたわけか・・・

「舞様の話では、あの人は相当強い力をあちらで手にしたようで、対抗できる存在が今の江舞寺にはおらず、一刻も早く美弥様にお戻り願いたいところでしてな」

そうだな、美弥であれば父さんに対抗できる。もし父さんがそれ以上の力を手にしていたとしても、一緒に戦えば勝てない敵ではない。そうだろ、美弥・・・


    ●美弥:永久の月本部

 俺は廊下を歩いていた。ある場所に向かっていたのだ。扉を開け、中に入ればそこは牢獄。ただ明るい牢屋だ。人質を監禁する場所であり、刑罰により使う部屋ではない。ここには今、一人しかいない。俺がここに来て以来、そいつに会うのは初めてとなる。その部屋の鍵を開け、中に入る。

「やあ、元気そうだな」

俺の前では長髪の男が胡坐をかいて眠っていた。こいつのは江舞寺七大仙人の一人、刃金洸だ。俺の言葉に気付いたのか目覚めたようだ。

「まさか、あなたがここにいらしたとは・・・なぜ江舞寺を裏切ったのです?」

裏切りか・・・こいつに桜のことは話す必要がない。ただ利用するだけだ。

「俺のことなどどうでもいい。要望を先に伝えるが、永久の月の戦力になれ」

刃金は俺に目を向けた

「なぜです?あなたほどの方がどうして・・・なぜ私までもを引き込もうとするのです?私は根の者、江舞寺に仕えし者です。江舞寺を裏切ることなどできません」

「まあ、そうだろう・・・だがな」

俺は刃金から取り上げた歩札を渡した。

「これは・・・私の歩札!?」

名前が消えていることに驚いているようだな

「江舞寺の縛りを解いた。お前はもう根の者ではない。だが自由にはさせん。お前には新たな縛りを付けた。俺に従え」

「断る、殺していただいてかまいませんよ」

「ッフ、命を差し出せば俺が引くとでも思ったか?残念だが死せることは許さない。場所を、変えよう・・・」

俺は術を使い、刃金の意識を奪った。あとは、真木のところに連れていくだけだ。これからお前に力を与えるつもりだが、戦力になるなんて思ってない。せいぜいいい試験体になれよ。お前を使って試したいことがたくさんあるんだからな。魁人、もうじきだぞ、もうじきに訪れる。再会の時がな!


新しく登場した江舞寺七大仙人、水嶋・狛土・刃金の三名、彼らがこの後、魁人たちにどんな変化をもたらすのか、はたまた彼らによって変化することはあるのだろうか

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ